― 今ここにある幸せに、ちゃんと気づいて生きていく ― 


小林正観さんが話された言葉にこんな言葉があります。

幸も不幸もない

それを感じる心があるだけだ

この言葉に出会ったとき、私は心が救われました。


ちょうどその頃、理不尽なことが続いていたり、

「どうして自分ばかり…」と、怒りや悲しみに心が疲れていた時期でした。


でも、この言葉にふれて気づきました。

起きる出来事には、すべて意味がある。

それは、ただの偶然や不運ではなく、

「自分がそこから何を感じ、どう考え、どう生きるか」に気づくための出来事なんだと。


どんな悲しみや怒りの中にあっても、

「私はこの出来事から何を学べるんだろう?」「どんな自分になれるだろう?」

そうやって立ち止まって考えることが、

きっと神さまからの“静かな問いかけ”なんだと思えるようになりました。


崔燎平先生が,以前YouTubeで話されていた。震災前にある言葉が,増えてきたと


それは、

「私、いつになったら幸せになれるの?」という言葉です。

今の幸せに気付けず不平不満を連ねていた人が,何人も鑑定に来られたそうです。

そんなとき、忘れもしない東日本大震災が起こりました。

それはまさに、私たちが投げかけた不平不満や感謝のない心が、自然に返ってきた出来事です。

崔先生のお師匠さまが

言葉は自然に返ってくると仰っていたとのこと。


今あるものへの感謝を忘れ、不平不満ばかりを口にするようになると――

その投げかけた言葉や思いが、めぐりめぐって自然に返ってきます。


それは時に、“災害”というかたちで現れ、

私たちはそのとき初めて、どれほど幸せだったかを思い知らされるのです。


だからこそ、

今ある幸せに目を向けて、「ありがとう」を忘れずに生きていきたい。



そして今日私は六方拝を知りました。

六方拝は、東西南北、天地――あらゆる方向に向かって感謝を伝える祈りのかたちです。

親、師、友人、ご先祖様、自然界、そして日々関わる人たちへ。

静かに手を合わせる時間の中で、ふと気づかされることがあります。


「私はひとりで生きているわけじゃない」

「これまでの人生も、ちゃんと守られてきたんだ」

そう思えたとき、過去のどんな出来事も、自分にとって必要だったのだと感じられました。


今の幸せに気づけないまま、「いつか幸せになれたら」と未来ばかり追いかけていても、

その“いつか”が来たときに、きっとまた「足りない」を探してしまうのです。


むしろ「足りない」と思い続けていると、

本当は幸せだった“今”を失ってから、やっと気づく――

そんなことも、あるのかもしれません。


だからこそ、六方拝を通して、

「今、ここにある幸せ」に気づける心を育てていきたいと思っています。



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