菖蒲沢のバレリーナ~平出博物館の瓦塔 | 日出ヅル處ノ廃寺

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古代寺院跡を訪ねて

長野県塩尻市の平出博物館(ひらではくぶつかん)でいただいた、このしおり。

 

背景のブルーがよく映える

 

読書の合間についつい見とれてしまうんですよね~

写っているのはこの博物館の目玉の展示物、「菖蒲沢瓦塔」(しょうぶさわがとう)

 

瓦塔とは、見てのとおり、焼き物の五重塔なのですが、五層の屋根にご注目!

ほとんど水平になっていることがお判りいただけますでしょうか。

 

頂部の九輪や水煙が大きめで、その重みでにゅっと水平方向に屋根が伸びてしまったかのような絶妙の造形

まるでバレリーナの着用するプラッター・チュチュであるかのよう....。

 

創建時の古代寺院は屋根の勾配が緩やかで、軽快な感じだったようです。

今見る姿は後世の改修で勾配がきつくなっているのですが、これは雨水を流れやすくして、雨漏りを防止するためだったとか。

 

西ノ京の薬師寺。再建された西塔の屋根は東塔よりも勾配が緩いのがよくわかります

 

私は菖蒲沢瓦塔のことは何も知らなかったのですが、そのきっかけとなったのが八ヶ岳登山

以前から、登山に向かう電車の車窓から気になっていた場所があったのです。

 

塩尻駅の手前、東側に何やらだだっ広い場所があって、何だろうと思っていたのですね。

調べてみると、「平出遺跡」なる縄文期から平安期に至る集落の跡で、日本三大遺跡に数えられる国指定史跡というじゃありませんか。

 

平出遺跡の冬の縄文の村

 

現地の案内板より。右上に平出博物館があります

 

これは一度行っておかねばと思い、車山のスノーハイクに挑む前にこの広大な遺跡を訪問

復元された住居群や倉庫はなかなか見ごたえのあるものでしたよ。

 

で、せっかくなので、平出遺跡の発掘品などを展示する平出博物館にも足を延ばしてみたところ、出くわしたのがこの「菖蒲沢瓦塔」だったのです。

 

大洞山のふもとにある平出博物館

 

菖蒲沢瓦塔。基壇には「県宝」とのプレート

 

長野県の古代寺院、と言ってもあまりピンとこないのですが、まさかこんな立派な瓦塔があったとは!

この菖蒲沢瓦塔、奈良時代のものとされ、高さ2.3mは日本一

 

大きさだけでなく、造形的にも美しいものだと思いますね。

 

軒下の組物も丁寧に表現

 

この瓦塔は、昭和60年代初頭に市内の林間工業団地で発見された「菖蒲沢窯址(しょうぶさわようし)の出土品です。

菖蒲沢窯址は博物館のある「平出歴史公園」内に移設されています。

 

公園内に移設された菖蒲沢窯址

 

 

ちょっとモコシ考

 

菖蒲沢瓦塔で面白いのが初層に「裳階(もこし)」が設けられていた痕跡があったこと。
基壇の縁に小穴が並んでいたことから、ここに別パーツで縦格子の壁が設けられていたと推測されていて、現在の展示でもこれを再現しております。


裳階とは、堂塔の外壁を風雨から保護するために設けられたものとされていて、法隆寺の金堂や五重塔にも見られるものですが、あらゆる古代寺院にあったということでもないらしく、その存在が確実視できるものは少数のようです。

 

基壇の周囲に設けられた小穴。再現されていませんが、各辺の中央部には扉もあったと考えられています

 

法隆寺の金堂と五重塔の初層にある裳階

 

基壇にわざわざ小穴を設けて裳階を表現しようとしたのは、菖蒲沢の制作者にとって省略することができない重要な構成要素だったということですね。

同じ瓦塔でも、東京国立博物館に展示されている東京都東村山市多摩湖町の瓦塔には裳階はありません。

 

東京都東村山市多摩湖町の瓦塔(東京国立博物館)

 

裳階の有無はどのような理由からなのでしょう?

内部に壁画が描かれている場合には、外壁の劣化による壁画への影響を防ぐために設けたということなのでしょうか。

そのあたりはよくわかりません。

 

さて裳階付の塔と言えば、忘れてはならないのが冒頭の薬師寺の三重塔

この塔は初層だけでなく、二層目、三層目にも裳階が付けられているのです。

 

設計者はこんな意匠をどうやって思いついたのでしょう?

有名な建築ですから見慣れてしまってはいますが、改めて見てみると実に見事なデザインです。

 

薬師寺西塔

 

平安期の古文献である『薬師寺縁起』に、「宝塔二基各三重、重毎に裳階有り。高さ十一丈五尺、縦の広さ三丈五尺なり」との記述があります。

 

もし、東塔が残っていなかった、あるいはまったく別の姿で再建されていたとしたら、この縁起のごく短い記述と発掘調査結果を手掛かりにして、現代のわれわれが果たしてこのような創建時の意匠を再現できたでしょうか

 

昭和以降に伽藍の復興を遂げた薬師寺ですが、再建された堂塔の「共通デザイン要素」はまさにこの裳階にあったわけです。

これは改修を受けたにせよ、東塔が奇跡的に創建時の姿を残していたからこそなのですね。

 

 

さてさて、平出博物館を後にして当日は塩尻市内で一泊。

宿にチェックイン、反省会の会場はどこにしましょうか。

 

塩尻駅の南東、徒歩10分足らず

 

宿の方に勧められたお店、塩尻 呑食堂 Tetsuさんにお邪魔しました。

 

木曾路はすべて酒の中である。

 

利き酒セットで美味しくいただきました。

お疲れさまでした。

 

[訪問日]2023.1.28(平出遺跡・平出博物館)