全然生きてる -12ページ目

全然生きてる

全然生きてます

人生で1度たりとも自分のことを有能な人間だと思ったことは無い。卑屈で、怠惰で、要領が悪い。このまま、野垂れ死にするべきなんだよ、私みたいな人間は。
誰も幸せにできない。無駄に酸素を吸って、ああ、もういいよ。頼むから「もうお前なんかこの世界には要らない」って言ってくれよ。私はもう自分自身に期待なんてしたくないんだ。自分に価値があるなんて自惚れたくないんだ。

ああ、自分に酔ってるんだ。そう言いたいんだろう。そうだ、みんなそう言う。そんなこと自分の頭で理解してても悲鳴はあがるんだよ。

死にたくない。生きたい。誰かのことを心の底から愛したい。私は、私は、孤独になる。なりたくない。皆に優しくしたい。大丈夫な私を大丈夫なままにしてよ。おかしいなんて言わないで。幸せじゃないか。何もかも揃っているんだ。私は、幸せで、でも、それを認められないんだ。私が欠けているから。私がおかしいのか、そう、何もかも最初からおかしかったんだ、私が自分自身をおかしくないのにおかしいと言うことも。いや、おかしいのにおかしくないと言ってることがか?狂ってるのは誰?私をあの日殺したのは誰?母さん?父さん?それともこの世界?ううん、違う。私自身が、私を殺したの。だって母さんは「お前は死ねない」って、お前には死ぬ勇気なんてないって言ってたもの。死ぬ勇気はないから私は私を殺したんだわ。なにか私おかしい事言ってる?

狂っている?私が?いいえ、狂ってないわ。狂っていると感じるならそれは貴方が狂っているから。そう、みんなそう言いたいの。自分が狂っていることを、認めたくないの。そのこと自体がおかしいのに。誰も私もあなたもみんな気が付かないで死んでいくの。そういうものなの。ああ、そう、そうなのよ。本当におかしいのは私でもあり、貴方でもあり、この世界そのものでもあり、おかしくないものなんて、どこにも存在しないのよ。

なのに、何でそれを信じないのかしら。そんなにおかしいことはいけないこと?みんながみんな気が狂っているのよ。ええ、私とあなたの差なんて殆どあってないようなものなの。タガが外れてネジが外れて踊っていることに気づいて楽しむのはいけないことかしら。ええ、そう、そうよね、いけないなんて決めるのは貴方でも私でも法でも神でもこの世界でもない。そう、それが正しいことなのよ。いいえ、ああ、正しいことなんて何一つないのに。なぜこんな言い方をしてしまうのかしら。結局みんな自分が正しいことを主張したい生き物だから?それとも私が愚者だから?そう、そうなのよ。本当に。

支離滅裂な叫び声をあげてはいけないの?なぜ?何がいけないの?誰のためにもならないから?現実と立ち向かわないから?でも、立ち向かう現実も見えていないとしたら?私は手首を切るしかないんじゃないかしら。

「諦めるな」「諦めろ」どっちも残酷な言葉だよ。あのね、どっちを選んだって後悔はするよ。痛みは伴うよ。それで、その責任は全部自分自身に向かうんだよ。だから他人に安易に言っちゃダメなんだよ。本当にね、その言葉は、重い言葉なんだよ。みんな自分勝手に使っちゃダメなんだよ。使い古された言葉はどんどん価値が失われていくんだよ。本当に大切な言葉は大切な時にしか使っちゃいけないんだよ。何で気が付かないの?それとも気がついて言ってるの?何で?何でそんなことするの。

夢とか希望とか絆とか、私、ずっと嫌いだったの。小、中学校の教室の黒板の上にクラス目標で貼ってあったの。ねぇ、それって意味がわからないよ。だって夢を抱いてない子や希望を見い出せない子の気持ちはどうなるの?絆なんて、なんで至極当然に使うの皆と結ばなきゃいけないものじゃないでしょ。そうやって、みんなおかしくなっていくんだよ。誰も言葉を大切に思わなくなるんだよ。

それで、君は言うんだ「そんな言葉信じる方がおかしい。」「そんなこと言った覚えない。」そうやって、言うんだよ。それで、いいんだよ。それがこの世界の「正しい」道で、きっと生きていく処世術なんだよ。生き辛くないりたくないでしょ?そう、そうなの。

いいえ、私が感受性が豊か…いや、生まれつき気が触れてるだけなのかもしれない。でも、誰もそんなこと教えてくれないわ。私がいくら気が狂っていると叫んでも、ソレは思春期に陥りやすいものとされて、聞いてもくれないの。ええ、みんな都合が悪いことには目を瞑る。臭いものには蓋をする。そういうことよ。

いいえ、私がおかしいんだわ。思春期にこの気の触れようはよくあることなんだわ。そう、そう言うふうに私はできてるし、自覚していることを望まれているの。ね?おかしいでしょ。そう、おかしいのよ。いいえ、おかしくない。正しいとは?間違ってるとは?何が白で何が黒?もしかして最初から灰色?赤も青も黄色も緑も紫もなかったんだわ。ええ、そうなかったのよ。これは大!発!見!

曖昧を曖昧のままにして曖昧に呑まれ私は"曖昧に殺される"何ておぞましくて憎たらしいのかしら!私は私は、そういう生き物。そういうもの。切り捨てる。期待も何もしない。だってそういうものだから、ね?


死んだ魚のような目をしながら一人自由ヶ丘を歩くJK。こんにちは、私です。
前の記事で時事ネタに触れたからなのか微妙に見てくれる人間が増えた気がしなくもないけどこのブログは130パーセントの脱力感で躁鬱が激しい話を書くやつだから。よろしこ。ドドスコスコスコ。

あ〜〜〜無理…何で、何で生きてるんだ私(??)
生きなくて良くない???私の臓器をもっと生きる価値がある人間に提供すべきでしょ…。は?勿体なくない???なんで五体満足で生まれてきたのにこんなに生きるの下手なんだよ。人間向いてねぇんだわ!!は?絶対私前世悪行の限り尽くしたでしょ…。ざんねんでした!今世も地獄!いや、幸せを感じる感覚が麻痺してるんだわ。生き辛いなぁ…。
自分で自分の首を絞めている!!!!
笑うしかないんだよなぁ。


どんなにその言葉に縛られようが苦しめられようが言った本人は開き直るんです。「お前がおかしい」って。そうなると段々誰がおかしくて誰が間違っていて何が正しいのか分からなくなるんです。だからといって、私の気が狂ってると言っても信用してもらえない。「思春期によくあることだ。」って、結局みんな自分が大切なんです。私がどうなろうがどうでもいいんだと逃げ出しても追いかけてくる。「非情な人間」にみせたくないからだ。

ああもう、私が私を救うには死ぬしかないじゃないか。結局のところ「こんなに叫んでも死ぬしかないのか」と思う自分に嫌気がさして、どうしようもねぇな。

1回眠ったら情緒も落ち着いてこれ以上書いても仕方が無いことに気がついたから今回は終わり。

電車で登校中に書いてたから泣きそうになって大変だった。あと、本来このブログの内容はこっちだから。小学生の時からずっと「しんど、無理…」みたいな事書いてるからね。仕方ないね。









時事ネタについて触れるのは叩かれるのが面倒だからやる気にならなかったんだけど少しだけ。

今ニュースではアメリカンフットボールの試合中にコーチか監督に圧力をかけられて大学生が相手チームの選手にけがを負わせた…みたいな話がほとんどですね。
それで、テレビやSNSで多くの人がその事について選手が可哀想とか、監督やコーチが酷いとか、1人で会見を開いた選手は偉いとか言ってますよね。

ああ、その事についてはどうでもいいっていうか、正直このニュースそのものはもう、うんざりするくらい聴いていて、なんかどうでもいいっていうか。ね、はい。

ああ、別に私はことの真偽や善悪について話したいんじゃなくて、でもニュースや世論が皆、選手側の立場に立って話をしているとは思ったって言うか。それと、やっぱり皆、冷静じゃない気がするというか、そもそもそんなに熱くなる程のニュースなのか?(ああ、こういうこと言うと血も涙もない人間扱いされるのか?)

まあ、私は始めっから人生逃げてきた奴だからそういう力関係を体感してないから熱くなれないって言われたらそこまでだと思うんだけど。やっぱり何か今回は空気感が異常だなぁと思ったよ。

ああ、言い忘れてたけど以下の文章は別に特定の誰かを庇ってる訳じゃないから、そう思うやつは今目の前にある画面割れば?私の文章読まなくてすむだろうしいいじゃん。まあ、責任は負いませんけど。

で、私が初めニュースを聞いた時に感じたのは
「ああ何ともテレビ映えするニュースだなぁ」って。こういう話ってやっぱり使い古されたよくある話でしょ?散々噛まれて味のしなくなったガムみたいな話だと思うのよ。

それで、世間はこういうニュースを求めていて「悪い大人と弱い青年の対比」にメディアも世間も盛り上がって「権力のある人間が行った立場の弱い人間に対する切り捨てを誰もが糾弾したくて、そうやって悪者を叩きたくて。

だから本当に彼のことを心配している人間はどれくらいいるのかって、要するに手段と目的のすり替えをやってる奴が殆どじゃないかって思ったわけです。

自分が経験した辛いこと、不条理を主張したいがために、今回の事件を持ち上げて叫びたいだけじゃないか…なんてね。

だから、結局どいつもこいつも馬鹿騒ぎをしたいだけな印象を受けたわけですよ。

まあ、好きなだけ騒げばいいんじゃないですかね、ああ、もう本当にどうでもいいんです。私は思ったことをメモがてら書いてただけなんで。

というか、まあ私も勢いのまま書いているから自分を冷静に見れてないから…いや、自分が冷静じゃないことを理解しているだけまだ救いようがあるって私は思い込んでるので放っておいて。

まあいいや、私はこのブログが炎上しないことを願うって感じ(まあ、そもそも誰も見てないだろうから杞憂だと思うんだけどさ)じゃあ、おやすみ。

忘れてしまうかもしれないから今書き残しておこうと思う。

以前話したかも知れないが数ヶ月前から母がブログを始めた。母曰くどうやら閲覧数もよく、職業が教師からコメントも来たらしい。
母親に「お前それで国語できるなんてよく言えるな」と言われたことを思い出した。
学校で3番の国語のテストを破って捨てた。
母はこうも言った「どうして自尊心がないんだろうね、あんなにも大切に育てたのに。」
私はその言葉を聞いた瞬間自室で嗚咽を漏らしながら泣いた。

ああ、どんな人間でも結局は成果が全てなのだ。必要とされていることが全てなのだ。
そんなことを考えていたら自分が酷く惨めに思えて泣きそうになった。

私は終点で降りてイヤホンを買い換えに行こうと思った時ふと、ドーナツを買って帰ろうと思った。ドーナツ。まん丸で美味しいやつ。そうだ、イヤホンよりも、ドーナツにしよう。ドーナツは、丸くて穴が空いてるからいい。よし、そうしよう。
父方の祖母のことは何となく苦手だった。
幼い頃から母は父方の祖母(姑)の事が嫌いで何かと私に言ってきたし、会うと理不尽に怒ってきた。それに私はああいうタイプのお年寄りが怖いのである。(この怖いというのは本当に悪気がなく心を土足で上がってくるところである。)実は母方の祖母も土足で踏み荒らすタイプであるが彼女の場合は性格が割と強いのでこちらもハッキリ嫌だと言えるのだが、父方の祖母は本当に典型的な優しいおばあちゃんである。良心が痛むので気をつかって会話を進めなければいけなく、そこに神経を使わなければいけないので苦手なのである。


そんな中、先日父方の祖母が倒れた。私の地元の施設に入っていたため父親には肉親なのだからお見舞いに行けと言われたのだが、私としては行きたくない。というのも以前母方の祖母が倒れた時、私は忙しく埼玉まで会いにいく事が出来なかったのだ。そんな中、私が父方の祖母のお見舞いに行ったことが母親の耳に入ってしまったならば数ヶ月間はこのことで嫌味を言われるに違いない。

こんなことを考えなければいけないなんて面倒だ。世の女子高生は皆こんなことを考えているのだろうか。だとしたら私は人間に向いていないとしか考えられない。

ああ、なぜ私はあの時あのナイフを持った少年に刺されなかったのだろうか。死にたくなるといつも彼の存在を思い返す。

簡単に諦めるな。今に絶望するな。
ふと、化学の先生が辞める際に残した言葉を思い出した。明けない夜はない。晴れない空はない。確か、そんならしくない(少なくとも私が彼の授業を受けていてそんな言葉を発するような人だとは思わなかったという意である)言葉も言っていた気がする。

ああ、私は良い生徒でもなかった。成績もそうだが性格もそうだった。いつも私は「何も無い」を見ていた。私がもしあの年が彼の教師生活の最後の年だと知っていたならもっと良い生徒を演じることだって出来たのかもしれない。

そうだ、ああ、いつだって私はそうなのだ。誰の為にも動けない。誰よりも自分勝手な人間なのだ。誰のことも許すことが出来ず、誰にも許されることなどないのだ。

お前はいつだってそうだ。自分のせいにしているように見せて、全部他人のせいにする卑怯者なのだ。

伸ばされた手を振り払ったのは誰だ?
変われるチャンスを踏みにじったのは誰だ?
そうだよ、他の誰でもないお前自身いや、私自身なんだよ。

ああもう終わりにしてくれ。
過ぎ去ってしまえば何もかも些細なことになるのかもしれないが私はもう疲れたのだ。

今の私や過去の私を未来の私の為に蔑ろにするのはもう疲れたのだ。

お願いだから眠らせてほしい。