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就活を終え、その先へ。
気付き・学びなどをベースに書いています。
心豊かに。笑いあり涙ありの人生にしたいですね。

ふと思ったこと。


「あー今日は散々な目にあったわぁ。。。」



この言葉の裏側をもっともっと分析したい。

心理学的にどうなの?(最近心理学がすごく面白そうで、行動心理学など学んでみたいなーと思ってます。)



この場合の、「何」がイヤだったのか。
これっていくつか候補があると思うんです。


自分の意見を聞いてもらえない(無力感)こと?
単純に怒られたりして、自分が傷ついたってこと?
怒られたりして、他人に「あいつ、怒られてるよ」と思われること?


その「何か」が自分の心の触れてはいけないところに触れちゃったから、否定的な反応になるのかなぁ。
もしそうだとしたら、自分が「何を大事にして生きているのか」が分かることになりますよね。


それが良い悪いじゃなくて、そういうことがあるんだって認知できるだけでも心が広くなってそうです。
「ストーリーとしての競争戦略」という本を読んでいます。
まだ最初の方なんですが、いきなりインスピレーションを得たので思わずポストしました。


あなたはどんな人生を歩みたいですか?

こう聞かれて僕はすぐさま答えることができません。
色んな欲望と向き合いながら、その問いに対する答えを模索しているところです。


「様になっている」ものや「画になる」といった惹かれるものをこれまで探したりしていました。
例えばそれは映画の主人公であったり、漫画のキャラクターだったり、雑誌の中の一枚のスナップだったりします。
そこから得る雰囲気というかオーラみたいなものが好きだと、惹かれるんでしょうか。


しかし、これはあくまで「静止画」なのです。


自分の憧れの人生をイメージしたとしても、ワンシーンであったりすることが多いです。抽出して考えているんだと思います。それ自体は悪いことではないはずです。

ところが、「静止画群」としてそれらをつなぎ合わせても、どうもしっくりこないということがこれまで多々あったのです。

例えば、ファッション。
この服かっこいいなと思っていても、その服自体はかっこいいけど、実際に着てみて、その服とともに生活してみて、「なんだかイメージと違うな」となることがよくありました。



もっとトータルで考える必要があったんです。そのことがこの本には書いてありました。「つながり」という分かりやすい言葉を用いて。


今までお気に入りのスナップショット的な事柄を集めて、並べてみても、しっくりこなかったのは、そこに因果論理がしっかりなっていなかったからなのかなぁと思ったわけです。


確かに、僕の人生は「動画」です。止まることなく、流れています。
ストーリー(人生)の筋を良くするには、色々なルールがあると思いますが、今読んでいる章には「ベストプラクティスの詰め合わせ」じゃ上手くいかないということが書いてあり、興味深かったです。


よく雑誌などで「○○さん/○○人の豊かな生き方」のような記事があったりします(好きでよく見ています)。
確かに参考にしてみたいことはあったりします。
しかし、それをマネするだけでは全体としてうまく機能しないこともある。そりゃそうなんでしょうけど、腹落ちしました。



話が飛び飛びになってしまいましたが、言いたいことは非常にシンプルです。


静止画から動画へ。
そのためには「世界観」が新たなキーワードの予感。


まさかこの本からプライベートにおける気付きを得れるとは思いもしませんでした。
じっくり読んでみます。(全然ビジネス書として読んでませんねw)
僕は現在ある工場のライン上で検査工程の一部分を担当しています。

実習を始める前から今週までの間、ずっと「労働」していると思っていました。


仕事ではなく、労働。

言葉の違いは、そこに付加価値を生み出せるかどうかの違いがあると聞いたことがあります。
それを知った上で、さらに、実際に働いてみても、「労働」だと思っていました。

自分が検査する→お給料が貰える という構図でしか考えられてなかったのです。


しかし、今週、こんなことがありました。

検査中に不具合を見つけるのが僕の仕事。
その不具合は後工程の立ち会いで補修をするかどうかの判断が下されます。

僕は不具合だと思って指摘したつもりが、僕の指摘箇所が分かりづらく、立ち会いの人からすれば「どこにどういう不具合があるのか」が分からない状態になってしまったことがありました。(→ライン停止に影響を及ぼします)

要は、僕の指摘の仕方が悪くて理解しにくかったんです。


そのことで一度指導を受けた後、気付きました。


僕が「労働」だと思っていた「作業」は、他者と関わりを持つ。
その他者にとって作業がやりやすくなるようにアシストすることが求められているんだ、という極めて単純なことです。

大袈裟かも知れませんが、僕は「自分の作業、すなわち自分の検査内容」しか興味がなかったのです。
しかし、全体を通してみると意思疎通が上手に取れていないために手間が発生してしまっている。
(下手すれば、俺はちゃんとやってる!という言い合いにもなりかねません)


これではダメなんです。



「良い仕事」をしないといけないんです。


良い仕事、しっくりくる言葉でした。「つながり」を意識することで全体を考えることが出来るようになるため、良い仕事というのが具体的に浮かび上がってくるのではないかと思うのです。





良い仕事をしなくても、給料は変わりません。
それでも「良い仕事とは何か」を考え行動する意味はあると思います。少なくとも僕自身は納得感が違います。
自分は何の仕事をしているのか、という問いに対してちょーっとだけ高い視座から答えることができるような気がするからです。


実はこの非常に大事な気付きは、期間従業員の方の発言から得ました。
彼の「こうした方が彼らは分かりやすいもんな」という発言が、強く印象に残っています。


ほんっとにまだまだな新米ですが、自分が先輩になったときに、このような気付きを与えられるようなそんな社会人になりたいものです。
今週は週6勤務でした。

僕はラインで検査をしているのですが、やっと認められてきたような感が最近嬉しかったんです。

不具合の見逃しもなくなってきた。
ラインを止めることもなくなってきた。

イイネ!褒められたらやっぱり嬉しいんよ。
あとは、どれだけこのパフォーマンスを維持できるかっていうところが大事だなと考えていたのです。

しかし、6日目にやっちゃいました。
大物見逃し。



自分が見てると思っていた部分は見ていなかったのです。
自分が指で触って確認していると思っていた部分は確認できていなかったのです。


再発防止のためには、なぜ逃したのかを考え、それについての対策をする必要があります。

タクトに間に合わず、遅れ気味だったから慌て作業になっていたのかなぁ。
他の箇所の不具合があるかどうかの意識がありすぎて、触手と目視が一致してなかったのかなぁ。

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僕は新人の指導の仕方(育成)をもっと効果的にできるんじゃないかと考えていて、それについて職場の方に真剣に考えていただきたいという野望があります。
でもそんな偉そうなこと、入社したての若造が言うにはちょっと...てなりますよねw

なので、信頼を勝ち取りたいんです。
ちゃんと仕事をするやつだって思われたときに、ようやく
「こういう風にしてみたら、もっと良くなるんじゃないですか。」
「こういう風にしてみたら、職場の方の今の苦労が軽減されるんじゃないですか。」
っていうことを言いたいんです。

もっと職場を良くしてー。
はやく人が育つ仕組みがつくれば、結果みんなが楽になると思うんです。
別に自分の評価とか、自分のためとか、どうでもいいんです。みんなが楽になるなら、手段なんて別にどうでもいいんです。

そのためにもまずは「自分」を分かってもらわないといけない。

よし、またイチから信頼を積み上げれるよう、愚直に、頑張ります。
今日はようやく仕事休み。
家では「寝る」以外してないので、あっという間の一週間でした。

工場実習中、かるーい日記のようなものを箇条書きで記録しているのですが、一ヶ月も経てば仕事内容に関しては覚えることもあまり出てきません。

じゃ、主に何を書いているのか。

実習が始まる前では予想できないテーマで言えば、「健康」に関してです。


何時に起きて、その日のコンディションはどうか。
仕事中はどうだったか。
何を食べれば、元気でいられたか。
帰ってきて、どういうケアを行ったか。(翌朝、そのケアは効果的だったか。)

このフィードバックをぐるぐるーっとやって、ストレッチをしていく中で、自分の身体を少し深く理解できるようになった気がします。

まだまだ疲労回復については奥が深く、最善の方法は見つかってないのですが。
(今はサロンパス貼って、キューピーコーワゴールド飲んで寝てます)



もしも、この実習中に実験と失敗を重ねて、ベストなケアを見つけることが出来れば、その姿勢は必ずこれからの人生でも活かせると信じています。


あと2ヶ月、愚直に、やり抜きます。