おむすび(1)の後 | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「どうだ?」
「あっ、社長…」
美紗のマネージャーの大塚忍は、不意に声を掛けてきた初老の男性に声を掛けられ、慌てて深く頭を下げた。
「そんなに緊張するな…」
と、言われても無理なものは無理である。面接の時に一度会い、面と向かって話すことなく2周年。会社は、日々躍進し、新進気鋭のはずの会社はいつの間にかそこそこの勢力を持つ会社に発展。正直、先輩といわれてもピンと来ない状況下での日々に社長が現れたら落ち着けるわけが無い。
だいたい、重役クラスに声を突然掛けられて驚かないのは、その関係者ぐらいだろう。世の中、図太く生きている奴の方が少ないはずだ。
「で?」
「あ、あの…美紗さんが…」
「落ち着けよ…」
苦笑しながら、大橋幸成社長が静かに言う。少し呆れ顔である。
「大体、後輩もできて、次の編成ではチーフにならないといけない者が、いつまでビクついているつもりだ?」
「そ、それは…」
大塚は、ドキドキしながら社長の顔を見上げた。しっかりと存在を覚えてもらっている。それも、次の編成で出世するといっている。それだけに実力を認められている、という事だろう。ここは素直に喜んでおくべきか、一応社長の課を観察する。
「どうでもいいけど、お前さ…」
「はい?」
「美紗がこの一年にこなした仕事の数知っているか?」
「もちろんです、助演2本、準レギュラー7本、ゲスト32本の計41本です」
大塚は、自慢げに胸を張った。全部自分がマネージャーになってからの仕事だった。勝山美紗という女優にふさわしい仕事をチョイスして、売り込んで、もぎ取ってきた仕事の数々である。当然ながら、予定外の遅れなどで周囲に迷惑をかけているが番組最期のキャストロールに名前が載る仕事ばかりである。
その辺の駆け出しマネージャーが確保する新人芸能人の仕事取りとは違う。
マネージャーとして十分に自慢できる貢献をしているはずだ。
「……幸せだな、お前…」
大橋は、溜息をつくと、手に持っていたハードカバー小説で大塚の頭をゴン!と叩いてみた。拍子などで叩いたら音が響くので角で叩いてみた。
「!…」
大塚は、頭を押さえてその場に座り込んだ。
「社長ぅ……」
大橋は、大塚の抗議の声を無視して、セットに近付くように歩き始めた。腐っても元美紗のマネージャーである。撮影の邪魔になるような事はしない。ただ、影に立っていても始まらないのでスポット光の漏れるところに移動した。
(社長…)
美紗の視線に気付き、大橋は、うなづいた。
「社長…」
「あいつがこの1年にでたのは、エキストラが207本、端役が64本、全て他の仕事の合間や休みの日にこなしている」
「えっ?」
「女優、天性の才だけでどうにかできるわけじゃない……本人に華があり、艶が合ってこそ、その技術は、経験によって培われる部分は少なくない、マネージャーは仕事取りだけではなくさ、メンタル面でも話し相手になってこそだぞ」
「はぁ」
「マネージャーはお前にとって仕事だろう?」
「はい…」
「準備されたモノを準備されたようにこなすだけでは、お前を誰も信頼しない…」
「………」
「時間から時間のサラリーマンでは勤まらない仕事だ、自分の時間を求めたら駄目な枠じゃないけれど…少なくとも役者の自分の時間を削っている分くらいのフォローはしろ……もっともアイツも行き過ぎなくらい仕事を取ってるけどな…」
大橋は、腕を組んで、溜息をつきながら美紗を見詰めた。出会ってから3年。爆弾発言を聞いてから2年が過ぎた。
爆弾は、いつの間にか爆竹程度のものに代わっていたが、美紗は、変わらずに走り続けて来た。たったひとつの目標に向かって。
「あいつが目標にしていたのはこれのヒロインだ」
大橋は、大塚に持っていたハードカバーの本を渡した。
『これも一つのラヴストーリー:シュン著』だった。その本の事は知っている。発売から1年一人の女優が、その内容に感動し、声をあげた事でロングセラーになった何処にでもある平凡なラヴストーリだった。たった2泊2日の時間の共有がひとつの愛になっていく。
その本のキャッチフレーズが「重なり合う肌のように、触れ合った時、二泊二日の物語がひとつの軌跡を作る…そこにあるのは真実なのか、それとも…」だった。
そこにあがかれる舞台は、東京という都市の新宿という町。それも賑やかな表とは縁の無い裏側、普通に人が生活をしている街。そこでであった一組のカップル。出会いという偶然に導かれ、何処か欠落していた何かを互いに見付け、その結果を一つの物語とした。
何処にでもある物語。
夢物語のように、関係のないような話でも、すぐ身近にあることがある。
東京でも、大阪でも、広島でも、九州でも、札幌でも関係はない。
ただ出会いに気付く、それだけが、全ての始まりだと教えてくれる。
ごく当たり前のストーリー。そこに意味を与えたのは、読んで何かを感じる人達であった。
珍しい短編小説は、映像化される事になった。
美紗もそのオーディションを受けだが、最終選考であえなく落ちた。
その時のプロデューサーが美紗を別の映画のヒロインに抜擢してくれた。