おむすび(10) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「楽しかった…」
美紗は、俊平の腕に絡みつきながら言った。正直に言えば、おにぎりとおむすびの違いがまだわからない。確かに、自分が握ったおにぎりと俊平の握るおむすびでは味が違う。それに、同じ材料で作っているのに、他の人の作ったおむすびも味が違う。何故だろう。
「あっ…」
美紗は、ショーウインドウの前で足を止めた。
太陽がオレンジ色のスポットを当てるように純白のドレスを照らしている。綺麗。そんな言葉がぴったりのような状態だ。
「ウエディングドレスか…」
「憧れるよね」
「俺は別に、着ないし…」
「着たら嫌だよ…」
「でしょうね…」
「…それ以前に着られるサイズなんてないでしょ?」
「まぁ、たぶん…着てみるか?」
「えっ?」
「記念写真くらいはできるぜ」
「……いい…」
「そう」
「即答ね、少しは理由とか聞かないの?昨日から…」
「どうして?俺では不服かな?」
「………」
「………」
「不服じゃない、でも……本番で切る楽しみがなくなるもん」
「じゃあ…すぐに本番だ」
「…莫迦にしてる?」
「結構マジで言ったんだけど…」
「行きましょう……買物に…」
美紗は、少し剥れたように歩き出した。誰が昨日の今日で結婚に踏み切るんだ?馬鹿にするのもいい加減にしてよ!と、いう気分が半分と嬉しさが半分共有する不可思議な心模様に対応が思いつかなかった所為だ。
「はいはい…では車のキーを」
「えっ?」
「こちらにどうぞ…」
俊平は、ウエディングドレスの飾っていた店の横の路地に入っていった。その店とは反対側の建物のドアを開けて中に入る。
俊平には言えないがちょっぴり期待した分がっかりだ。
「ここが俊平の会社?」
「ああ…」
広さにして120㎡。ワンフロアーをパテーションで区切っている。部屋の入り口から死角になる場所に俊平の机があった。机の配置から言えば、ちょっとは偉い人らしい。他の人よりも大きめな机でガソゴソしている。
「確か…あった……」
俊平は、緑色で何か書かれた薄い紙を机の上に置き、何かを書き始めた。それを、かばんの中にいれ、冊子のような書類も一緒に直し込んだ。
「よし、行こうか…」
俊平は、車の鍵を手に持つと美紗の腰を抱いて会社を後にした。

車でホームセンターに向かい、簡易な収納ケースをいくつか購入していく。他の必需品を美紗が選んでいる最中、俊平は、何箇所かに電話していた。急ぎの仕事でも合ったのだろうと、美紗は、気にかける様子もなく、必要と思うものを籠に入れていった。
(あっ…お金を下ろしてきていない…)
美紗は、キョロキョロとあたりを見渡しながらキャッシャー、もしくはコンビニを探した。が、こういう時に限って見当たらないものだ。
俊平は、何事も無かったようにレジに向かった。
(迷惑ついでに…借りちゃおう…)
「あっ、これで払っておいて…」
俊平は、ポケットに入れていたお札クリップから5万円引き抜くと美紗に渡して、慌てて何処かに走っていった。
「ちょ、ちょっと…」

「お帰り…」
マンションに戻ると玄関の前で安西夫妻が出迎えてくれた。少々寒そうにしている。どうやら少し前に来たようだ。
「…どうぞ…」
俊平は、買って来た荷物をとりあえず美紗の部屋に入れると安西夫妻を招きいれた。
「おい…俺まで呼び出してなんだ?」と、親友安西亮太が小声で俊平に囁いた。
「ん…夢を…少しだけ現実にしてやりたいと思ってな…」
「俊平、リビング借りるよ…」
「ああ…」
「勝山さん、少しお話いいかしら?」
「えっ、ええ…」
「じゃあ、俺達は、こっちに居るから…」
俊平は、亮太を書斎に連れ込んだ。
「気の利く、奥様で…」
「まぁな…で…」
「サインくれ…」と、かばんの中から一枚の紙を取り出しながら俊平は言った。
「………これが夢?」
「ん~、俺にはよく解らないけど……」
「……馬鹿だろう、お前…」
「かもな…こんな事しか思いつかん…」
「莫迦野郎…」
亮太は、俊平から紙を受け取ると保証人の欄にサインをした。少し躊躇しながら判子をつく。それを俊平はビデオで撮影してみた。何故かドキドキとしてきた。よくよく考えればプロポーズも何も無い。ついでに指輪も。
「他の準備は?」
「スタッフが動いている…」
「抜かりのない事で…」
「多分、抜かりだらけだぜ…他人の事は何が必要かわかるんだけどさ…自分の事は…」
「…そうか…貸せよ…ここからは俺が撮ってやる…」
「…お前センス無いからな…」
「ほっとけ…足だけとるぞ…」
「それはやめてね」
トントン。
「俊平、いい?」
「ああ…どうぞ…」
俊平は、安西夫人を招きいれた。
「これ、保管しておいて…」
美紗の戸籍謄本だった。
「………」
「運命は、しかるべく」と亮太は笑った。
亮太は、優里杏を手招きで呼び、婚姻届を見せた。
「俊平…いいの?」と、優里杏。戸惑ったような困ったような笑みを溢しながらも真直ぐに俊平を見詰めている。
「まぁ、大して財産があるわけじゃないし……一つぐらい悪夢を変えられる夢に全力を尽くす莫迦が居てもいいじゃん」
「…まぁね、で…何時?」
「数時間後…」
「えっ?」
「魔法のリミットがあるからね……」
「?」
「差し押さえ期限さ…」
「ああ…」
は、一人納得すると首を傾げる亮太から婚姻届を受け取り裏書をした。
「後は…プロポーズね…」
「言葉が無い…」
俊平は、リビングで一人剥れている美紗に近付き、「写真を撮りに行こう」と声をかけた。テーブルに婚姻届を置いて、二通の戸籍謄本を置いて。
「えっ…?」
「本番で着たいんだろ?」
「………」
「俺で不服ないって言ってくれたよね」
「言ったけど……」
「届けは、これから出しに行こう」
「えっ?」
「もう実務時間は終わっているから、夜間窓口が受け付けてくれる…嫌だったら、明日の朝9時までに行けば差押が出来るから…」
「……俊平」
「サイン…しない?」
俊平は、そう言って微笑んだ。多少、強引だが、この際押し切ってみる。
「莫迦…」
美紗は、呟きながらサインをした。不思議と迷いが無かった。思っていたよりも緊張もしない。
「じゃあ…これはあたしから…」
が一つの袋を渡した。俊平が何処かに買いにいった奴だ。俊平は苦笑して事の成り行きを見ている。不思議なくらい現実味が無い。何が起きているのか、いまいち理解できない。
から受け取った袋には、純白のビスチェが入っていた。「水色の糸でイニシャルを刻むと幸せになれるそうよ」と水色の糸を通した針を差し出しながら。
「えっ…ありがとう…」
「急がないとね…美紗…って呼んでもいいのかな?」
「えっ、はい…」
「手伝ってあげる…する事多いわよ…あんた達は出てなさい…」
「えっ…」
俊平は、亮太と顔を見合わせるとビデオを取られ部屋から追い出された。女は男以上に準備に時間がかかる事をすっかりと忘れている俊平であった。
「どうする?」と亮太は、苦笑した。
「そうだな…、メールで写真館を女房に送っておいてくれ…」
「OK」
「とりあえず俺は、もう一つ買物だ…」
俊平は、頭をかきながらエレベーターホールに向かった。

2時間後。18時少し過ぎ、リムジンは役所の前で止まり俊平は、一人、夜間窓口に赴いた。美紗には、ここで止める事もできると事前に言ってある。車の中で散々、止めるみたいな事を言っていたわりには、リムジンから降りる俊平を止めなかった。
(ふーっ)
心臓に悪い結婚だ、と俊平は思っていた。軽い気持ちで考えた事だった。別に離婚が問題視されるような世の中ではない。嫌になれば分かれれば言いだけのことだ。多少、戸籍が汚れるが、それを気にさえしなければ問題は何処にも無い。
簡単に言えば、『夢』という言葉にひかれただけに過ぎない。それが軽率な、短絡的な答えだという事は解っている。ただ、誰か、一人くらいそういう莫迦をする奴がいてもいいと思った。あんまり褒められた莫迦ではないが……。
別に惰性で書いたわけではない。一応、この状況が自分にとって遊びではない事を自分なりに確認して書いた。よもや全ての書類が揃うとは思っていなかったのだが。こういう事を偶然というのならばそれでも良いだろう。それを運命というのなら、それでもいいだろう。
この行為の入り口を開けたのは、他ならない自分だ。「冗談」と、笑い飛ばすタイミングもあったのに、それをしなかったのも。
全ての流れが後押しをしてくれる。書類然り、教会然り、仲間然り。
と、グダグダ考えるのはここまでにしよう。俊平は、溜息をつきながら役所を見上げた。
妙に視線を集めている。視線を集めても不思議ではないが。何せ、突然、リムジンが止まった。そこから出てきたのは真っ白なタキシードに身を包んだ男だ。隠れてカメラで撮影しているやつらまで気付かれているかは別にして目立っている。
これまでの2時間ほど。随分と駆け巡った。気に入ったタイプのアイテムを揃えるために。
必要なものを買いに走る最中、結婚の重たさを知った。相手の事を考え、相手が喜んでくれるだろうかと一喜一憂する。その状態を眺めていた亮太は楽しかっただろう。少なくとも亮太の時、横で笑い飛ばしてきたのだから。
「おめでとうございます」
夜間受付の係りの人がぺこりと頭を下げてくれた。
「あ、ありがとうございます」
面と向かって、笑顔で言われると照れるものだ。逃げ出したい気分になった。
リムジンに戻ると安西夫妻がシャンパンを開けてくれた。車内に常備しているシャンパンは莫迦高いのに。
「おめでとう…」
「どうも…」
気の無い返事で俊平は返した。