街場のメディア論  その②

教育について書かれている部分も面白かった。
ちなみに、「街場の教育論」も良書。

このメディア論を読んでいてもう一度読み返したくなった。


市場原理こそが教育崩壊の主因である。

市場原理を教育の場に持ち込んではいけない。



この主張には大賛成である。

教育っていのは奥が深い。

できるだけラクをして、高い効果を得る
方法だけを教えるのが教育ではない。

努力の大切さを教え、
人のために動くことの大切さを伝え、
思いやりや道徳心をはぐくむこともしていくのが教育である。

こんな自分にそのようなだいそれたことができるのか?

まあ、せっかく教師になったのだから、なった以上は覚悟を決めて、
子どもにとってより価値ある教師
となれるよう最大限に努力したい。

どういう努力をすればいいのか?

良書を繰り返し読む。
学んだことを自分で実践する。
勉強会に参加して学ぶ。
たくさんの人と出会う。

方法はいろいろある。
これがベストだというのはない。

その時々で自分の頭で考え、大切だと思うことをやっていくほかにはない。

また、電子書籍についての論も面白かった。

現在、私は毎朝電子書籍で読書している。

青空文庫からダウンロードした「門/夏目漱石」とIBOOKSからダウンロードした「進化論/ダーウィン」である。

この2冊を毎朝少しずつ読んでいっている。

なかなか面白い。そしてためになる。
このような本が無料でたくさんダウンロードできる。一生かかっても全部は読めないのではというくらいたくさんある。
ただ、内田氏はいう。


電子書籍は書棚に配架することができない。


書棚にならべることこそが重要だと主張されている。なぜか?



書棚は僕たちの「あらまほしき知的・美的生活」を図像的に表象するものたりうるわけです。
書棚は僕たちの「理想我」である。


なるほど、そういう考え方もある。

書棚を見るとその人が分かるという。
自分の本棚はどうか?

自己啓発本が多い。
次は教育書。

まだ読んでいない本は床に積まれている。

最近は一般書、科学書、数学書も買うようになってきた。が、一時期は啓発本ばかりだった。

もちろんそれもいいのだが、やはり、書棚がそれ一色だと気持ち悪い。
成長がない。

いろいろな分野の本が並んでいてほしい。
様々な分野の良書が書棚に並んでいるほうがかっこいい。
人間として奥が深い気がする。


そう考えてみると、
書棚は僕たちの「理想我」
というのはまさにぴったりの言葉だ。

自分の書棚も少しずつ「理想」に近づけるようにしていきたい。

















































街場のメディア論/内田樹 読了。

とってもよかったのでノートに重要な部分を書き写した。


情報を評価するときに最優先の基準は、「その情報を得ることによって、世界の成り立ちについての理解が深まるかどうか」ということです。


なるほど!!
単純明快で分かりやすい。

新聞やラジオ、書籍などで情報をえるとき、
「世界の成り立ちについての理解が深まるか」を基準におくというのはとっても納得だ。

書籍では「理解が深まる」ことが多い。もちろん本にもよるが。

だから教師修業の一環として、たくさん本を読み、良質な情報を獲得する必要があるのだ。

そして、子どもたちに、
「世界の成り立ちについての理解が深まる」ように授業をしていくのが、教師の仕事なのだ。


自分が市民的に享受している利益は「当然の権利」であり、それについては少しも「負債感」を持っていない。しかし、自分の私益が侵害された場合にはうるさく言い立てる。


これがクレイマーの実態だというのだ。
学校現場におけるモンスターペアレントも同じだ。

やってもらっていることは当然のことであり、
自分の気に入らないことは「問題だ!!」と言い立てる。

今までの8年間の経験でも、度々あった。

「それはちょっとなぁ」ということや「言ったもん勝ちか!!!」というような話があった。

でも、本書を読んでいて、

「でも、自分もこういうところがないか。反省すべき点がいくつかあるんじゃないか!!」
と思った。

やってもらっていることを当然と思ってないか?
自分の私益だけうるさく言い立ててないか?

アル。これは常に自問自答して反省しなければいけない。

そして、本書を読んで、この部分だけでこの本を読む価値があったという一節がある。


「なぜ自分は判断を誤ったのか」を簡潔かつロジカルに言える知性がもっとも良質な知性だと僕は思います。



最高にかっこいい一文だ。

判断を誤ることは多々ある。
これからもあるだろうし、今までもたくさんあった。
失敗ばかりしている。

それは生きているかぎりしょうがない。
未熟な自分が何もかもできるわけがない。

ではどうするか?

その誤りを簡潔かつロジカルに言える

ようにすればいいのだ。

それこそがもっとも良質な知性なのだ。


こう考えれば、とっても励まされる。


私は間違っていました。スイマセン。
なぜなら~~~

というように言えればいいのだ。

潔く非を認め、改善していけばいいのだ。


この一冊、もうすぐで書写しが終わる。
繰り返し読み返したい一冊だ。

















































夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです/村上春樹 読了。

リビングの机上において、ぼちぼち読み進めていた。

村上春樹のインタビュー集。

特に「これは!!」という真新しい情報はなかったが、それでも面白かった。

氏の小説はほとんどすべて読み、何回も読み直している。

村上春樹の小説は深みがあり、読みやすく、面白く、ためになり、自分の生き方について考えさせられる。

だから何度も読みたくなる。

人生の基本的運営方針は
自分のやりたいことを自分のやりたいようにやること

という氏の言葉(どこかで読んで記憶に残っている)が自分の座右の銘。

なかなかそうはいかないが、それでも自分に与えられた条件の中で、そのように生きていきたい。


印象に残ったのは、

良い小説を書くために、フィジカルなトレーニングを積んでいるということ

そして、小説を書くときは本当に集中して4、5時間毎日執筆し続けているということ

さらに、あれこれ深く物事を考えているのだということ

以上の3点だ。


しゃべるのは自分の仕事ではなく、小説を書くことが自分の仕事であり、本職だという職人気質もすごくいいなぁと思った。


自分は、小学校の教師として、この本から何を学ぶのか?

1 せっかく教師になれたのだから、とことん突き詰めて一流の教師になるために努力したい

2 そのために、村上春樹がよりよい小説を書くために行っている努力、工夫を活用できる

の2つだ。







小説 悪人/吉田修一 読了。

面白かった。

誰が悪人で、誰が善人か?考えさせられた。

場面の描写に引き込まれた。

登場人物も多彩で面白かった。

主人公は世間的には悪人である。
主人公は、周りの大切な人を守るために悪人になった。
でも、本当は善人である。
とってもいいやつなのだ。

物語終末の言葉、
「両方が被害者にはなれない。」(記憶によるものなので不正確)

というのがとっても印象に残った。

周りの登場人物の中では被害者の父親がとっても共感できた。

大切に、大切に育てた娘があのようなことになって、しかも実態があんな状態ならば、悲しい。
その気持ちが痛感できた。

読み始めて二日で一気読みした。
映画もみたくなった。


アチャラ No.120より


アチャラを発行しないと、記録すべきできごとがどんどん消えていってしまう。「そのうち書こう。まとめて書こう」と思うのだが、やはりこういうことは駄目らしい。とにかく、一つでも二つでも、かっこうを気にしないで書いておくべきなのだろう。


3月にして120号の通信を出している向山先生でさえそのような感想を抱かれているのだ。

ましてや自分は。。。。

12月末現在で32号。。。。。。

情けない。

もっともっと書いていかないと。
書くべきこと、書きたいことは山ほどあるのだから。

それでも書けないのはなぜか?

時間がないからか?
いやそんなことはない。時間は作り出す物だ。やろうと思えばいくらでも時間を捻出できる。

結局は自分の意志の弱さだ。
優先順位を一番にもってくれば、絶対に年間100号ペースはかるくいくはずだ。

その辺を三学期の課題にして取り組んでいきたい。

学級通信を書くというのは、
「こう考えれば、うまくいく。/日垣隆」
で書かれている観客効果と締め切り効果を併せ持っている。

ダブル効果で非常に有効な教師修業なのだ。

保護者、子ども、同僚、管理職という観客がいる。
話題が古くなれば書いてもしょうがないという締め切りがある。

だから、この学級通信をもっと有効に、もっと優先順位をあげて書いていくべきなのだ。

ちなみに、観客効果、締め切り効果でいうと、
研究授業もそうだ。

参観者という観客がいて、
授業日という締め切りがある。

だから努力できるのだ。

サボりな自分が努力するためにはこのようなシステムが必要だ。
更に言えば、
マラソン大会も、授業技量検定も、同じ効果を持つ。

この
「観客効果、締め切り効果」を有効に使って、自分自身が努力を続けられるようにしていきたい。










アチャラ No.119より

~~タバコ屋さんの横をまがると
  じんちょうげの花のかおりがします
  その花のかおりをたよりにきてください
  すぐわかります。

となりの町にひこしていった
あの子のたんじょう日の招待状に
そうかいてあった


向山先生がこう言いました。「招待状には、これよりもっとたくさんのことが書いてあったのですか?それともこれだけなのですか?」


意見が二つに分かれるような発問だ。
ちなみにこれは参観にきた別の先生が飛び込み授業でやり、最後に向山先生が代わって行ったものだ。

ネットで検索してみると次のような詩がヒットした。
昔の教科書にのっていたらしい。



じんちょうげの花
           峠 兵太

タバコ屋さんの横をまがると
じんちょうげの花のかおりがします
その花のかおりをたよりにきてください
すぐにわかります
となりの街にひっこしていった
あの子のたんじょう日の招待状に
そう書いてあった



この詩を授業した先生はどんな授業をしたのか?

子どもの作文にはこう書かれている。



四行の文のほかに文があるか?ということでした。(中略)
向山先生は「たんじょう日はいつですか。何時に来てくださいと言われてますか」と私たちばっかりにせまってきました。


これはおそらく向山先生が行った授業のことを書いているのでは?と思う。

タバコ屋さんの横をまがると
じんちょうげの花のかおりがします
その花のかおりをたよりにきてください
すぐにわかります

これだけしか招待状には書かれていないのか、それとももっとたくさんのことが書かれていて省略されているだけなのか?

これを文章を根拠にして話あわせるわけだ。

自分自身の解釈としては、

『これ以外にも書かれているはずだ。なぜなら、招待状なのだから、誕生日会の日にちや時間も書かないと分からないのだから。上記の4行は場所のことはかかれているが、時間については書かれていない。これだけでは、もらっても行きようがないのだ。』

となる。

このことに気づかせるために、先ほどの子どもの作文に書かれているように、


向山先生は「たんじょう日はいつですか。何時に来てくださいと言われてますか」と私たちばっかりにせまってきました。


となっているのではないか。


No.119の最後の子どもの文章がとっても印象的だ。


さて三時間目の理科の時、さされました。いろんな先生がみているからドキドキします。やっぱり向山先生はきつい。すごくきつい。これ以上ないくらいきついです。ほかの先生になったらすごくらくになると思います。向山先生はなんであんなきつい質問を考えられるのだろうと思います。


このような感想を子どもが抱くというのはすごい。
このようなきつさがあるから子どもは鍛えられるのだ。

叱り方がきついのではなく、質問がきついのだ。
脳が汗をかくぐらい考えさせられる、そのような質問なのだ。

自分の授業を振り返って、そのような質問をできているか。否。
もっともっと知的な発問、質問をしていきたい。
それが子どもたちの力を伸ばすことにつながるのだから。







向山洋一年齢別 第21巻 読書中。

読みながら書き、また読む。このサイクルを通して学習していく。


アチャラ No.116より


次々に前へ出て自分の意見を述べる子どもたちに、参観の方々はびっくりされていた。


このような状態にまで子どもを育てたい。
指名無し発表で次々と意見が出て、指名無し討論にまで持っていきたい。

そう願ってはいるが、なかなかこのような状態にはならない。

なぜか?

教師の力量が未熟なためだ。

子どもが次々と発表するような状態に持って行くにはざっと次のようなことが必要だ。

1 クラスの中にどんな意見でも受け入れられる雰囲気

2 場慣れ 意見を発表する機会がたくさんある

3 プレッシャー 意見を発表せざるをえない雰囲気

4 ほめる 意見を発表してよかった そう思えるような機会

5 意見を発表したくなるような発問 問題 なげかけ


この5つがなければ、子どもは意見を発表しない。

日々の授業でこの5つを意識して授業を進めていく必要がある。

5つの項目で、具体的な指導例を先達から学ぶことが重要だ。


その後、社会科の授業をした。高知の二期作である。情報で「たしかな情報」「あやふやな情報」「判断・考え」に分けることを通して、「たしかな情報」の上に高知の二期作を考えようとしたものである。


授業の流れとして、

1 分類する

2 そこから一つをとりあげ深く発展させる

となっている。

上記以上の具体的な指導が書いていないので分からないが、授業の流し方のパターンとして学ぶべきことがらだ。



その後、合唱を二曲お聞かせした。「山の子」と「竹馬の友」である。


向山氏は学級経営の中に、「合唱」を取り入れている。
のびのびと歌える子を育てている。

私も追試して、よくクラスで合唱するように心がけている。
流行の曲で自分がいいと思ったものを教室に持ち込み、授業参観の時に発表したりしている。

2学期末のお楽しみ会ではこどもたちが「お楽しみ会で歌いたい」ということで曲を決めて、歌っていた。

合唱はいい。クラスの雰囲気がとってもしっとりとしてよくなる。
どの子も大きな声で真剣な表情で歌っているのを見ると、とっても感動する。

それをほめてほめてほめまくることが大切だ。そうすることで、子どもたちは歌を気持ち良く歌えて、さらに、ほめられることで自尊感情も高めることができる。


子どもたちが集中していること、他人の意見をよく聞いていること、よく発表をすること、本に書いてあったことは本当だった、というようなことが言われた。


自分も時々、他の先生方に見てもらうことがあるが、

このような状態とはほど遠い。

子どもが集中していない。
他人の意見を聞けない。
あまり発表しない。

では、このような状況を打破するには具体的にどうすればいいのか?
それをもっともっと突き詰めて真剣に考えないとダメだ。

策を考えて、実践し、また他の策を考えて実践する。
この繰り返しをひたすら続けるしかない。

授業修業は果てしがなく
教師修業は果てしがなく

続いていくのだ。

今の現状から一歩でも一ミリでも進みたい。
高い志をもって子どもの前に立ちたい。






























2学期の反省 悪かった点について書いていく。

悪かった点

①健康面
 風邪で休んでしまったことが1回、耳の不調で1週間ほど午後出勤。
 プロの仕事師師とはとうてい言えない。
 体調管理も大事な仕事の一部なのだ。

 風邪を引かないように気をつけること、耳の不調は自分の怠慢のせい。
 これらは注意深く気をつけていれば回避できることなのだ。
 大いに反省して、3学期はこの2つを特に注意してやっていくこと。

②子どもへの対応
 怒鳴って叱る。教えないで叱る。自分の感情でイライラして叱る。
 そのような場面が数多くあった。
 誰が悪いか?
 もちろん教師である自分が悪い。自分の力量が未熟なためだ。
 ではどうすればこれを改善できるのか?
 とにかく全力で努力するしかない。良書を100回読み返すこと。
 生活リズムを工夫すること。自分に何度も言い聞かすこと。自分の実践を記録にとって日々反省すること。 考えればいくらでも策はある。万策尽きるまでとことんやっていくこと。

③だれている授業
 授業の中で子どもが集中していない場面があった。
 そこを少しでも集中できるように工夫するのがプロの力量なのだ。
 子どもをひきつけるには、集中させるには、力を伸ばすには何が必要なのか?
 ずっと考え続けること。
 最後には一番長く考え続けた奴が勝つのだ。

④学級通信の号数
 目標の数に12号届かなかった。自分の意識の弱さ。
 とにかくガンガン発行しないと。
 まずはすぐれた実践から学べ。
 自分の意志の弱さを克服しなければ、絶対にこれより成長できない。

以上4点、まだ探せば山ほどあるとは思うが、とりあえずパッとでてきたのはこれだけだ。

3学期、この4点を必ず改善してみせる。強気でいくことが大事だ。





 
2学期が終わった。
自分の実践を振り返り、よかった点、悪かった点をはっきりさせる。
そして、3学期に向けての改善点を考える。
冬休みにその作業をやっておくことは極めて重要なことだ。

この作業を執筆業としてやれば、回数も消化できるし、一石二鳥だ。

というわけで、本エントリーは2学期の振り返りについてかいていく。

2学期、どうだったか?

項目別にまとめていく。

1 2学期、がんばった点
①10月の研究授業、11月の公開研究授業と、2回の研究授業を行った。どちらも自分に与えられた条件の中で最大限にがんばった。努力した。
 結果はよくなかった。でも、その過程での努力は評価に値する。
 10点満点で8点ぐらいだ。

②教材研究もがんばった。土日に、来週の分をまとめて教材研究する。
 テストの内容もチェックし、追試したい内容も関連書籍から調べた。
 これだけ力を入れた成果は出た。
 授業の質が今までの自分に比べて高まっていった。
 やはり、こういう作業をしっかりと地道にやることが教師にとって一番大事なことなのだ。
 算数の平均点もほぼ90点以上をマークした。(※最後の2つはまだ計算していないが。。。)

 10点満点で9点。

③自分の働き方について、
 まず自分が400パーセント回転するということについては、よくがんばった。休み時間、子どもと一緒に遊び、自分がどんどん動いていく。これが8年間で一番できていた。10点満点で9.5点。
 このような努力をどんどん続けていくこと。愚直に努力を続ける、そんな姿勢を持ちたい。

④仕事の仕方について
 平日は定時にさっさと帰る。これは完璧。自分のスタイルといて様になってきた。休日の早朝出勤、これもいい感じ。
 書籍でいうと、「残業0の人生力」を平日にあてはめ、「プロの残業術」を休日にあてはめた感じ。
 これも自分のスタイルとして確立してきた。これを3学期も続けたい。
 10点満点で9点。

⑤生活リズムについて
 8時就寝、2時半起床 これが自然にできるようになってきた。
 何事も継続は力なり。
 これに、朝ジョギング&夕方ジョギングの2回ジョッグ制も取り入れれば文句なし。
 10点満点で9点。

⑥子どもとのつきあい方、対応について
 悪かったところがやまほどある。が、それについてはまた別エントリーで。まずは自分の自尊心を高めるために、良かった点のみかいていく。

 学級経営の中で、
 ゆったり感、安心感、心地よさを造り出すことの大切さに気付いた。これはとっても大切なこと。
 これから何年も何十年も教師を続けていくのだから、自分なりにコツをつかんでいかないと駄目だ。
 どうすればつかめるか?日々の気付きを言語化して記録していく作業を続けるしかない。
 
⑦記録について
 日々の記録をノートに書いていった。それをもとに次の日の教育を組み立てていった。微修正をしながらやっていったわけだ。この作業、大事なのに、今まであまりやってなかった。これから続けていこう。
 
以上7点、よかった点について書いた。
こうやって書き出すと、自分もよくがんばったなぁと自尊心が高まってくる。

次のエントリーでは、自分の悪かった点について書き出していくこと。


冬休みに入ってゆったりリラックスしている。
というかだらけている。

いくつかやってしまいたい仕事があるのだが、それをほっぽり出して読書やトレーニングに励んでいる。

トレーンングはなかなかいい感じでがんばっている。

ジョギング
スイム
ウォーキング

この3つを組み合わせて3時間は動くようにしている。

読書もいい感じだ。
手持ちの本を読んでいくことと、新しく買った本を読むこと、どれもいい感じでやっている。

執筆業はたまりにたまって15。

これをなんとか年内に消化したい。

シーズン中なら自分の実践についてかいていけばいいが、今は冬休み中なので、2学期の反省や、書物からの学びをかいていく。

執筆業、たまるとつらいがやっぱり書くという作業は楽しい。
そして、書くことによって、自分の脳が鍛えられる。

だから、毎日1回の執筆業はなんとしても続けていきたい。