この地方ではおそらく規格外であっただろう子どものはなし。 | higuchinoraのブログ

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受験、子育て、お金、犬、料理、旅、日々の忘却録です。

こんにちは。

NORAです。

 

子どもは東京の私立医学部へ地方公立高校から現役合格し、通っています。

国公立前期日程ご縁がありませんでしたが、後期日程は合格をいただいています。熟慮の末私立に通うことにしました。

 

うちは愛知県でも国内有数の企業、工場がたくさんある地域です。

 

娘が規格外だっただろうというのは優秀とかそういう意味ではなく、地元の中学校に進学したら、その学校で求められることをこなせないこどもだったのだろうなあという意味です。

 

この地方は良くも悪くも特殊です。

 

時間で決められた仕事をきちんとこなせるような人間を育てることが中学校におけるミッションだと感じています。

 

規律的であること

時間内にやれること

反抗しないこと

 

愛知県は公立王国なので高校進学は受験しなければならない。

内申点が重要になる。

 

上の子どもは要領よく時間内に仕事をこなし、生徒会や部活も精力的にこなせました。

表面ではそうでしたが、心は繊細でした。

頑張った分、心のエネルギーを減らし不登校に至ってしまいました。(もちろん学校だけが問題なのではなく親子関係など様々な問題が複雑に絡みあう結果であるのですが・・・。) 

高校は何とか下の子と同じ学校に進学しましたがここでも不登校で何とか卒業できたような感じです。

 

下の子は保育園のころから医師になることを決めており、学校でも図書館で医療関係の本が好きでよく読んでいました。

中でも

 

「命をくれてありがとう僕は18トリソミー」は何度も読んで、何度も私に話をしており、子どもが人生を考えるきっかけになっただろうと思われる本です。

 

同じクラスに発達障害の子がいたのもすごく影響を受けたと思います。中学は特別支援学級に進んだ子です。

 

(のちに大学に入る直前、公立小学校に行ったのは自分の体験としていろんな人がいるということが学べたので良かった、と言っています。)

 

うちは、公立の保育園、公立小学校、そして公立中学校を・・と進ませるつもりでしたが、きっとうまくいかないだろうな、と親の私が感じたので塾には行かず自宅学習のみで国立大学附属中学校を受験し、合格をもらうことができ進学させました。

 

その不安、というのはずばり

 

学校が求める児童にはなれないだろうということでした。

 

小学校のころから活動的で、積極的にいろんなことに挑戦しましたが

 

頑固で、自分が納得しなければ動かないこと、たとえそれが先生であったとしても命令は安易に受け入れないだろうということでした。

 

毎回保護者面談に行くと

「成績はいいんですけど」

とか

「やれるんですけど」

とか言われますが

必ず「とにかくゆっくりで…。」

と言われるのです。

 

つまりこのまま中学に進むと

 

規律的であること

時間内にやれること

反抗しないこと

 

この条件を満たせない可能性が高くなります。

そして満たすことに一生懸命になりすぎて子どもを壊してしまうことになるかもしれない。

この条件を満たせないと内申点が低くなる可能性もあり(成績も、授業態度も加味されるのでわからないのであくまで推測です。)そうすると高校の進学にも頭を悩ませないといけなくなるかも、という恐怖が私にありました。

 

結局附属中学に進ませて大正解でした。

 

ここではいわゆる教科書での一方型の授業はなく、先生からの発案で物事が進むわけでもなく、子どもたちと先生とが自由に対話している学校でした。

自分で研究課題を見つけ2年かけて研究したり、対話型の答えのない授業をしたり、クラスでの研究をしたりして(探求といっていました)のびのびと中学生活を過ごすことができました。

 

その後受験して公立高校に進むわけですが、東京大学や京都大学に多く合格者を出す学校のため、ものすごい勢いで授業が進むわけです。

 

 

あとになってそういう大変な3年間を乗り越え、現役で医学部に受かることができたのは公立の中学に進ませず、附属中学に進学しゆったりいろんなことに取り組むことができたからだと思います。

そして自分の目標に自信がついたからと感じます。

 

大学受験を乗り越えるには、そのつらさを乗り越えることができる何かがなければならないのかと感じた子どもの話でした。

規格外だったからわかったことです。