文章を書きたい。誰かの心を動かしたい。拙いものでも、私は、私は生きていたい。才能がない。努力が足りない。脳みそも足りない。でもね、私には馬鹿の一つ覚えみたいに文章を書くことしか出来ない。
こうやって、書いても書いても誰かの目に止まることはなく、報われなく意味もないことなのかもしれない。だとしたら、だとしたら生産性のないこと全てに意味は無いのかしら。
褒められたい。報われたい。救われたい。許されたい。私は、きっとある種、執念に似たものに突き動かされて言葉を書き出している。
ああ、もうその何もかもが嫌なのです。
私は自分の正しさを主張する人間がどうも嫌いで耐えられなくて今までずっと自分自身は間違っていると言ってここまで生きてきたのに。結局は私が1番自分の正しさを示したかったなんて、そんなのあまりにも滑稽じゃないですか。
偽りの言葉だって山ほど吐いてきたのです。時には自分自身さえも騙すような。いいえ、これは陳腐で在り来りな表現でしょう。でも、本当にそうなのです。
赤の他人の言葉に惑う人が居れば『それらしい』理由を並べ尻を叩くし、苦しいと呻く人がいれば『それらしい』言葉をかけて抱きしめます。
けれどそれはあくまでも『私の言葉』ではなくて、『何かの模倣』に過ぎないのです。ええ、それは相手にとっては何一つ問題のないことなのでしょう。『それらしい』言葉は『相手のため』の言葉でもあり、恐らく『答えに近い』もののはずですから。間違いではないのです。
次第に私は何がなんなのか分からなくなってきました。私の言葉は『嘘』ではないのです。それは、私の思考の一部であることには変わりないのだから、それに私は心に露ほど思っていないことはよほど危機的状況に陥らない限り言わないのです。
ええ、悪意のある嘘は言わないけれど、悪意のある真実は言います。私はそういう風になってしまいましたから。
だから、いつまでたっても根も葉もない悪意の塊のような噂話を理解できないのかもしれませんね。いいえ、それを言っている人を否定するつもりは毛頭ないけれど、ただ、どうにも理解は出来ない、それだけなのです。
さて、いつもこうやって書いていると何を書きたくて筆を執ったのか忘れてしまいますね。
私はなぜ文章を書いているのかしら、ああそうね、誰かの言葉を借りるとするならば きっと、『そうせずにはいられないから』なのね。
書いていたら心が落ち着いてきた。脳みそはぐちゃぐちゃだけれど、今とは真逆の状態だったさっきよりは大分ましな気もしてきた。
こんなのだからダメなのよね。どっちもぐちゃぐちゃにならないから狂人にはなりきれないし、どっちも落ち着かないから常人にもなりきれない。難儀なものね、生きるというのは。
こんな終わり方なんてどうかしら。
支離滅裂な割には頑張った方という評価をしてもいい?
小学生の時、私は精神科医になりたかった。いや、心理カウンセラーだったかもしれない。兎に角、私は『誰か』を救いたかった。
私が『私』を救いたかったんだと気づいたのは中学生の時。
そして、そんな私には心理士になれないと気づいたのは高校に入ってからだ。
私は何をやっても不器用だった。傘を差すことや歩くこと、呼吸をすることさえ上手にできない時があった。でも、上手に生きられないからこそ、わかることがあると思っていた。
それはエゴだ。
誰かが私にそう言ったのか、それとも私が薄々勘づいたのかは分からない。ただ、一つ言えることは私はそんな自分自身が許せなかった。
ありがちな話でしょ、反吐が出るくらい。
私は神様になりたかったのよ。結構本気で。
私自身が犠牲になろうともみんなに手を差し伸べたかった。本当に、ただそれだけだった。それは至極当然のことだと思っていたし、他の人間もそういうものだと思っていた。
そうじゃなきゃこの世には善人しかいないなんて本気で思わないでしょ?
そう、幼稚園に入っていた時、私はこの世には善人しか存在しないと思っていた。だから、私に意地悪をする子は心底理解ができなかった。私が悪いことをしない限り、意地悪をされる筋合いはないと思っていたからだ。
死とは何かと問われれば、私は「『救い』の1種である」と答えると思う。
死にたいと思うかどうかは別の話として
時々、死とは許されることなのかもしれない。そう、思うことがある。根拠はない。ただ、感覚的にそう思うのだ。
いつか私が、生に対する執着より、許されたいという欲求が上回ったら、もしかしたら死ぬんじゃないのかとも実は少し思っている。
他人も自分も許せない私にとって最後の拠り所でもあるのだ。『死』というものは。
ああ、薄暗い話をしてしまったね。もしこれで、私が事故か自殺かわからない死に方をしたなら自殺だと断定されるのだろうか。
私は、私がいないだけで、世界は何も変わらずまわっている。そんなところが見てみたい。それを見れば、おそらく私は自惚れなど捨ててまっさらで死ねるだろう。
ああ、これも希望的観測にすぎないのだろうか。では、私は生に執着して足掻いてくれるのだろうか。まあいい、そんなことは全て終わってから考えても遅くないだろう?
あざけって笑いものにすること。
「お前には何も無い。勉強するしかないんだよ。」
「私ならもっといいものを書ける」
痛い、痛い、痛い、いつだって、私を内側から壊すのは母親の声だ。ああ、私は本当に作家にもエッセイストにもなるつもりなんかなかった。ただ、こうやって文章を書くことは、呼吸だった。優劣をつけるものではなかった。
大切なのは、素直であることだと思っていた。読みにくかろうが、嘘があろうがその文章が素直であれば、それは価値のあるものだと、今でも思っている。
ぼんやりと、考え事をしていた。
私は文章を書くのが好きだ。なんで好きかなんて分からないけれど、物心ついた時から私は私の気持ちをこうやって文章にするのが好きだった。それでしか、私の気持ちは吐き出せなかった。
小学生低学年の時、筆箱の裏に私に意地悪をしてきたクラスメイトの悪口を書いていた。(結局それは当人達にバレて、先生の耳には届かなかったものの、結局どうなったんだっけ…?)
高学年になると私は教室で狂ったようにノートに自分の気持ちを書き殴っていた、クラスメイトの男子にノートの無駄だからやめろと言われた。そう。深夜、嗚咽を漏らしながら書いた卒業文集にのる作文は母が心底褒めてくれた。
記憶を遡る。
だが、高校に入ってからは、以前に比べて思うように書けなくなった。人の目を気にしすぎるようになった。暗くなく、鬱屈としてなく、私自身がバレないような、そんな風に書かなきゃいけなかった。いや、そう思っていた。
何故なら他人は意図も簡単に人を傷つけ壊し、平然とした顔をするからだ。私は、心底理解ができなかった。
今ならなぜ理解できないのかわかるんだ。私は私しか、いや、私自身さえも見えていないんだ。
ともかく、私にとって他人は私を食い潰すものにしか見えなかった。(ああ、この話は前もしたかもしれない。「皆が怪物に見える、しかしそう見えてる私自身は皆から怪物に見えるのだろう」という話だ。)
高校の国語の先生は私の文章をとても沢山添削した。(私が返ってきた文章を見て顔面蒼白するくらいには。)でも、恐らく私の文章を嫌いっていた訳では無い、と思う。構成はボロボロだが私の考え方は褒めてくれた(気がする)からだ。
研修旅行で台湾から帰ってきた翌々日、塾の合宿で私は赤の他人しかいない環境で三日間もホテルに閉じこめられていた。(胃に穴が空かなかったことは褒めて欲しい)期待していた国語の授業は心底退屈なもので、1度意識を失った時、背後から女の講師にチョップを入れられた。
そんなこんなで最終日が訪れ。私は心身ともに限界を超えていた。これ以上こんなところにいたら発狂してしまう。
そして、HRのようなものの後に私含め生徒達は一枚の紙を渡された。「合宿の感想を表1面と、裏面半分まで書け」そう言った担任の塾講師の声が頭の中で反響した。ああ、もう嫌だ。
そこからは書くように指示された両親への感謝の言葉を1行で収め、「感想文の文章量の指定が如何にナンセンスなのか」と怒りに任せた何かを書いた。回収後、後方の席で感想文を読む担任と国語の講師の笑い声が聞こえたが、読んでいた感想文は私の感想文ではないと信じたい。
その後、新しくやってきた塾長に感想文を笑いながら褒められ(おそらく馬鹿にされている)「エッセイストになるといい」と言われたのは恐らく一生忘れないだろう。
ああ、いつもこうだ。私は自分の文章に酔ってしまう。書いていて楽しくて仕方がないのだ。
流石に今日は色々と喋りすぎた。そろそろ眠ることにしよう。
こんにちは。私です。深夜テンションで描いた私の愛するペットの地球外生命体「テバサキ」がLINEスタンプの申請に通ってしまいました。
いや、正直(全然来ないけど)LINE返すの面倒じゃん。私がよく使う(語彙力が死んだ)言葉をLINEスタンプにしたら文字入力しなくていいし最高!私が考えた最強のスタンプ!みたいな、ね。空っぽな脳みそが深夜テンションにより小学生的発想に閃いてしまったんですね。
ということでテバサキの設定話していい?
・「テバサキ」は25世紀の金星からやってきた鶏に見えなくもない生命体。
・大きさは中型犬くらい。重さは10kg
・「テバサキ」はあくまでも愛称。学術名は別にある
・鳴き声は「クェア」「クウォック」の2種類。
・テレパシー的なもので話しかけてくる。
・好きなものは手羽先。嫌いなものは卵(卵自体もそうだし、卵料理とかも嫌い。)
今のところはこんな感じ。まあどんなに大層な設定を決めても所詮は謎の生物ってことで
あ、宣伝していい?だめ?でも私鬱じゃない時は割と行動力あるってことと、申請が通ったことが嘘じゃないって示したいし、あと、「テバサキ」がどんな見た目してるのか気になってたりしてない?
してるか!よし!してるね!おっけーそれじゃあお披露目ですよ!!!
これ!私が!つくった!スタンプ!画力は死んでる!!! (LINEスタンプの販売ページに飛ぶよ!よろしくね!)
ひえぇぇ最初に話した通り私が割と使うけどスタンプではあんまり見ない気がするやつをね、作ったんですよ!こんにちは!(?)買わなくていいから見て!!!それじゃあ、おやすみ!!!
夏休みスタート!![]()
あなたの夏休みの予定教えて!![]()
みなさ〜んこ〜んに〜ちは〜!!!
こんなクソブログを見てるってことは相当暇を持て余してると思うので現役JK(これが言いたいだけ)の夏休みの予定について話しちゃうよ〜〜^_-☆
はい、カットです。
えー私の通ってる高校は来週から夏休みです。それで、夏休みの予定は無い。というか国立図書館に行くとかプールに行くとか夏祭り行くとか予定自体はあるにはあるけどスケジュールを立てていない。立てる気が起きない。
そんなんで大丈夫なのかって?大丈夫なわけないでしょ(色んな意味で)高三でろくに勉強もして来なかった有様がこれさ。ニートになったら真っ先に報告してやるから楽しみにしててくれよな!
なんの話だっけ、そういえば塾辞めた話はしたっけ?一体全体何百回塾辞めるんだって思ったでしょ?奇遇だね、私もそう思ってた。春の合宿の時点でもう嫌気がさしていたというか、人間と会うのが限界なんだわ(???)
電車、駅、学校、のルーティーンだけでもギリギリだったのが塾入って精神も脳みそも回るはずがなくて、逃げて逃げて逃げて人生の敗北者です。ようこそ、お帰りください。
あー抱きしめ屋でもやりてぇなぁ。
いや、情緒安定してる時って結構私母性と慈愛に満ちてるから疲れきってるスーツ服の人とかOLさんとか抱きしめてあげたくなるんだよね(???)いや、「あなた達のおかげて社会は回ってるから本当にありがとう生きて。」みたいな。
えっ思わん???
まあ、そういうことは私のようなデブスが言っては行けないことですね自重自重。
てか、我ながら思うんだけど卑屈なデブって終わりじゃない???どっちかにしろよ。
最初の話題から離れてるうえに、支離滅裂過ぎん??思考がポンポン飛ぶんだわ。じゃあまたね。
