おむすび(13) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「楽しかった…」
美紗は、無邪気に俊平に微笑みかけた。少しはにかんだ笑顔をショートカットされた髪が隠した。真っ直ぐに俊平を見るのにはテレがある。素直に胸に飛び込むには、勇気がいる。それに、二人だけになると嬉しすぎて涙が出そうになる。
また、泣くのは嫌だ。
うれし泣きでも、泣いてばかりいるのは……。
「ご苦労さん…」
俊平は、美紗の肩を一度抱くと、顔を見ずに頭をガシガシと撫でた。結構乱暴で痛い。
「…こらこら…」
「帰ろうか…我が家に」
「……うん」
俊平に抱かれたまま、美紗は、俊平の会社のスタッフに囲まれて歩き始めた。
ワイワイと騒ぐ子供達が道路に広がっている。その子供達を避けるように、スタッフたちは、スッ、スッと身体を軽快に滑らせながら交わしていく。それが妙に可笑しかった。
「あっ…」
じゃれていた子供達の一人がバランスを崩し、道路に転げ落ちた。一緒にじゃれていたこはスタッフにぶつかり歩道の方にこけた。
「ちっ!」
その俊平の舌鼓に反応するように、美紗は、ガードレールに手をつき飛び越え、子供を咄嗟に庇った。
ビビッビビッビビッ。けたたましいクラクションの音と共にワゴンが飛び込んできた。
ギュッ、ギィーーーーーーーッ。タイヤが大げさな悲鳴をあげた。
(くっ)
美紗は、子供を抱き上げると急激に迫る光に身を硬くした。
ドン!
痛みが身体に走った。何度かゴロゴロとアスファルトの上を転がされた。それでも、抱いた子供を放さなかった。その分、随分といたい思いをした。
「お、おねぇちゃん…」
アスファルトに叩きつけられた格好で美紗は少年を抱いていた。痛みに顔を歪める美紗を少年は心配そうに見ていた。
「莫迦、危ないでしょ…」
「ごめんなさい…」
ファンファンファン…。救急車の音が近付いてくる。誰かが通報してくれたのだろう。美紗は、溜息をつきながら、少年の上で気を失った。

「そうですか…不思議ですよね、そういう出会いがあるのも…」
東村は、本当に嬉しそうな笑顔で答えた。屈託の無い笑顔というのだろうか。少し、しつこさを感じる気もするが、それは、それとして、気にしないでおこう。相手に失礼だ。
「はい、結婚から始まる恋があってもいいかな?って…」
美紗は、微笑んだ。今まで黙ってきた分、心が軽くなった気がする。それよりも、披露宴より先の出来事を話すのはやめておこう。楽しかった披露宴。お金はしっかりと取られたが…。そこまでの話で美紗は区切った。何よりも物語は形が大切だ。
「でも、いいの?…発表したりして…」
「別にいいですよ、人気がなくて誰もスクープしてくれないし、離婚してからスクープされるのもいやだし…」
「……まぁ、僕も役者ですけど、結婚したのは、スクープされなかったし…」
「今は引っ張りだこじゃないですか」
「おかげさまで…」
東村は、笑うと立ち上がり、美紗をエスコートして客席の方を向いた。番組のエンディングである。「今日のゲストは、勝山美紗さんで、思い出料理は『おむすび』でした」と言うと、客席から拍手が上がり、照明が一時落とされる。すぐに照明は点き、東村が美紗に握手を求めてきた。
「ありがとうございました」
美紗は、東村の手を握ると深々と頭を下げた。
「あっ、次のゲスト、シュンさんですよ」
東村は、小声で言った。何時の間にか手にしていた本を見せながら。
「そうなんですか?」
美紗は、そう言って微笑んだ。別にサインが欲しいとは思わない。必要なら何時でももらえる。近くにいるのだから。
「ええ…収録前にサインなんか貰っちゃいます?」
「えっ?」
「僕もね、ファンなんですよ…あの話…あっ、着ましたね」
「シュンさん入りまぁーすっ」とADの声が響いた。
美紗は、シュンを見て会釈をした。
「あっ、お知り合い?」
「ええ…とっても大事な人です…」
美紗は、そう言うと東村から離れてシュンに近付いていった。
「お久しぶりです…」
「元気?」
「ええ…最近は、バタバタしていましたけど…」
「そこは仕方ない、か、やっぱ」
「ですね…頑張ってね…収録…」
「ん…この後の仕事は?」
「上がり…」
「そう、収録終わったら…久しぶりに食事でも」
「いいですよ…」
美紗は、そう言うとシュンから離れ、マネージャーの元へと行った。
「お疲れ…」
「いえ、社長…どうしたんですか…現場まで…」
「久しぶりに、な…」
社長は、座っていた椅子を空け、美紗に勧めた。どうやら収録を見ていくようだ。
「事故の話、しなくてよかったのか?」
「えっ?」
「まぁ、話さないだろうな…って、シュンといっていたんだがな…」
「本日のゲストは、作家のシュンさんです」と東村の声が割って入るように届いた。三人は、スタジオの方を見た。
「この度は、映画化おめでとうございます…」
「あっ、ありがとうございます…」
シュンは、深々と頭を下げた。
東村は、シュンを席に座らせるとおもむろに本を取り出し、サインをねだり、写真まで撮った。トークが苦手という前情報に対する東村の気遣いがそこにあった。とはいえ、それほど、時間が潰せるわけではない。一応、予定されている内容でのトーク展開をしていくが、前情報の信憑性は?と聞きたくなるほどにシュンは話し上手だった。ただ、番組的に使えるかどうかは若干疑問が残る。実に、ゲストが東村では?と思わせる流れで進んでいった。
料理のコーナーに突入したのは、収録開始30分を過ぎてからだった。30分番組で、前半トーク30分は、素直に言って長過ぎる。編集をするスタッフは後で大変になるのだ。特に、話題が一つのままで長々と展開され、客受けをされるとカットがしにくくなってしまうのだが、芸能人でもないシュンが気にかけて話せるわけが無い。
とりあえず、無難に料理コーナーをクリアし、後半戦。ようやく本の話題になる。
「…えっ、この本、実話が元なんですか?」
「ええ……もちろん、ドラマ性が無いので着色はしていますが…」
「じゃあ…モデルさんの事を聞いても…」