おむすび(1) | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「本日のゲストは…勝山美紗さんです」
眩しい光が斜め上から集められる。前が見難いほどの光には相変わらずなれないモノだった。映画の宣伝もあって、テレビ番組へのゲスト依頼が多い。うんざりするほどの仕事量、というわけではないだろうが、自分的には随分と仕事をしている気がする。
ふーっ。ゆっくりと息を吐きながら、開け放たれた扉からスタジオに入る。
本日の仕事は、映画の宣伝である。トーク50%、食事20%、宣伝10%の行き当たりばったり20%のバラエティである。と、いう言い方をすれば、バラエティが嫌いに聞こえるかもしれないが、嫌いではない。得意ではないだけだ。ただ、仕事なのでしっかりと演じきって見せる予定である。
勝山美紗。職業女優。アイドルとして、芸能界という世界に飛び込んでみたものの、アイドルで通じるのは一握り、その一握りからは漏れた。それでも、それなりにファンというモノが付いてくれたお陰で一応この世界に留まれている。いや、しがみ付いている。
「こちらへどうぞ…」
司会の東村雅彦が人懐こい笑顔でスタジオ中央におかれているテーブル席の一つを勧めてくれる。対面式トーク。話しの中心は、好物の物だ。予め好物が聞かれ、それを視聴者の前で作っていくというものだ。良くありがちな番組。
「ありがとうございます…」
美紗は、屈託の無いはにかんだ笑顔をで応え、指定された席に座った。相変わらず、ライトが眩しい。ライトに照らされ続ける役者ではないのだが、そのうちなれるだろう。
「勝山さんの好物は、おにぎりとお伺いしていますが、何か思い入れが?」
「おむすびです」
どっちでもいいと思われるかもしれないが、おむすびである事に意味があるのだ。おむすびだから、大切なのだ。
(俊平……あたし、胸を張って言えるようになったよ…)
「おむすび、ですか?」
「はい」
「思い入れが?」
「ええ…とても大切な…」
美紗は、そう言うと、胸元に手を添え、少し躊躇する間を空けてネックレスを引き出した。ペンダントトップになっている日本のリングを見せるように。

「お疲れ…」
葛西俊平は、身体を伸ばしながらスタッフに声を掛けた。
「お疲れです…あっ、チーフ、あした休みですよね?」
「いや、明後日まで休みだ…」
「いいすね、羨ましいですよ」
「代わってやろうか?…その代わり、あしたから向こう4ヶ月休み無しな」
「それは……遠慮して起きます…お疲れです」
「おう」
俊平は、スタッフに背を向けて、手を振った。
いつもと同じ仕事上がり。打ち上げをして、2次会に流れて、3次会に流れる部下たちに少しの小遣いを預けて離脱する。話しの解る上司、といっても、付き合いが際限なく良かったら息が詰まるものだ。愚痴を零すために自分たちで騒ぎたいだろうという配慮をしている、つもりである。
ふーっ。
俊平は、路上にとめられている善意の自転車に腰をかけて息を抜いた。久しぶりの休みという事もあって、少し、呑みすぎたようである。酔っているというほどではないが、歩くのが億劫に感じられる。
タクシーに乗るために大通りに出るか、ブラブラと歩いて帰るか、考えてみる。誰かを送るため、という理由にタクシーに乗るのは抵抗が無いのだが、一人で、自分のためにタクシーに乗るというのは贅沢に感じられる。少し前なら、迷うことなく歩いて帰る財布事情だったのだが、それくらいは気にしなくてもいい財布事情になると迷ってしまう。
実に小さな男だ。
とはいえ、背のびをしなければならないわけでもない。
(あっ…)
ガタン!ガラガラ!ガシャン!!。
けたたましい音を上げ、歩道に所狭しと止められている善意の自転車郡が倒れた。フラフラと歩く一人の女性の休憩のために。寝るには、少し痛いような気はするのだが、女性は、そのまま動かない。
(酔っ払い…かな…)
俊平は、周囲を確認して、自分しかいない事に溜息をつくと自転車郡を布団にしている女性の元へ近づいた。
「大丈夫ですか?」
「………」
返事は無い。が、起きているのは解る。すすり泣くような声の漏れ、肩が震えている。
俊平は、女性の後ろに回って、抱きかかえるようにして自転車から拾い上げると側道、歩道の段差を椅子代わりに座らせた。自分の着ているコートを脱ぎ、頭からかけた。ズボンのポケットに入っているハンカチを取り出し、女性の前をプラプラとさせると、魚が餌に飛びつくように女性はハンカチをすばやい動きでもぎ取った。電光石火というのだろうか。手が動いたのも解らなかった。のは、やはり、酔っている所為かもしれない。
「さて、と…」
俊平は、善意の自転車を並べなおしはじめた。もちろん、歩行者の通行の邪魔にならないように。綺麗に隙間を減らして並べなおしていく。たぶん、持ち主が戻ってきたら自転車を引きだすのは異常に大変だろう。一台だすのに、すくなくとも10台は動かさなければならないだろう。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
自転車の列が3列はあり、人が歩く幅が50cmほどしかなかった道路が、綺麗に整頓され、歩道は歩道としての役割を果たせる状態になった。
「まだ、座っているのか?」
「………」
「黙っているのはいいけど・……女の子が一人で座っていて大丈夫な街じゃないよ…」
「………」
「まぁ、いいけどさ……上着はプレゼントするよ…じゃあね」
「あっ、ま、……一人にする気?」
「………」
「何よ…黙ってるの?」
(自分の事は棚上げかよ……)
「女の子が…うっ……」
女性は、道路の排水口に向かって嘔吐を開始した。
ゲボゲボッと苦しそうに吐いている。さすがにほっていけるような状況ではない。俊平は、頭をガシガシと乱暴に掻きながら、女性の背に手を添え、下から上へ、吐くのを手助けした。

「リング、ですね…」
「ええ……結婚指輪なんですよ…」
「あれ、結婚成されていたんですか?」
「はい」
美紗は、自然に答えた。まだ、事務所でも一部の者しかしらない事実を収録の現場で普通に答えた。ちなみにマネージャは、その事実をしらない。
「そうなんですか…あの…」
東村の声が急に小声になった。美紗のマネージャーの様子から発言内容が適切かどうかの確認をするためでった。収録なので、適当にカットする事はできるが、できれば変な繋げにならないようにしたい。それが東村流であった。
「いいんです」
真直ぐな眼で美紗は、東村を見た。その瞳に呑まれるように東村は、表情を和らげ「いつの間に?」と話しを再会した。
「重なり合う肌のように、触れ合った時、二泊二日の物語で…」
「…映画の中で…」と、東村は、安堵の表情と供に息を抜いた。それにしても、真直ぐな眼をしている。嘘が何処にも感じられない。久しぶりに女優を見ているような気がした。
(勝山美紗。23歳。子供番組のヒロインでヒット、その後は、脇をだったかな、上手程度の役者だったけど……)
「あれ、見せてもらったけど…結婚のシーンなんてあったかな?」
「いえ」
「ん?他の人の映画のキャッチだよね…今の…」
「あっ、ばれちゃいました?」
美紗は、屈託のない笑みを零した。