おむすび(7) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

いつの間にか架け替えられていた表札を見て、俊平は、チャイムを押した。返事は無い。だが、人の気配は感じる。たぶん、戸際に立っているのだろう。つまらない事かもしれないが、単純にむかつく。が、暴れるほど子供ではない。賃貸マンションである事を考慮して、大人なしくチャイムを何度も押す。自分で言うのもなんだが、しつこい、と感じるほどに…。
ピンポン、ピンポン…うるさい。
10回、20回……1分、3分と。根気よく。時間が立てば立つほどイラ付くのは何故だろう。あまりの苛立ちに、ドアを蹴りそうになるが、ここは、大人になって、出てくるのを待つ事が大切だ。
ふーっ。息をつくと、中からの声が漏れてきた。
『いったい何なの?』『知るかよ』『どうせあの女でしょ…、追い返してきなさいよ』『あ~っ?ほっとけば消えるだろう』『いつまでも迷惑じゃない』『じゃあ、お前が言ってこいよ』『何言ってるの?あんたが浮気したのが原因でしょ』『………』『ほら、早く行きなさいよ』『待てよ、静かになってるだろう?』
女が怒っているらしい。が、それ以上にムカつく会話だ。法律が許すなら、こんな口が影でも叩けないまでに殴りつけたくなる気分だ。が、良識が、それを許さない。
ピン~ポン。ピンポン、ピンポン。再び、チャイム攻撃を開始する。
覗き窓から漏れる光に変化が出た。覗いているようだ。本当に穴だったら、ここに長い針が合ったら、たら、たら、たら…。どうするだろう。でかかった答えを良識という思考が言葉にしないように努力する。
『行きなさいよ!』『解ってる』
ガチャガチャ。ドアチェーンを外す音がして、ガチン!とロックが外れる。
そのままのスピードで勢いに乗せて開け放たれたドア、そのドアの端、ドアノブ近くを無遠慮に俊平は蹴った。
「ぶっ!」
グシャッ、という感じだったはずだ。ドアは勢いよく閉ざされ、ドアを握っていた人間は、室内に弾き飛ばされた。ドサッ、ガシャ、ガチャガチャ。背を向けたくなるような音が響き、静かになった。
俊平は、ドアを開け、キッチンで倒れている男を見た。
「浅沼達美くん?」
新しい表札の名前を確認してみる。
「な、なんだてめぇ~~!」
男は、慌てて立ち上がり、俊平を睨みつけた。が、別にどうという事のない睨み方である。多分、睨んでいる。その程度だ。俊平は、何事も無いように普通に玄関から入り、男を見た。
イケメンとまではいかないが、まぁそれなりに格好いい方だろう。何処かで見たような気もするが、その程度の記憶しかないので、この際、気にかけない事にする。芸能人にしても、ホストにしても、俊平にとってはどっちでもいい。それにどっちらで生きていてもそう長続きはしないだろう。色も華も無い。
とはいえ、何処か良いところはあるのだろう。少なくとも二人の女を手玉に取ったのだから。
それにしても、俊平は、女を見て溜息をついた。失礼かもしれないが、好みの点から判断しても、たぶん美紗の方がいい女である。どういう事情や経緯があるのかまでは不明だが……。
「てめぇ~、何シカトしてぇんだよぉ~~」
男は、怒鳴った。明らかに俊平の視界の中に自分はいない。女の手前、格好をつけていたいのだろうか。いくら吠えても、少しも気に掛からない。
男は、ボタボタと鼻血を溢しながら、俊平にむかって殴りかかった。隙をつけた。距離から考えても外す事は無い。はずだった。が、拳は空をきった。
狭い廊下でのこと、空をきった拳は、例外なく何処かを殴る。律儀に体重をかけた拳は、壁を殴り、そのままの反動で、滑りながら床を殴った。当然の事かは別にして、男は、壁に顔を打ち付けた。ベッチョッ、という音が耳障りだった。
俊平は、男を無視して、奥の部屋に進んだ。セミダブルのクッションが置かれただけのベット。その上で、女は、裸で布団に包まって俊平を見ていた。
「いや…こ、こないで……」
まるで俊平が襲い掛かるかのようにいう。自意識過剰なのだろうか。それにしても「襲われない」という考えは無いのだろうか。
「うぉおおおおおおおおおおお」
男は、鼻を押さえながら勢いよく立ち上がると俊平に殴りかかった。が、ヘロヘロでゆっくりとした拳があたるわけが無い。
俊平は、半身を引き、拳を握り、腰の回転を利用して真っ直ぐに男の顔めがけて拳を打ち抜いた。
パン!軽やかな音が響く。
男は、そのまま後ろに倒れた。実にあっけないものだ。既に、床で寝転ぶ男の顔は恐怖で真っ青になっていた。
「な、何してるのよ…早くあたしを、ま、守りなさいよ…」
女が男に怒鳴った。が、男は、動けないでいる。
(もう2~3発、殴っておくつもりなんだがな…)
あまりにも予定外な事が起きている。もう少し骨のある奴が相手をしてくれる予定だったはずなのだが…。
「な、何?」
女が俊平を牽制するように言った。女の表情も明らかな恐怖の色が窺える。が、そんな事はどうでもいい。この女が誰で、どうなろうと知るところではない。厳密に言えば、この男がどうなっても良かった。ただ、腸が煮えくり返るほどむかついている。
決してお酒の飲みすぎではない。
男は、面子があるのだろうか。フラフラと立ち上がり、一応、女の前にたった。それなりの根性は認めよう。が、その態度が余計にムカつく。
「さっきに言っておくが避けたら女でも殴るぞ…」
「えっ……」
どうやら図星だったようだ。女を背にする事で俊平が殴りかかってこない予定だったようだ。残念ながら、そんなつもりは無い。女に当たらないようにするために、加減して殴り合いが出来るはずが無い。喧嘩をする。それは、万が一に相手を殺した時の後悔をしない覚悟の上での行動だ。
男は、ベットの上にへたり込んだ。
「わ、わかった……何だよ…」
「何だよ?……表札を変えるゆとりがあるんだ…俺が何をしに着たかは察しが付くんじゃないのか?」
俊平は、男を見下ろしたまま静かに言った。あと、5cm近付くだけでけりを繰り出しそうな自分がいる。込み上げてくる何かに突き動かされそうな自分がいた。
「…お、俺が悪いんじゃないぞ…」
「?」
「あ、あいつが悪いんだ」
「?」
「帰ってこないっていっていたのに、帰ってきて…切れて、俺に出て行けって言ったあいつが…」
「それで?」
「えっ?…あっああ……ちょっと間が差しただけなんだ…」
「……間が差したから?」
「い、いや……そんなつもりは、でもアイツが俺に出て行けって言うから…つい、あいつがいない間に荷物をだしただけなんだ…」
「もういい…喋るな……むかつく…二度とアイツに近付くな……アイツの視界内に入ったら、それが偶然でも許さん…」
冷たい声だった。男が今まで聞いた事のない冷たさがあった。たぶん、今抵抗すれば殺されるだろう。そう思わせるほどに冷徹だっただろう。もう、これ以上、ここで、この男と一緒の空気を共有するのは我慢ができなかった。
納得のいく答えもないだろう。
俊平は、溜息をつき、背を向けて部屋から出ていった。
「な、なによ、それ…」
女は、男に掴みかかって怒鳴り散らし始めた。
『あたしは、あんたが』『うるせぇーな』『何、それ?』『黙れ!、ピーチク、パーチク囀るんじゃない』『……最低』
(ホント…最低だよな…)
聞こえなくなっていく声に俊平は深い溜息をつき、エレベーターホールへと向かった。

美紗が、大雑把に全ての箱を見終わる頃、安西は、自販機でミネラルウォーターを買い、自分のハンカチを濡らし始めた。そのハンカチを絞りながら美紗に差し出すと笑顔で言った。「これ、必要になるから」と。
「えっ?」
「アイツに付き合っていたら、小じわ増えるわよ…」
安西は、美紗の耳元でそう囁くと頬にKissをして車に乗り込んだ。地を響かせるようなエンジン音、その音が、安西の言葉をかき消していく。ただ、ウインクだけを残して、安西は去っていった。

「莫迦…なんでこんな無茶するの?」
美紗は、タクシーの中で俊平の右拳を冷やしながら言った。その拳を美紗は、大事そうに両手で抱きしめて、込み上げてくる涙が、俊平の拳を濡らした。
俊平は、何も言わずに、窓の外を流れていく風景を見詰めていた。
いつもそうだ。先の事を考えて行動ができない。プライベートに限るが。頭に血が上ると何も考えられない。怒りに任せた行動をする。それを恥じる気は無い。が、もう少し大人にならないといけないと後悔する。特に今回は、右腕が痛い。明日には腫れあがりそうな気がする。
「もう…」
「泣くなよ…お前が気にする事は無い…」
「だって……」
何がなんだかわからない。たった数時間前まで存在すらも知らなかった人が自分の為に暴挙にでてくれる事だけでも予想の範疇には無かった。偶然、あの場所でこけたから出会っただけなのに。何一つ事情を話していないのに。その無茶苦茶な行動が何処か嬉しい。
「……ねぇ、少しでいいから、あなたの事を教えてよ」
「えっ?」
「貴方を知りたい…」
美紗は、そう言って俊平の身体に凭れ掛かった。腕に絡まるように、抱きつきながら。そうしていないと、何処かに消えてしまいそうで怖かった。独りにされるのが怖かった。
二人でいるのに、心が独りになっていく。その寂しさに押しつぶされそうで悲しくなった。
「教えられる事なんて…何も…何も無いけど…好きに聞いてくれ…思いつかないや…」
「しゅ…俊平……く…ん…」
「…えっ…あっ、何?」
「ありがとう…」