おむすび(6) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「さて、送ろうか?」
「えっ?」
「タクシー乗り場まで…」
「嫌!ッて言ったら?」
「……どうしたいの?」
俊平は、温和な話をしただけに素直に送り出せるつもりでいた。これでゆっくりと眠れる。そのつもりだったが、まだ用があるらしい。
「わかんない」
(殴ってもいいかな?)
「わかんない!」
美紗は、怒鳴った。通りの人が足を止め、俊平たちを見る。
「子供か?君は」
「だって……」
「住むところがないわけじゃないんだろう?」
「ない」
「………ふざけんな…」
「じゃあ、一緒に行って、無かったら居候してもいい?」
「…どうぞ」
「………行こう!」
売り言葉に買い言葉。そんな感じだった。美紗は、諦めたように、怒ったように俊平に背を向けた。
「はいはい」
俊平は、美紗の後をついて大通りまで歩くとタクシーに乗った。
美紗は、鞄の中から鍵を取り出すと俊平に渡した。俊平の部屋の鍵ではない。
タクシーに乗る事十数分。既に道路上から車は減り。タクシーは軽快なスピードで走り抜けていった。目的地に近付くにつれて、美紗は、震え、俊平の腕にしがみ付いた。
(ん、やばい選択か?)
俊平は、外を流れていく光の線を見詰めながら溜息をついた。とはいえ、他にできる事はない。家があるのなら、帰るにこした事は無い。見ず知らずの男の家に転がり込む方がはるかに危険である。自分で言うのもなんだけど、何時までも理性を保てるほど男は純真ではない。

「ここよ…」
美紗は、新築ぽいマンションの前で呟くように言った。
「行きましょう……」
俊平は、少し戸惑いながら美紗を促した。他にどうする事も思いつかない。何が起きているのかは判らないが、部屋に死体でもない限り驚く事は無い。あっ、床が見えないほどゴミが溜まっていても驚く。その場合、同居は極力避けたい。
ゴミを溜める能力を持っている人は際限なくゴミを溜めてくれる。何故、そこまで広げるのだ?と聞きたくなるくらい広げ、その上に層を作っていく。らしい。残念ながら、身内にも知り合いにもそんな奴はいないので問題にする事はない。
「あそこ…」
エレベーターを降りると美紗は、正面20メートルほど先の部屋を指差した。部屋の外にはダンボールが積み上げられている。
「ここにいるか?」
「………」
美紗は、頷いた。
ふーっ。俊平は、重く感じられる足を前に出し、美紗の示す部屋へと向かった。
『次のゴミの日までに片付けておけ!』と、随分と乱暴な張り紙がしてあるが、部屋の表札は「勝山」になっている事から、美紗の部屋である事は間違いがないはずだ。
俊平は、預った鍵を鍵穴に差し込んでみたが回らない。つまり鍵を変えられているという事だろうか。それとも違う鍵を渡したかだが、後者は、メリットがないのでしないだろう。
(……乗りかかった船か…)
俊平は、部屋に背を向けると携帯電話を取り出して何処かに電話をかけた。
「約束だな…次の場所が見つかるまで居座れよ…但し、その前に処理する事は、処理しちまおう…後腐れなく、な…」
俊平の雰囲気が何処と無く変わっている。明らかにピリピリとして。重苦しい。
「葛西さん……」
「降りるぞ…」
俊平は、美紗をエレベーターに乗せると、何も言わずに背後から強く抱きしめた。力をいれれば折れてしまいそうな体格差。それでも力強く抱きしめる。零れ落ちそうな美紗を落とさないように強く。
美紗は、俊平に体重を預け、俊平の腕を手で包み込むようにして抱きしめかえした。
俊平と美紗がマンションの外に出るとワゴン車が一台到着した。
「悪いな…夜中に…」
「いえ…それで……」
「これ、そこは開くから…501の前のダンボール全部だ…」
「はい…」
ワゴン車から降りてきた男達は俊平に深々と頭を下げると鍵を受け取りマンションの中に入っていった。
「処理って、何するの?」
「色々…ン、来たな…質問に素直に答えてあげてくれ…」
俊平は、わざわざ横滑りで自分の前に数センチの所に止まった赤いスポーツカーの方を見て、美紗に言った。
「今晩は…弁護士の安西優里杏です…」
欠伸をしながら車の運転手は、出てくるなり名刺を美紗に突き出した。
「こちら、勝山美紗さん、役者さん、よろしくな…」
(えっ?)
美紗は、すぐに背を向けて何処かに歩いていく俊平を見た。
「よろしくね……どうぞ…」
安西は、美紗を車の助手席に導くようにエスコートすると質問を始めた。「欠伸交じりは、寝ているところをたたき起こされたので許してね」と挨拶をした上で。
「あの……」
「ん?」
「あの人は?」
「ああ…俊平、元カメラマン……あたしの元恋人で、あたしの亭主の親友、今は幾つかの店を持つオーナーさん…」
「カメラマン…」
「ん…暴走族をしていた暴れん坊でもあるけどね…あと、スタントマンも…」
「そうなんだ…」
「昔馴染みじゃないの?」
「えっ?」
「そっか…偶然ね」
「一目惚れ、そのおかげであたしは振られたんだけどな…」
「えっ?」
「まぁ、それはいいか…さっさと解決するわよ…」
安西は、柔らかな表情で美紗を見詰めた。その顔に覚えがある。俊平がカメラマンだった頃の写真の中にそれはあった。仕事でとったスナップの一つ。それはボツにされたカットだったらしく、いつまでも現像室に張られたロープにとめられていた。
美紗の話を聞くうちに安西の表情は一変した。そこには、さっきまでの柔らかい優しい表情はなくなっていた。露な嫌悪感を抱き、真っ直ぐに美紗を見据えた眼から涙がこぼれた。
コンコン!窓をノックする音に安西が顔を上げると、ワゴンから降りてきたメンバーがいた。
「荷物を確認して、不要なものはあたしが預るわ…あっ、その前にサインして」
安西は、委任状を美紗に突きつけた。それは、弁護士を代理人にする為の委任状だった。
「明日、貴女の戸籍謄本を取ってくるわね……ついでだから用事もするけど…」
「いえ、別に……」
「そう、とりあえず、2通貰ってくるわね…何度も使う事は無いと思うけど…」
「はい…」