おむすび(9) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「あっ…」
俊平は、カーテンの隙間から漏れ込んできている陽に気付き目を覚ました。
いつの間にか寝てしまっていた。美紗の吐息も昨晩と違っている。つまり、そう言う事なのだろう。それにしても、少しも眠った気がしない。妙に身体に疲れが残っている。ついでに右拳も痛い。
「まぁ、ゆっくりしていってくれ…」と呟き、俊平は、身体を起こした。布団から滑り降りるように気を使いながら、ベットから降りた。ちょっとした動きで身体がボキボキと音を立てる。
「ん~っ」
リビングで服を脱ぎながら俊平はストレッチを始めた。いつもの日課ではない。急激にすると逆に筋肉を傷めそうなのでゆっくりと解きほぐすように身体をひねっていく。バキボキと身体が悲鳴をあげるが、なかなかこれが気持ちいい。調子に乗りすぎなければ、だ。
シャワーを浴びる前に、サイフォンでコーヒーを入れる準備をしてバスルームへ。
美紗は、コーヒーの香りとゴボゴボッというサイフォンの呼びかけに眼を覚ました。俊平は既に居ない。火をつけていることから考えて部屋の何処かにはいるのだろう。とりあえず、テーブルのアルコールランプに蓋をして火を消した。
「ン…起きたのか?」
「……おはよ」
美紗は、俊平の声に反応して顔を上げた刹那、慌てて俯いた。
「?」
俊平は、自分の格好を確認した。別に変なところは何も無い。気を使ってジーンズも穿いている。避けられるような格好ではないはずなんだが……、強いてあげれば上半身が裸と言う事くらいか。
「ゆっくりと寝ていて良いぞ…」
「…うん、俊平は…何処かにいくの?」
「ああ…お出かけ予定だ……」
「………」
「…一緒に行くか?」
俊平は、餌を待つ雛鳥のような情態の美紗に声を掛けた。
「何処に?」
「病院……ホスピスだよ…」
「ホスピス…」
「ああ……その前に、荷物を開けないと、な…」
俊平は、客間になっていた部屋を美紗に使っていいと言った。特に荷物も置いていなかったし、クローゼットも空に近かった。ティッシュBOXやトイレットペーパーの予備が置かれている。結構、所帯じみているらしい。
「手伝わなければいけないことがあったら言ってくれ…」
「俊平は?」
「寝る、もう少し…」
「…箱を開けてよ…」
「…下着とか、でてくるんだろう」
「それは、ね」
「臭いの嫌だよ」
「洗っています!」と、美紗の回し蹴りが俊平のお尻を捕らえた。パシン!と。「痛!」。

昼過ぎ。俊平は、バイクで西条総合医療センターに来ていた。この病院のホスピス病棟に用事がある。美紗も俊平についてきていた。ここでの用事の後、生活必需品を買い物に行くということなのだが、バイクで行くのだろうか。
俊平は、この病院にはよくきているようだ。キョロキョロともせずに目的地に向かって一直線にズカズカと歩いていく。一緒に歩いている美紗の歩幅の違いは計算に入っていないらしい。
「あっ…始まってる」
中庭に出ると俊平は何かを見付けて走り出した。
「えっ?ちょっと…」
「あっ、走れ!」
「えっ?…は、はい」
美紗は、俊平につられて走り出した。
「おっ、今日も着てくれたの?悪ガキ」
「新宮さんにしたら、何時までも悪ガキだな…」
俊平は、肝っ玉母ちゃんみたいな年配の女性の前で足を止めた。
「ん?恋人付きか」と、女性は、小指を立てて俊平の胸をドン!と叩きガハガハと笑った。中々インパクトのある人だ。
「恋人になれればね…まだ友人未満だ…」
「そっか…」
女性は、俊平の頭をガシガシと撫でると背中をバン!と音がでるようにたたき女性の集団の中に押しやった。
俊平は、年配者の集団の中に飲み込まれた。少し困ったように笑っている。でも、不思議と楽しそうだった。(こんな笑い方もできる人なんだ)と、美紗は、思った。比較的に笑顔は多い。あった時からニコニコしている感じがある。色々な笑いを見た。でも、それは、きっと大人の笑いだったんだろう。と、思える。
中庭では、炊き出しが始まった。その中庭は、一般病棟とホスピス病棟の間にある少し大きな緑地のようだった。入院患者らしい人や見舞い人みたいな人に混じって、たぶん地域の人も集まってきている。よく見ると、中庭を囲むように意志や看護士が適度な間隔で立ち様子を見ているのがわかる。
その集団の中心で、俊平は、、火を起こしたり、荷物を運んだりとしている。忙しそうだが、誰と無く手伝い始めた。
「あんたは、入らないのかい?」
美紗は、不意に掛かった声に振り返った。いつの間にかさっきの肝っ玉母ちゃんがそこに居た。
「新宮ミヨ…あんたは?」
「あっ、勝山美紗です…」
「ほぉか…なんかどっかで見たような気がするんじゃが…まぁええわ…」
「………」
不思議な人だ。見ているとこっちまで暖かくなる人だ。美紗は、新宮に背を向けるように俊平を見た。いまは、一分一秒でも長く、俊平を見ていたかった。
「あたしもは入れるかな?」
「入れるぞ…まぁ、自分から一歩前に出る事じゃな…」
「……そうですよね」
「怖いか?」
「えっ…?」
美紗は、少し考えた。そして、頷いた。拒絶されるのが怖い。あの集団の和を乱しそうな自分が怖かった。
「座らんか?」
新宮は、中庭が見渡せる場所に置かれているベンチに美紗を誘った。
「………」
「心配せんでも、逃げはせん…」
「はい……」
美紗は、新宮に誘われるままにベンチに座った。視線は、俊平に注がれている。
「何が怖かぁ?」
「ん~、色々有りますよ…」
「…ほっか…」
(それだけ?会話にならないじゃないの)
美紗は、新宮を見た。新宮は、ニッと笑った。
「アイツが最初にここに来た時、アイツは、怖いモノが何か解らんかったち」
「えっ?」
「知りたいか?あいつの事…」
「………はい」
「じゃあ…主の事、教えんしゃい」
「………」
「人を怖がってる眼じゃぁの…裏切られたか…?」
「………」
「怖いのぉ…」
新宮は、そう言って言葉を区切った。
俊平が新宮と知り合ったのは、17年前。まだ17歳だった。その頃の俊平は、触れるモノは何でも傷付けるそんなナイフみたいな男だった。それが良いのか悪いのか、解らないままに周囲を傷付けていた。当たり構わずではない。仲間は守る。そんなスタンスだった。
俊平の両親は、この病院で亡くなっている。父親は、癌だった。その事を知った上で普通の生活を送っていた。少なくとも俊平には悟られない状態で。父親がいき、母親が、それまでの心労か倒れた。父の葬儀でも涙を流さない気丈な母親も、父を追うように半年後に無くなったらしい。俊平は、何処か空虚な日々を過ごし、その隙間を埋めるのに、好きな風の中に身をおいた。気がつけば、一大暴走族の幹部にまでなりあがった。別に望んだわけではない。ただ、何か目標が欲しかった。乾いた砂漠の砂が水を吸収するように、俊平は、強さも早さも求めた。それが正しいと信じて。だが、駆け上がった山の上は、別にどうと言う事の無い風景だった。
でも、その山は、普通の山ではない。
色々な人が目指した頂。そこにあるのは、幾重にもかけられた柵だった。
その時、その山に一つの光が差した。その柵全てを一瞬にして断ち切る存在が。
どんな時でも気付く時は、簡単な事なのだろう。
自分が追い求めて止まなかった力と速度の頂は、ふらりと現れたその人にさらわれた。幹部の誰もがそれを否定しなかった。俊平も否定できないでいた。
幻想という山の頂。それを維持する為の日々。そこにも意味はある。だが、その意味は、絶対のものではない。気付いた時、その山の頂は消えていく。俊平も例外ではなかった。目標がいた。その目標が消えるとき、自分の追い求めた幻影を知った。ただそれだけだった。
俊平の心は満たされていない。
空虚な心は、その隙間に合わないピースを嵌めたところで埋まりはしない。
俊平と新宮が出会ったのはそんな時だった。
俊平たちの前に現れた光は、西条留美という女性だった。彼女は、できたばかりのこのホスピスの雰囲気を一変させようと、入院している人たちの協力を呼びかけている頃だった。俊平は、目標もなく、近寄っていなかったこの病院に来るようになった。何もする気が起きなかった。たった一年、がむしゃらに進んできただけなのに。
ただ自分達が目指した頂、大城祐介がここに来るから着ていただけだった。
ホスピス。それは、死を待つだけの場所のようにも思われていた。そこに入れば、生きて出る事はない。そんなイメージがあった。入院している人にも、周囲で見ている人にもだ。そこの雰囲気を変える。それは、無謀な取組みにさえ思えた。でも、それは実現されるものだと留美は頑張った。いつの間にか、仲間が増えていった。
1年が過ぎ、俊平の追った頂は、大学進学など無理だといわれた学校から有名大学医学部への進学を実現させた。それは、西条留美への想いが可能にさせた事だったのだろう。
その進学は、目標を失った者たちに大切な何かを示してくれた。
俊平は、目標を見つけられないままに留美の手伝いを続けた。生活の為に幾つものアルバイトしながら。
これという目標が見つからないまま過ぎる日々の中で、新しい入院患者に出会った。カメラマンだったという男に。俊平は、彼に聞いた。何故、死を待つ人を写し続けるのか、と。彼は、困ったように考えた。すぐには答えが帰ってこなかったが、次に合った時、「過ぎる時を止めることはできなくても、命の息吹を封印する事はできる」と答えた。「思い出を振り返るためだけの写真ではない。生きていた証を残す為の写真があってもいい」と付け加えて。
その翌年。西条留美は、ホスピスの一室にいた。もう歩く事もできない。
「怖いよ…」
留美は、静かに言った。
俊平は、祐介が来るまでの間、留美の手を握っていた。
「笑って満足に逝きたい」
それが留美の口癖だった。
「死にたくないよ…祐介……」
留美は、俊平の手を強く握り締めた。俊平の手がうっ血して青くなってもなお。
祐介が病室に来た時、留美は、相手が認識できないほどに憔悴していた。俊平は、祐介と変わり、カメラを手にした。初めて握った一眼レフカメラは、一週間ほど前になくなったカメラマンに貰ったものだった。
「留美…一緒に写真なんか撮ったこと無かったよな…一緒にとろうか…」
祐介は、留美の身体を起こしながら囁いた。溢れそうな感情を押し殺して、静かに言った。
留美は、何も言わずに頷くと、祐介に凭れかかるようにしてカメラを向いた。
その写真は俊平の原点になった。その写真は、いまでも、大城医師の部屋で留美は優しく微笑んでいる。
その日を境に連絡が取れなくなった人たちもいるが、大城や俊平は、機会がある毎にこの病院を訪れた。その都度、裏切りそうになる自分を戒めながら。
人に裏切られるのは怖くない。そういう奴だったと諦めればいい。
人を裏切るのが怖い。
「……期待を裏切る、簡単なことじゃ、ね」
新宮は、遠いところを見るような眼差しで空を見詰めた。
「………」
美紗の目から涙が零れた。静かに、頬を伝い、膝の上で握った拳に向かっておちていった。
「なぁ、主は……裏切られたくないんじゃろぉ?」
「……はい」
「素直バイ…」
新宮は、ガハガハと笑った。豪快な笑い方だった。
「悪ガキは……な、まだ抵抗しとる…」
「えっ?」
「忙しい日々の中で必死にもがいとる」
「?」
美紗は、新宮を見た。
「もがいてもがいてもがき続けて…これからも、もがくじゃろ…」
「…どうして?」と、美紗の顔色が曇った。
「笑って死ぬ為じゃろ」
「………」
「今を必死に過ごしてもがくんじゃ…その流れに身を任せる方が楽でも、あいつはもがいちょる…留美さんがもがいたように、の」
「……それって悪い事じゃないですよね」
「主は、頭が良いの…参加せんか?」
「えっ?」
新宮は、立ち上がり、美紗の腕を掴んだ。
「生き方じゃ、もがくの一つ、流されるのも一つ…どっちをしても構わん、その一つを貫き通すのならな」
「………」
「おお、そうじゃ、おむすびはできるか?」
「ええ…おにぎりくらいは」
「ちゃう!おむすびじゃ」
美紗は、キョトンとして新宮を見詰めた。何が違うのだろう。同じ、ご飯を握るだけのものなのに…。
「悪ガキに聞きんしゃい」と、新宮は、また声高々と笑った。
「俊平…」
「おう…食えよ…」
俊平は、握ったばかりの三角おむすびを美紗に渡した。塩だけのシンプルな味。それでいて、味わいが深い。コンビニで買うおにぎりとは一味違うような気がした。暖かい気がする。握りたての暖かさとは少し違う。
「おいしい…」
「おむすびだからな…」
「おにぎりとどう違うの?」
「…さぁ?」
「それって意地悪?」
「結ぶんだよ…色々な縁を結んでいく…それを硬く解けないようにするのも、柔らかにするのもその人しだい…でも、忘れてはいけない事がある…」
「何?」
「心さ…」
「………本気で言ってる?」
美紗は、噴出すのを我慢して言った。
「ホントさ……暇な時に試してみな…米を研ぐ時、飯を炊く時、握る時…全部に言葉を添えるんだよ…真剣に思い描いてだぜ」
「何って?」
「『愛情』って」と、俊平は、美紗の耳元で囁いて笑った。
「………」
「いつか違いが実感できる時があるといいな…言葉があるっていうのは、そういうものさ」
「……うん」