命は時として軽視されがちである

命を生として捉えるものが現れる

それは、自らの命を粗末にしてきた存在であるからだ

己が命を大切にしてきたものは、他の命を尊ぶ

小さき命、それは人の手に握りしめられるもの

その命は時に人の手に委ねられる

人は時にそれを神の御業として思い違いをする

神と呼ばれる存在は命を粗末にはしない

もて遊ぶことはしない

全て己が決めたこと

神はただ観る

流れるままに、進められるがままに

そこに慈悲はない、ただ見守るだけである

全ては人の手に委ねられている、それを忘るるでない

神が操作しているのではない

人が望み、時に操作しているのである

神の御業として

けしからんことにな

命は尊い

何故ならぱ、終わりがあるからである

今世の終わり

それは、その時に味わえる感情

二度と感じることはない時

似た時はあるであろう

たが、その時はもうやって来はしないのである

似て非なるもの

それを感じれば、生命を尊ぶことができるであろう

一人一人、一存在が全て尊き魂である

どのような時でも尊厳を低めてはならぬのである

命を絶つものがいてはならぬのである

その役目を担ってはならぬ

作り出すことなかれ、人の子よ

今一度、己が生命を見給え

己が生命の尊きを知れ

他の生命を知れ

小さき命を味わうが良い

その魂は決して劣るものではない

そなた自身なのである


ゼウス 己が生命と共に
(昨日に続き、地球に住む私たちへのメッセージ)


昨今の地球に蔓延する菌は、全て人々から生まれ出たもの。

菌は繁殖する。熱を持って繁殖し、バクテリアとなる。

細胞を破壊し、侵食し破壊へと導く。

それは、全て人が作り出した虚栄の賜物。

それなくして繁栄がなされなかったように、菌を作ることで一部が利益を得ようとしている、愚かな人の子。

一時の虚栄にすがり、満足し、そして、すぐに枯渇する。求め欲し、餓えを凌ぐ。

根本はそこにあるのではないのに、目を反らし、見つけたものに飛び付く。
ハイエナのように群がり、喰い散らす者たち。

そんな者たちを許し給う人々の多きこと、嘆かわしく思う。

誰がやるのか。誰が正しき道を示してくれるのだろうか。

己が道を決めるのは己のみ。

人に託して何が生まれようか。

一部のことではない。皆が加担しているのだ、地球が滅び行くことに。

誰かがしてくれると思っている。残念なことに。

全ての人がそうとは言わないが、何と多きことか。己が人生の邪魔者を排除する者たちが。

己が人生は他人とリンクしていることを知らねばなるまい。
そして、己が神であることも知らねばなるまい。

自分が卑しい人間であると思う人々が何と多きことか。卑しいのではない、餓えているのだ。己が道を行くそのもどかしさに。餓えている、希望と言う情熱に。

そしてまた、人々の飽くなき魂は求めさ迷う。神は何処ぞと。

神は己が内にある。

気付けよ、人の子らよ。
己が神はそこに在る。


ゼウス そなたらと共に
(地球の波動が上がるよう、皆にメッセージをお願いした)


我々がかつて住んでいた星(地球)は、緑豊かな楽園であった。

それがいつしか破壊への道へと進んだのは、人間の中に良からぬ心を持った者たちが現れたからである。

それは奇しくも女神ヴィーナスが誕生した時であった。彼女を欲した人間たちが争いを始めたのだ。

何がそこまでの憎悪と嫉妬を生み出したのか。我に思い当たることは唯一つ、地球の波動が急に下がったからだ。

それは、地下のマグマが発する気の流れが滞ったからである。

気の滞りが波動を低め、争いが起きるようになった。それは収まりがつかないほどに拡がり、そして、収束へ向かっている。

目覚めた者たちが終止符を打とうと動き始めたのだ。それに気づいた者がまた、陥れるために力を付けている。攻防はまだ続く。

人の子らよ、その心に問う。
今、何が起きてどう変わろうとしているのか、変革のこの時に一人一人が自覚すれば、良き方向へと進んでいくだろう。

目覚めよ、まだ眠り給う人の子らよ。
目覚めの時はすぐそこだ。


ゼウス 光と共にあれ