私はただ『痛み』だけを伝えたいのです。
何処がどういう風に痛むかのを伝えたいのです。同情してもらいたいわけでも、解決策を求めている訳でもないのです。私は、その痛みが此処にあることを言いたいだけなのです。
先生、私は自分自身のことを先生に伝える上でこれだけは絶対に話しておくべきな気がするのです。
私は以前からどうにも『心を治す』という言葉が引っかかっていました。どうにも私が抱く心理療法というのは『心を矯正する』というイメージが強いからです。
この世界で生きていきやすいようにするため、というのは言い換えれば社会に適応するためです。
最初から生き辛い人間をこの社会に適応させるために心を矯正する。どうにもそんな気がしてならないのです。
私は別に心理療法というものに対して批判的な訳はないです。それは精神科医やカウンセラーというものが存在しているのは実際社会に必要な職業だから。つまり心が壊れている人間が一定数居て、それは『最初から壊れないようにする』ことが難しいからだとも思うんです。
だって、友達と仲良くする方法は教えても、心を壊さない方法は教えてくれないから。
「自分を大切にしなさい」「自殺はやめなさい」なんて当たり前のことじゃないですか。みんな、自分を大切にしたいし、自殺しなくていいならしないじゃないですか。
大切なのは、そこじゃないと思うんです。
私は、ずっと痛覚遮断してしまえばいいと思っていました。いいえ、今でも少し思っているんです。
痛みを痛みと思わなければ、苦しみを苦しみとも思わなければ笑顔で死ねるのです。私は、私は、一生のうち心の底から憎むのは私自身だけで十分なのです。先生、先生は分かりますか。
自己嫌悪することは許されませんでした。
ええ、自己嫌悪さえ笑い飛ばすように教育されてきたのです。教育した当人達はきっとその事さえ気づいていないのでしょうが、苦しみや痛みは他者に話してはいけないのです。助けを求めては、救いを求めては、許しを求めてはいけないのです。
理由なんてありません。そういうものだからです。先生、私は正気です。いいえ、正気じゃない人間は皆、自分は正気だと言うのでしょうか。私はもう何もわからないのです。
例えば私が正気じゃなかったとして、私はそれさえ許せないのです。私がここで正気じゃないの思われれば、今までの私は、殺した私はどうなるのでしょうか。無為に死んでいったというのでしょうか。私は、私はそれには耐えられないのです。
あの時殺した、殺さざるを負えなかった。いいえ、こんな言い方をすればきっと先生は私を「他者に責任を押し付ける人間」と判断するでしょう。「私は悪くない」と言いたいだけだと思うでしょう。
でも私はあの時、私を殺すしか私を生かす方法がなかったのです。
大切なものを壊したことはありますか?
今まで大切にしていた思いを踏みにじらなければいけないことは?ええ、きっとあるのでしょう。大人は皆そういう経験をしているものなのです。頭ではわかっているのです。ただ、私はどうしてもあの夜ノートを燃やしたことを忘れられないのです。
あの時、私は死にました。私が殺したのです。ええ、ビリビリに引き裂いて燃やしたのです。当時の私はそうすることでしか居場所を守れなかったのです。守る価値も無かったのに気がついたのは全てが終わってからなのです。
先生、私は自己陶酔してるだけなのでしょうか。しかし、あの夜のことを思い出すと私は自分の母親のことを殺してしまいたくなるのです。
先生、誰も自分の言葉の責任なんて取らないんです。先生、分かりますか。言葉は時として命より重いものなのです。先生、私の心は壊れているのですか。壊れたものは治りますか。治す価値はあるのですか。それは治すふりをして、ただ社会に適応させるための矯正をしてるだけではないのですか。死んだ私はどうなるのですか、蔑ろになった私はどうなるのですか。先生、誰も責任は負いません。最後に引き金を引いたのは私だからです。
先生、人を憎んではいけないんです。私のこの話も笑い話にしなければいけないんです。先生、笑ってください。私は笑われるくらいしか価値がないんです。この十何年生きていてやっと気がついたのです。プライドが高いなんて言われて気がついたんです。先生、私はもう私をどうしたらいいのか分からないんです。
先生、私は正気です。正気でなければ生きていけません。先生、私は正気です。普通です。ノーマルです。誰も私を正気じゃないなんて言えないんです。私からしてみれば平然とした顔で生きている先生達の方が正気じゃないんです。
物差しは誰が持っているのですか。
誰が正気じゃないって定義したんですか。
私の物差しは目が狂っているのですか。
この物差しは折るしかないのですか。
先生、先生は分かりますか。
分からないですか。分からないものを分からないままにしておくのはそんなに悪いことですか。目を瞑るのは、首を絞めるのは、そんなに悪いことですか。結局のところ私は私が死んでも仕方ない気がするのです。
先生、皆「自分のせいじゃない」と言います。先生がどう思うかは知りませんが私は少なくともこの言葉が世界で一番嫌いな言葉であり、自分勝手な言い草だと思います。先生、誰も「君のせいではない」と言ってくれないのです。先生、痛みはそこから生まれます。
私は他人が人を憎もうが嫌おうが特に何も思わないのです。ええ、恐らくそれは先生も同じじゃないのですか。私がいくら他人を憎もうが嫌おうが先生にとっては大した問題じゃないからです。ね、先生、私は正気なんです。
いい人になりたい訳では無いんです。でも、私はどうしても自分が他人を憎むことが許せない。いいえ、許されないのです。何故でしょうか。何故なんでしょうか。愛が足りなかったのでしょうか、それとも愛が足りすぎてたからでしょうか。
先生、痛みはそこにあります。
そこにあるんです。目を瞑ればいいだけなのに私はどうにもそれを無意味に眺めてしまうのです。先生、先生が私を助けてくれるなんてこれっぽっちも思っていません。だから安心してください。全て私の独り言です。でも、誰かに独り言を聞いてほしい時があるのです。
だから先生が先生自身の為に私へ言いたいことがあるのなら聞きたくないのです。私の周りは、皆そうなのです。ええ、私自身も含めて。
先生、この手紙はビリビリに破いて燃やしてください。いいえ、本当はそんなことしなくて結構です。私は先生にただ一言「あの紙は燃やしたよ。」と言ってほしいだけなのです。