BarD 1 (4) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

美香は、グラスをカウンターにおかずに何度も口に運び味を楽しんだ。不思議な感じだった。呑むたびに味が変わっていくような気がする。酔って感覚が狂っているのとは少し違う。
(なんだろう…この…)
少し違う。そんな感じがする。否定する事は簡単だった。だが、何がどう違うのか、告げることができない。それほど記憶の味は曖昧だった。毎年呑んできていたはずのジン・フィズの味が判断できない。
いつも呑んでいる缶ジン・フィズの味を基準に、呑んだジン・フィズと味を比べると、残念というか幸運というか、裕也の作るカクテルの方が格段に美味しかった。
「コレかな?」
「…さぁ?」と、裕也は、クスリと笑みを溢しながら答えた。
「断定しないのは…言い訳?」
「いえ…バーテンダーがいればその数だけカクテルが存在するから…同じ材料、同じ手順でも、全く違う味になる事は珍しく無いんですよ…私が作るカクテルは私の味でしかない…他のバーテンダーが同じものを作ったところで同じ味はほぼできない…それは……無くて七癖の所為でしょうね」
「癖?」
「ええ…味というのも良いかもしれませんね…他には無い味が…あったでしょ…貴女の恋人にも…」
(長友の味……か、どんなんだたんだろう…)
交際期間は決して短くは無い。当然のようにある肉体関係。その時に何度か舐めて怒られた記憶がある。乳首にKissをすると頭を何度か拳で叩かれた気がする。
(とりあえず、肌は塩辛かった、かな…)
少しの沈黙があった。その沈黙を破るように裕也は、「答えはきっと……このカクテルの中にはありませんよ…」と伝えた。
多分、探している答えは、用意される何かに混じっているものではない。
「えっ?」
「もう心に答えは、貴女の中にありますよ…そして、それは、偶然が作り出してくれるものでは…きっと、ないでしょうね」
「あたしの探し物がわかるの?」
「いえ、探し物はわかりません…でも、あなたが探しているのはわかりますよ…きっと、と感じる程度ですけどね」
「そうなんだ…」
「それに、偶然なんかで何も動き出しはしないよ…」
「でも、偶然に頼りたい、そんな弱いヤツも多いしね…」
「……無い物ねだり…だったらもう少し気が楽だったよね」
「無い物ねだりになるのかな?」
「さぁな?、残念ながら、俺がどうこう言えるような傷ではないよ…その現場にもいなかったしね…」
「ああ…そうだな…でも…偶然を待っても始まらないですよ…きっと」
「それは…」と、美香は、困りながら、裕也に目を合わせないようにしながら、ジン・フィズを口に運んだ。
(あれ、さっきよりも柔らか…美味しい…味に深みが出ている…)
呑みやすい口触り、その美味しさは、あの日の物とは別のものだった。だが、それをあの時の味にしたい気持ちも合った。きっと、他に作ってもらったところであの日の味にめぐり合う事は無いような気すらする。
長友は、自分との付き合いのために努力をどれだけしてくれたのだろう。
自分は、長友との付き合いのために努力をどれだけできただろうか。
貴方は貴方。私は私。そんな交際だったような気がする。それを苦に思うことは無かった。自分の時間は大切にした上で、相手の事を考える。大切なモノに順位をつけて、その高い順番で処理をしてきた。
長友は、自分の中で上位に位置する大切な人だ。でも、自分の時間を犠牲にするほどではなかった。
あの人が好き。そう思い込もうとしていただけなのだろうか。
裕也が、カウンターの中でサブチーフとパフォーマンスを始めた。カウンター内で両端に立ち、二人の間をリキュールの瓶が飛び交う。瓶は、バーテンダーの手からバーテンダーの手へと飛び、たどり着いた先で、グラスやメジャーカップへと注がれては、また飛び立つ。本来置かれる場所にたどり着く迄の間、忙しそうに回転を繰り返しながら飛び回っている。
数分間のパフォーマンス。それは、注文数が一定数になると行われる。
「ねぇ、水城さん…」
「ん?」
「もう帰るわ…最後に一杯、お勧めが欲しいな…」
「…待つのはやめですか?」
「ン…縁が無いのかも…」
「そうですか…では…」と、裕也は少し寂しげに笑みを溢した。