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就活を終え、その先へ。
気付き・学びなどをベースに書いています。
心豊かに。笑いあり涙ありの人生にしたいですね。

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最近、腹の底から笑ったかなぁ。
無意識なのか自ら他人に壁を作っている自分がいます。
どうにかして、もっと気軽にならないと。

もっと軽くなりたい。もっと自由に笑いたい。
何かがそれを邪魔してる。
なんだろう?分からない。

けど、まいいか。一旦休憩しよう。

休憩の定義なんか今は必要ないかも。頑張りすぎないうちに休憩をする、これはある種プロセスに組み込まれてると考えた方がいいのかもしれませんね。


実験実験ウィークもいいけど、たまにはドーナツにコーヒーでブレイクタイムも僕には必要です。
適宜休憩がヘタクソな僕。上手になれるといいな。



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もうすぐ冬休み~
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そんなもの卒業間近の学生にはないようです。。。実験実験。。。

さて大遅刻で始まった今日ですが、良いこともありました。

◎後輩に腹の底で思ってることを言えた。


実験装置や、自分の実験内容に対しての愚痴というか、「こんな精密じゃないのに、うまく出来る訳ないだろ」的なことを言うてたので、怒るわけでもなく自分の思ってることを言えた。

僕はそんなイチャモンつけるだけの人になってほしくない。その一つ上のレベルを目指してほしいこと。
一つ上のレベルとは、「操作者によって誤差の生じるような作業/装置を誰がやっても誤差なく同じ結果がでるような仕組みをつくること」だと僕は考えていて、その後輩ならそれが出来ると思っていること。

どこまで思いが伝わってるか分かりませんが、これからもグングン伸びていってほしいなぁ。




もう少ししたら一年を振り返るぞー!今年はどんな一年だったかなー?
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もう12月も中旬。しなくてはいけないことはたくさんあるのに、なぜかひとつも片付かない。そんな最近です。


1つ下の後輩とたまに就活の話をするのですが、ふと最近の自分を振り返ってみて、就活時の自分と今の自分の明らかな違いに気付きました。

就活時:自己啓発の本、ビジネス誌を読もうとする。「成功」という文字に目がない状態だった。

今:本を読むクセが抜けてしまった。徐々に読み出してる洋書などで英語の表現の仕方に面白さを感じたり。「成功」という言葉を追わなくなった。


自分では驚きでした。なんでだろ?何を意味してんだろ?

深い意味はないかもしれませんが、なんとなく「健全さ」を感じなくなったからかもしれません。
成功は与えられるものじゃない(=結局は自力だ)という考えが僕の中に根付いたのも大きな理由のひとつかもしれません。あと、それがゴールじゃないと考えたのも。とは言えまた追い求めるときがくるかもしれません。

そのときそのときで人にはキーワードがあるんですね、面白いな~




ついでに就活についてボソっと。。。

就活生って非常に立場の弱い顧客になる危険があるから気をつけないとね。
書店で立ち読みしてて、「あ!メモしたい!」っていう時、僕はケータイにメモしてます。今日はそれを読み返してて記事にしたいなと感じた内容について。

何かの本、またはどこかの記事の抜粋です。忘れたので出典を明らかに出来ません、すいません。

「リーマンショックから2年。来年は攻める年。所得を増やすために企業が売上と利益を上げる工夫をしないといけない。」

これを読んだとき、僕は「自分の人生、自分の生活」においてそのような意識を持ったことって実はないんじゃないかと感じたのです。

別に、来年1年間を攻めの年にしてもいいし、それが月間でもいいし、一週間でもいいし、月曜日を攻めの日にしてもいい。


なんかこういう考え、面白いな~


僕は早起きの習慣がなかなか付かず、「ああ一日を無駄にしたな」とか「今日僕は何をしたっけ?」と思うことが多々ありました。それがいわば毎日続けば自分で自分の首を絞めてるわけですから、おかしな話ですよね。
別に、攻めの日にこれまでの無駄分を補填しようとは考えていません。結局苦しめることになると思うので。


もちろん、攻めだけじゃなくて、「癒し」の期間があってもいいじゃない。他には、「ガッツリ食べる日」「運動ウィーク」「朝勉デー」とかどうですかw ほんとに気の向くままでいいんだけど、ちょっとしたこんなことで生活に彩りがでるような気がします。少なくとも僕にとっては。


何かをするための動機付けだけじゃなくて、「何もしなくても別にいいし~」くらいの心の余裕がある方がなんだか良いような気がします。なぜなら、最近英語学習をもっとしなければ、もっとしなければという術に現在僕がかかっているからです笑。これはキリがないですからね。継続することは十分すごいことなのに。


また、手帳や日記と違い、過去を振り返らない点も特徴のひとつかなーとも思います。僕は無駄に意味のない事まで考えすぎる傾向にあるので、もっと面白さをフォーカスし、自分の生活や自分の人生に取り入れていくことを意識してこれからも過ごしていきたいです。


さて、僕は明日は「一日実験デー」です。攻めの実験をしてきます!笑
クルマに対する今の考えや悩みなどをぶつけてみたいと思います。


僕の父親はクルマやバイクが大好きです、おかげさまで色んなメーカーの色んなクルマに乗れる機会が持てました。
僕はクルマは見るのは好きです、運転する機会が今はないから「見る」のは好き。乗ってたのは2年半ほどだけ。
そして、試乗経験なし。周りには詳しい人が多いから、当然焦りも感じます。友人誘って行ってみようと思ってました。


けど、この「試乗経験なし」っていうの、意外と大事だと思うわけです。
なんで試乗しないの?
なんでディーラーに行くのが億劫なの?
なにがネガティブなわけ?

こういうのを表出したい。他人から得る(いわゆるマーケティングっていうのかな)のよりも、当の本人の考えとしてストックしときたい。もう少し考えてみます。



ここから本題。乗り心地/走り心地という感覚についての疑問。

要は、これって見える化できないの?(分かりやすく、共有しやすくできないの?)っていうことです。

「実際に乗ってみる」ことが本人にとっては一番良いことは分かるけど、それをパンフレットを見た時点で想像できたら最高なのになと思うわけです。(詳しい人はできるのかもしれません)

クルマのサイトでいうと、機能・メカニズムやスペックという項目のことです。
そのデータ、そのページが僕にとっては役立つ情報になってないという感じです。

この解決策って何なのでしょうか。
または、理想は何なのでしょうか。

ユーザーが何度も足を運び、乗り比べ、経験を蓄積するしかないのでしょうか。僕にはこの、ユーザーに自力で勉強しなさいと言われてる感覚があって、これが試乗未経験と関係があるかもと考えたり。



ブレーキの感じ。ハンドルをきる感じ。加速の感じ。などなど。
僕は言葉足らずで何と表現すればいいのか分からないことがあります、もちろんクルマに限りません。これをどうにかしてサポートすることができれば、試乗経験も曖昧ではなく明瞭なものになるのかもしれません。

ジェットコースターに乗ったことがない人に感じを伝えるのに似てる気がする。
おにぎり食べたことがない人におにぎりの味を説明するのに似てる気がする。

やっぱり経験しないことには始まらないかw
ということは、インセンティブは何か(どうすれば経験のための行動を促せるのか)という問題になるのかな?

みなさんはどうですか。
詳しくない人、クルマに興味ない人、詳しい人など色んな人の考えを是非聞きたいのでコメント頂けると幸いです。