おむすび(12) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね


どれくらいの時間が過ぎたのだろう。周りで起きていることが、全て夢幻の如く感じられる。何処か一歩引いているような感じで他人事のように眺めている自分が居た。美紗は、溜息をつき、持っていたグラスを一気に空けた。
そういえば、「周りを信じて飛びこむだけさ、後悔はいつでもできるし、何もしないで後悔するよりも、何かして後悔する方がいい」と、言っていた人がいた。その人の顔は覚えていない。いつもカメラを構えていて、口元しか印象に残っていない。
戦隊ヒーロー番組のヒロインとして、撮影を開始したときの外部から来ていたスチールカメラマンだった。確か、「キャストをスチールの中で生かしたままに閉じ込めるのが仕事だからね」と言っていたのが印象的だった。
初めて会った日は、崖の上だった。定番ともいえるポジションにヒーローは並び、背後で起きる爆発の直後、変身するというありがちな撮影の日、そして、初めて崖の上に立った日だった。別に高いところが怖いわけではないが、高さに膝が震えた。下を覗けば、引き込まれそうな感覚に襲われる。恐怖で真っ青になっていたはずだ。
その男は、崖の下、下にいるスタッフからは完全に死角になる場所に立って見上げるようにカメラを構えていた。
「あの…怖くないですか?」
「えっ?怖いよ…高所恐怖症だしね…」
「でも、……」
「仕事だから…それに、周りの人を、スタッフを信頼する事で、大概の恐怖はなくなるよ」
「………」
「それに怖いだけじゃないよ…」と、男は、シャッターを切りながら言った。
「えっ?」
「ここなら君の白いデルタがしっかり見えるし…」
「あっ…」
美紗は、慌てて座り込んだ。男は、シャッターを切り続けた。「番組的には、今の睨んでいるのがベストかもね…でも、はにかんでいるのも、怖がっているのも、笑っているのも…素敵だよ…」と、言葉を添えて。
「ホント?」
「ん?」
「なんでもない」
「素敵だよ…写真集のカメラマンに立候補するくらいにね、勝山さん」
「…じゃあ、いつか、あたしが指名できるくらいになったら、撮ってください」
男は、崖から上がるとクスッと笑みを零し、「喜んで」と大人の約束をした。
大人の約束。その場限りの約束は、少し傷ついた。断られるよりはマシだが、やっぱり傷ついた。本当に自分を撮りたいのなら名刺の一つもくれるだろうに。
「あっ、そうだ」
男は、立ち去りかけて足を止め、肩越しに美紗を見た。
「相手の眼を見ればいいぞ…真直ぐに見返して、眼を逸らさない奴なら信じていいとおもうぞ…信じたら、莫迦になればいい…裏切るな、自分の気持ちも相手も、な、後は信じて動けばいい、動いたら躊躇するな…そうすれば怪我しないぞ」
言い残すとように言うとその男は、別の撮影ポジションに行った。どのポジションも比較的危ないところでの撮影。それを当たり前のように行っていった。その男を次に見たのは、一年後だった。撮影終了日に男は、キャスト分の花束を持って現れた。そして、美紗に名刺をくれた。
(そういえば…名刺、何処にやったんだろう?…)
美紗は、現実を見詰める事にした。押し流されるように結婚したのかもしれない。自分の中の寂しさを癒す為に結婚を了承したのかもしれない。そこに本当に深い考えはなかっただろう。ただ、嬉しくて。どうしようもない不安からそれを受け入れただけかもしれない。ウエディングドレスが着たかったから。それが言訳に成るとも思えないが、それも原因の一つだろう。
でも、明日の朝、取り下げない限り夫婦だ。あっ、書類に間違いがなくてだが…。その辺は、俊平は、プロだから手抜かり無いだろうと思うが、逆にそれくらいの失敗はあってもいいかな、とも思える。今のところ、子供染みた一面を見せるだけで他はパーフェクトだっただけに。
「奥さん、飲んでますか?」
俊平の部下がほろ酔い、いや、たぶん泥酔に近い状態で美紗の横に座り、酎ハイを渡した。
「うん、呑んでいますよ…」
美紗は、とりあえず笑顔で返事をしながら、騒ぎの中心にいるはずの俊平を探した。突然の招集と聞いていたが、凄い人数だ。人が増えて減り、減っては増えるの繰り返しだった。誰と挨拶をしたのか解らなくなるほど挨拶をした。既に預った名刺でトランプができそうな気がする。中には、絶対関係ない人だろう。という人まで名刺をくれた。
凄い飲み会の席にいる事だけは確かだった。
(あっ…)
俊平は、カウンター席に座って、安西亮太と呑んでいる。二人きりで。時折、人が現れては、丁寧に挨拶を返す以外、その席に戻っている。確か、最初は、自分の横にいたはずなのに…。トイレといって立った後、戻ってきていない。
(ん?俊平は気付いたらしい…何かを言っているジェスチャー…?)
美紗は、とりあえず周囲の声を上の空で聞きながら、俊平の手の動きを見た。
入り口のあたりを指差した。何があるのだろう。レジ、傘たて、電話…。手が、何かを掴むような格好に変わった。出入り口に有るもので…。
(自動ドア…、まさか…と?)
美紗の動きが変わった事に周囲は気付き、美紗に注目を始めた。が、美紗だけは、その周囲の様子に気付いていない。
俊平がおなかの辺りを擦る。
(おなか?…食べすぎ?)
擦っていた手が、お腹から離れ、お腹を指差した。
「はら…」
ボソッという。
周囲も、美紗の視線を追った。
俊平は、周囲の視線に気付いたまま、知らない顔でカウンターからレモンを貰い見せた。そのレモンを三つに切ってもらい、二つをカウンターに返した。
「れもん…?」
最後に紐で輪を作り、その輪の部分を指差す。
「ドア、はら、れもん、輪…?」
美紗は、ポカンと口を開けたまま、思考をめぐらせた。既に周囲が気付いているので、理由をつけなくても俊平の元へはいけるのだが、美紗は、その状況に全く気付いていない。
「あの…」
「ん?」
泥酔のスタッフが、ヨロヨロとしながら美紗に声をかけた。
「ドアじゃなくて…と、ですよ」
「えっ?」
美紗はようやく、自分が注目の的になっている事に気付いた。
「はら…じゃなくて、い、だと」
他のスタッフが言った。
「?」
「たぶん、ジェスチャーよりも先に答えに気付いたんだと思うんですけど…」
「…あっ…」
美紗は、真っ赤な顔をして立ち上がり、俊平の方へとズカズカと進んでいった。
「遅い…」
「ごめん…って」
美紗が手を振り上げた瞬間、俊平は、美紗の身体を引き寄せ、クルッと回転させ、来てくれている人たちの方へと向けた。
「今日はありがとう…」と、少し照れたような声がする。別に寒くも無いのに震えているのがわかった。椅子に座って、ステップに駆けているひざが小刻みに揺れている。
「その、突然の事で、まぁ、呑み会の予定は無かったんだけど…その、来てくれてありがとう…祝いを持ってきていない人は、会社の方で受け付けますので,持ってくるように」
「えーっ」とお決まりの声が上がり「ブーブー」と騒いでいる。本当に口で「ブーブー」言っているところが可愛らしい。
「とりあえず…俺たちは、夫婦に…」
「とりあえず?」
「まじめに?」
俊平は、自分を見上げて明らかに怒りの皺を眉間に寄せている美紗に聞いた。
「当り前でしょ…これから、紡いでくれるんでしょ…誓ったし」
「……そうだな」
俊平が、呟くのに合わせたように店内の照明が消え、カウンターのスポットが、俊平と美紗のシルエットを浮き立たせた。
「俺たちは、さっき、神に誓ってきた…別にクリスチャンではないけれど…きっと、人の出会いには意味があると思う、俺たちは、出会って短い時間しか共有していないけれど、ここに辿りついた事に意味があると思う。出会いを偶然という言葉で終わらせる人もいるけれど、俺達にとって、出会いは必然に過ぎない…ここに集まってくれた人は、色々な時に俺を手助けしてくれた大切な財産だと思っている…これからも助けられる事の方が多いと思うけれど、少しずつ何かで返していけたらいいと思っている…」
俊平は、そう言うと美紗から手を離し、椅子から降りた。
マスターが気にかけ、二人をライトで照らしてくれる。
ライトで照らされると、いる人の顔が見えなくなるのだが、この際、それがありがたい。
俊平は、美紗の手を握った。美紗も俊平の手を握り返した。
「俺たちは、これから一緒に時を紡いでいく、至らない事があって、喧嘩をする事もあるだろうけれど、その時は一緒に謝ってくれ」
「自分でしろー!」
「だよな…」
「でしょうね…」
美紗は、ようやく緊張の無くなった顔をする俊平を見た。
「ありがとうございました…あたしは、全然、違う世界にいたから、彼の仕事を今日まで知らなかったけれど…あれ、ねぇ、社長さんとかに挨拶してないけど…」
「大丈夫だよ…」
「……そうなの?」
「美紗ちゃーん!」
「?」
声の主を美紗は見た。少し頭の薄くなっているおじさんがいた。手を振っている。確か、一言二言言葉をかわした。俊平と同じ会社で別のチームの指揮をしている人だ。教会では席に座り、通りかかった時に「おめでとう」と言ってくれた。
「あの人?」
「ん…副社長さんだ…」
「えっ…じゃあ…隣にいる人?」
「美紗ちゃん…社長は、あんたの隣に立っているよ」
「えっ?」
「まぁ、そう言う事だ…」
「だって…誰も社長って呼んで無かったよ」
「当り前だ…うちは、便宜上で代表がいるだけだ…」
「そ、そうなんだ…」
「で、もういいのか?」
「あ、あの、これから、色々と教えてください」
美紗は、深々と頭を下げた。
店内は、拍手で包まれた。何時までも鳴り止まない拍手で。