Bar D 1 (3) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

長友の優しさが嬉しかった。そして、何処か寂しかった。
たった二言だった。プロポーズとその返事。それ以上の会話はなかった。
まるで自己納得する為だけに並べられた言葉。自分の存在が何かとても軽いものに感じられた。何処までもうすぺらなものに感じられた。
長友の言葉の全てが自分を通り抜けていく。そんな感じだった。
握手。そして、別れ。
嫌いになったわけではない。
今まで以上に大切だと感じる。でも、自分の意思を曲げるほどではなかった。いつか後悔するかもしれない。そういう気持ちも確かにある。それでも、何もしないでする後悔よりも何かしてする後悔の方が大切に思えた。
その場限りの約束。だったのかもしれない。それでも一年、自分が自分を見返す時間ができた。その事を素直に受け入れ、一年後の自分で会いたい。そう自分に言い聞かせた。
言葉が続かない。
店を出て、そのまま分かれた。
タイミングが合わないままに3年が過ぎた。確かに1年後、あの店に永友は着てくれていた。閏年という事を忘れていたのか、1日ずれていたらしいが。去年は、自分が仕事で日にちに間に合わなかった。
過ぎた時はもう戻らない。
「ねぇ、水城さん…」
「ん?」
「どうして…一杯を探してくれるの?」
美香は、ジン・フィズを口に運びながら尋ねた。何故それを聞きたいのかよく解らない。ただ、自然と口から出た。客が要望している。だから作ろうと努力してくれているだけだろう。他のバーではしてくれないことかもしれないが、水城というバーテンダーは当たり前のようにするだけの事なのだろう。特別な理由があるとするならば、それはきっと真摯に対応してくれているだけの事だろう。
後、幾つか作って、それで望むものができなければ、きっと、溜息をつきながら「もう、無理ですね」と、微笑みかけてくるだろう。
それでいい。その方が良い。
男なんて、少しの努力を見せ付けて逃げ出すものだと思わせてくれる。行動の誠実さは別問題だ。経過は大事だが、結果が全てだ。
「どうして、でしょうね?」
「えっ?」
「一杯のカクテルにどんな意味があるんですかね?」
「………」
「どのベース酒を使っても代わらないものがあります…」
「えっ…?」
「同じ名前のつけられたベース酒は、同じ味をしています…」
「そんなの当たり前じゃ…」
「そうですね…きっと、当たり前です…」
静かに答えながら、ゆっくりと裕也はジン・フィズを作っていた。幾つかのリキュールを組み替える事で、味は面白いように変わる。その味の調整をするのは、客の記憶だ。「こんな感じ」「この部分が少し…」「もう少し辛く」等など、ヒントは会話の中に転がっている。
「バーテンダーって…客を裏切らないってホント?」
「…人によりますね…」
「…貴方は?」
「どうでしょう…できる事なら、裏切らずに別れをしたいものですが…次の再会の為にね…どうぞ…」と、裕也は、新しいジン・フィズを美香の前に置いた。ジン・フィズの味を狂わすことなく、微妙な変化をつけられる製法は一通り行った。あとは、微調整だが……。少し寂しそうな笑みを溢しながらジン・フィズを見詰めている。
「裏切る事もあると?」
「そうですね、人によっては、この世で裏切ってはならない職業の一つにバーテンダーを上げる方もいますよ……でも、決めるのは、お客様ですから」
裕也は、そう言って微笑んだ。新しいジン・フィズと交換するように呑みかけのフィズを下げ、シンクに流した。
「人任せ?」
「……人任せは…よく在りませんね…結果は別として、努力していますよ…」
「努力…か……」
美香は、新しいジン・フィズを口に運んだ。
(あっ……美味しい…さっきと違う感じ…)
「努力するのは、本当は嫌いなんですよ…」と、裕也は、美香の方に近付きながら囁くように言った。
「あたしも…本当は、そうなのかな…」
「努力して、すぐに答えが出るのは学生の試験だけかも知れませんね」
「ん…」
努力。何を基準に努力をしたといえば良いのだろうか。きっと、他の人には胸を張って言えるほどに『努力』をしている。でも、それは、自分で認められる努力には少し届かないような気がする。結果の出ていない努力は、本当は、努力ではないのかもしれない。
まっすぐに見詰めてきた。長友という恋人を。彼の事を考えて、彼に時間を合わせて、幾つもの我慢を繰り返して、ようやく巡ってきた、自分が認められるチャンス。それを求めて何がいけないのだろう。
何もいけないことは無いはずだ。
その決意の結果が別れというものだけだった。完全な別れの方がまだ気が楽だったのかもしれない。会う約束。その約束にしがみ付くように、約束の日を忘れない自分がいた。それだけ大切な約束だったのだろう。
「もしも、何かの奇跡があるとして、その何かが一つの味なら…結果がどうなるかは別にして提供したい…と、言うのが心情で、できれば俺も味見をしてみたい…貴女の思い出の味を…ね」
「…ありがとう……」
ただの道楽だ。自分もこのバーテンダーも。
店の賑わいを尻目に、水城は、ずっと美香の前に立っていた。他のスタッフが走り回る間も静かにおちついて、カウンターの中央辺りに立っていた。
「礼を言う必要はありませんよ…まだ、何もしていませんから…」
「…いいの、素直に言ったんだから、何も気にせずに聞き入れなさいよ…」
「ええ…そうしましょう…」
美香は、満足そうな笑みを溢しながらジン・フィズを呑み、口の中で転がすようにして味を確かめていた。正直に言えば、役得だろう。現存している最後のボトルに会ったのは…。
(…なんだろう…この優しい様な雰囲気は…)