「この目で見た向山実践のウラ技/師尾喜代子」
再読した。
この本を読んでいると、
プロの教師はいかに無理なくムダなくスピーディーに仕事をすすめるかという事
プロの教師はどのような哲学を持って教育にあたっているかという事
が分かる。
自分の経験では、このような経験はない。
だからこうやって本を読む事で、擬似的にでも、このようなことを見聞きしたという経験ができるのは大変ありがたい。
例えば、運動会でチーム分けをするとき、学年で指導をするとき、
同学年の先生が指導をしているのだが、子どもに空白ができて砂遊びを始める。しゃべりだす。暑いからだらけだす。それを怒鳴って、力で指導する。
そんな経験はやまほどある。
しかし、この本に登場する向山先生は、驚く程スムーズに自然にムリなく進めている。
自分もこのような腕を持った教師になりたい。
◇
P14
45分の授業で、徒競走のチームづくり、騎馬戦のチームづくり、「阿波踊り」のテスト、と三種類やってしまったのだから「芸術」としか言いようがない。むろん時間オーバーはしないのである。
◇
このような教師に自分もなりたい。
このようなことができる教師ならば、当然普段の学級経営でも、授業でも、無理なく無駄なく、子どもの学習活動を進めていけるだろう。
では、どうすればこのような腕を持つ事ができるのか?
まずは、自分の頭であれこれ考えることだろう。
自分だったらこう動かす。という案を立てる。
そして、実際に自分でさせてもらう。
学年での指導だったら、自分から立候補して子どもを動かしてみる。
当然、うまくいかないはずだ。そこを謙虚に反省して、ではどうすればよかったのかを考える。
この繰り返しで自分の腕を磨いていくしかないだろう。
他にもこの本には教師としての仕事の仕方が色々とのっている。
放課後に時間をたっぷりとってやる。遅くまで残る。
そうではなく、20分休みなどにパッとやってしまう。しかも質は高い。
このような仕事師になりたい。
そうすれば、放課後は自分の時間として使うことができるのだ。
時間を大切に使う。短時間で集中してやってしまう。
そのために、スピードをあげてやる。
これを意識してまた明日から教師修業をやっていく。
再読した。
この本を読んでいると、
プロの教師はいかに無理なくムダなくスピーディーに仕事をすすめるかという事
プロの教師はどのような哲学を持って教育にあたっているかという事
が分かる。
自分の経験では、このような経験はない。
だからこうやって本を読む事で、擬似的にでも、このようなことを見聞きしたという経験ができるのは大変ありがたい。
例えば、運動会でチーム分けをするとき、学年で指導をするとき、
同学年の先生が指導をしているのだが、子どもに空白ができて砂遊びを始める。しゃべりだす。暑いからだらけだす。それを怒鳴って、力で指導する。
そんな経験はやまほどある。
しかし、この本に登場する向山先生は、驚く程スムーズに自然にムリなく進めている。
自分もこのような腕を持った教師になりたい。
◇
P14
45分の授業で、徒競走のチームづくり、騎馬戦のチームづくり、「阿波踊り」のテスト、と三種類やってしまったのだから「芸術」としか言いようがない。むろん時間オーバーはしないのである。
◇
このような教師に自分もなりたい。
このようなことができる教師ならば、当然普段の学級経営でも、授業でも、無理なく無駄なく、子どもの学習活動を進めていけるだろう。
では、どうすればこのような腕を持つ事ができるのか?
まずは、自分の頭であれこれ考えることだろう。
自分だったらこう動かす。という案を立てる。
そして、実際に自分でさせてもらう。
学年での指導だったら、自分から立候補して子どもを動かしてみる。
当然、うまくいかないはずだ。そこを謙虚に反省して、ではどうすればよかったのかを考える。
この繰り返しで自分の腕を磨いていくしかないだろう。
他にもこの本には教師としての仕事の仕方が色々とのっている。
放課後に時間をたっぷりとってやる。遅くまで残る。
そうではなく、20分休みなどにパッとやってしまう。しかも質は高い。
このような仕事師になりたい。
そうすれば、放課後は自分の時間として使うことができるのだ。
時間を大切に使う。短時間で集中してやってしまう。
そのために、スピードをあげてやる。
これを意識してまた明日から教師修業をやっていく。