おむすび(8) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

俊平は、客間にしていた洋室に美紗の荷物を運び込んでもらうと、ワゴンのメンバーに丁寧に礼を言って送り出した。この寒空の下、ワゴン車が視界から消えるまで深々と頭を下げていた。彼らは、俊平の仕事仲間だ。仕事の上の付き合いに限らず、多方面で協力をしてくれるプライベートな仲間でもある。もっとも、中心になっている男が、私的友人ということなのだが。
俊平の仕事は、日中に終わるとは限っていない。確かにイベントを行うのだから日中に稼動しているのだが、その準備は、明け方から夜中になることも珍しくは無い。無論、一つのイベントで朝から晩まで走り回るというような事ないが。それでも、時には、夜通しで荷物を運んでもらう事もある。自分ひとりでは何もできない。だからこそ、誰もが仲間を大切にしている。頼られる事の大切を忘れていないからこそ、動ける範囲では、誰もが動いてくれる。
俊平にできる事は、深々と頭を下げ、見送る事だけだった。無論、料金の支払いはした上でだ。
俊平が部屋に戻ると美紗は玄関の前で待っていた。
(中にいればいいのに…)
俊平に気付き、美紗は、微笑んだ。少しぎこちない、困ったような笑みが印象的だった。その弱々しい目線に俊平は、心が捕らわれるのを感じた。ドキドキと鼓動が高鳴る。息苦しさを感じ、何処か不安な緊張を感じる。
きつい目線。キッと結ばれた口元、ショートカットの髪が風に揺れ、強がっていないといまにも折れてしまいそうな心が見えるような気がした。
誰もが独りではいられない。
独りと強がっていても、決して独りで存在する事はできない。少なくとも、俊平の知る範囲では…。
「あの…」
「入ろう…」
俊平は、美紗の身体を包むように肩を抱くと部屋の中に入った。
「あたし…他に何も返せないんだけど…」
美紗は、玄関先で足を止めた。何の見返りもなく、助けてくれるような事があるとは思えない。誘拐されるような年齢でもないし、家柄でもない。ましてや昔殻の知り合いでもない。後、考えられるのは、女だから。少なくとも、それなりの見返りがあると判断しているから。と、しか考えられない。
プライドだけでは生きていけない。でも、退きたくなければ、現状で踏ん張るしかない。自暴自棄になる気は無いけれど、いまは、借りを余り作りたくなかった。
「つまんない事は…考えるな…」
俊平は、美紗の肩から手を離し、先に部屋に入った。
「………」
「早く入れよ…冷えるぞ…」
「…うん」
美紗は、言われるままにリビングに向かった。確かに寒い。お風呂で暖まったのに冷えだしている。さっきまでの緊張と怒りが収まるとどうしようもない孤独感が襲ってきた。いま近くに誰かいる。その近くが遠く感じられる。暖かくなりだした部屋がどうしようもなく広くて寒く感じられる。優しさが冷たさにも思える。
「あたし、魅力無い?」と、美紗は、俊平の横に立ち言った。その声は今にも消え入りそうだった。答えを聞くのが怖い。沈黙の時間が妙に長く感じられる。1分が、1時間にも2時間にも感じられる。目の前の景色が揺らぎ、歪になっていくような、そんな感覚があった。
「…魅力的だよ……」
俊平は、テーブルの上でアルコールランプに火を灯し、フラスコでミルクを温めながら答えた。「自分を抑えるのが大変なくらい、ね」と付け加えて、笑った。寒さの所為か、少し頬がこわばっている。
「座れよ……」
俊平は、そういってソファーを美紗に勧めた。
また、何処かにいくのだろうか。まるで近くにいたくない様に動いている。
「…抱いてもいいよ…」
「………」
「俊平……」
「……座れよ」
美紗は、黙って俊平が進めてくれた席に座った。
俊平は、美紗に凭れかかった。
少しの沈黙があった。美紗は、俊平の背に、おんぶされる様に抱きついた。暖かい。冷えているはずの服が暖かく感じられる。人のぬくもりというのだろうか、それとも……。
「心にできた隙間を埋めるのに…」
「えっ…?」
「心にできた隙間を埋めるのに」と、さっきよりもしっかりとゆっくりと俊平は話し始めた。
「誰かの温もりを求めたところで何も残らない、いや、きっと後に言いようの無い不安が残るよ…その不安を消す為に、また、隙間を埋める…その事を悪いとは思わないけれど…それは君にとっても、相手にとっても良い結果にはならないよ…いま、この一瞬だけ…同意の下でできたとして、それは何時までも続くとは限らない…一時の感情に捕らわれて、自分を見失うと…本当の自分を見失う事になるよ…」
(…体よく断られてるんだ……)
「自分を見失って…それに気付かず、一心不乱になっていると…」
「もう、いいよ…」
美紗は、俊平の身体から離れようとした。今は説教を聞きたくない。きっと、こんなに孤独感を感じた事なんて無いはずだ。その人に私の気持ちの何がわかるのだろう。勝手な、大人の理屈で、勝手な男の理屈で、この場を逃げようとする。そこにどんな意味があるのだろう。
俊平は、美紗の腕を掴んで身体を引き戻した。美紗の呼吸が耳元に感じられる。
「見失った自分を見つけた時、…自分ではどうする事もできない場所にいることがある…その場所は、自分が居たかった場所ではないのに…その場所から逃げる事ができない…幾つもの後悔が産まれる…でも、その行動の自分が居る…変えることのできない過去の上で、今という現在を生きている…もがくのは勝手だ…、それは自分がしたことなんだから…でも、巻き込まれた人はどうなんだろう?」
俊平は、言葉を区切った。ミルクが沸き、カップにココアの粉を入れ、ミルクを注いだ。
(巻き込んでるもんね…言われても…何も言い返せないよ…)
俊平は、自分を真っ直ぐに見詰める美紗にカップを渡した。
「俺は、君が嫌いじゃない」
「…好きでもないんでしょ?」
「どっちかといえば、好きだな…でも、それを君は信じられるかい?」
「………」
「この場限りの言葉で、君を信じさせるのなら…百の美辞麗句を述べてもいいだろう…」
「………」
「俺達は、これから知っていくんだろう?慌てる事は、きっと、何処にも無いよ」
「………」
「いまは、ココアが身体を温めてくれるさ…」
俊平は、随分と甘いミルクココアを飲んだ。むせ返るほどに甘いココアを。
「莫迦…」と、美紗は、俊平に聞こえないように呟き、ソファーの上で三角座りをしてココアに口をつけた。嬉しかった。でも…。
「と、言う事で、ベットを使えよ…今日は…」
「うん……」
美紗は、ベットの布団の中に潜った。柔らかい羽毛布団特有の軽さがあった。でも、冷えたベットが寂しさを倍増させる。身体を丸くして、小さくなった。
(一時の感情…か)
そういえばこんな気持ちになるのは初めてだった。男と最初に付き合ったとき、Kissするのに半年も掛かった。中学3年生。それなりに耳年増な時に。色々な事を考えて、色々な事を想って、大事にしたファーストキス。初体験の時もそれなりに覚悟が必要だった。焦らす気はなくても何処か怖くて、最後の一線を越える勇気がもてなかった。
いま、葛西俊平の事を何も知らない。
だから何もできないのだろうか。それは、自分自身を自分が信じられないだけの事ではないだろうか。絶対に、心にできた空白を埋めるためではない。そう確信がもてないから、言いくるめられたのではないだろうか。
リビングの電気が消えた。俊平は、ソファーに寝転び、布団を被った。
このドキドキとする気持ちには偽りが無い。
(寂しいからだけ?)
美紗は、自問を繰り返した。答えの見つからない自問を。どれが正しい答えかなどわかりもしない。考えれば、考えるほどに自分に自信がもてなくなっていく。
何故、俊平は、自信を持って言えたのだろう。まるで体験したかのように。
(寒い…)
心が寒い。その寒さが身体に伝わる気がする。身体が震える。暖かい布団に包まれているのに震える。

「しゅ、俊平…」
勇気を出してソファーに近付いた。こんな不安な気持ちはいつ以来だろう。何もかもが怖い。何を言っても受け入れてもらえないような気がする。そんな不安な気持ちが思考を一杯にしていた。
「…ん?」
「一緒にいて…」
「……どうした?」
「何もしなくてもいいから一緒にいて…」
精一杯の言葉だった。もっと色んな言葉を自由に扱えたら、自分の言葉で、思いを明確に伝えられたら……。
「……いいよ…」
暗くて俊平の表情は見えない。ただ、その声は優しく暖かく感じられた。俊平のシルエットが動き、ソッと身体を包んでくれた。そのまま、身体がフワリと浮いた。俊平は、美紗を抱き上げベットへと連れて行った。
(良かった…抱き上げられて…)

(しまった…完全に目が覚めた…)
俊平は、横で吐息を立てる美紗を見詰めながら考えた。少し悪戯したい気もするが、これほど信用仕切って眠られるとそういうわけにもいかない。格好をつけたことが少々後悔される。正直にいって、隣で吐息を立てている女に欲情している。

(もう…何時まで待たせるのよ…)
美紗は、緊張で張り裂けそうな心臓の音で目を覚ましていた。始めてあったその日にその男に抱かれる。それを否定する気は無い。だからといって、自分がそうなれるとも思っていない。別にシャイを気取る気は無いが、同情で抱かれるのだけは嫌だった。