先ほどのエントリーで書いた『英語達人塾』を本棚で探している最中に
日本辺境論/内田樹
に目がとまった。

ついでに、という気分で軽く読み始めた。

以前読んで線を引いた部分以外にもたくさん「なるほど!!」と思う部分があった。

この本はもう一度じっくり読み直したい。そう思える本だった。
昨日は30分ほど読んでマーカーで線を引いた。

これもノートに手書きでまとめていきたい。



P119
人が妙に断定的で、すっきりした政治的意見を言い出したら、眉に唾をつけて聞いた方がいい。これは私の経験的確信です。というのは、人間が過剰に断定的になるのは、たいていの場合、他人の意見を受け売りしているときだからです。
自分の固有の意見を言おうとするとき、それが固有の経験的厚みや実感を伴う限り、それはめったなことでは「すっきり」したものにはなりません。途中まで言ってから言い淀んだり、一度言っておいてから、「なんか違う」と撤回してみたり、同じところをちょっとずつ言葉を変えてぐるぐる回ったり・・・そういう語り方は「ほんとうに自分が思っていること」を言おうとじたばたしている人の特徴です。すらすらと立て板に水を流すように語られる意見は、まず「他人の受け売り」と判じて過ちません。
断定的であるということの困った点は、「おとしどころ」を探って対話することができないということです。先方の意見を全面的に受け容れるか、全面的に拒否するか、どちらしかない。他人の受け売りをしている人間は、意見が合わない人と、両者の中ほどの、両方のどちらにとっても同じ程度不満足な妥協点というものを言うことができない。主張するだけで妥協できないのは、それが自分の意見ではないからです。


この部分、自分自身の反省として強烈にインパクトがあった。
授業方法について、かつて新任のときに指導主事さんと話をした。
そのときの自分がまさに、
「主張するだけで妥協できない人間」だった。
本で学んだこと、セミナーで聞いたこと、それを自分の意見として言っていたにすぎないのだ。
今思い出しても赤面するぐらい、まさにそのまっただ中だった。

今はちょっとは成長した。
自分自身の経験ができてきたので、本で学んだことをそのまま自分の意見として言うということはなくなった。妥協点も探れるようになってきた。

でも、こうやって本を読むことは大切だ。
自分の若い頃の過ちをこうやって言語化して説明されているのを読めるのだから。
なんとなくモヤモヤとしながら感じていたことをスッキリと文章で表現されている。
なるほど!!こういうことだったのか。

上記の引用部分の事柄、先日の飲み会でも感じた。
そこに参加されていた人が、
「主張するだけで~~」
の感じなのだ。

まあ、人のことは言えない。自分だってそうだったし、今でもそうかもしれないのだから。

本で学ぶことは大切だ。
本は最高だ。
しかし、それをそのまま鵜呑みにして主張しているだけではだめだ。
それは害の方が多い。

そうではなく、本で学んだことを現実の体験に結びつけ、活用し、応用し、自分の言葉で語ること。
それが大切なのだ。

自戒をこめて、本エントリーを書いた。































ふとしたきっかけで以前読み終わっていた
英語達人塾/齋藤兆史 を再読した。

面白かった。

自分が今、英語の勉強でやっていることは、

朝 英語本音読(iPadで)

これだけだ。

意味の分からない単語もスラスラっと流し読みしている。
なんとなく意味をつかみながら読み進めている。
これがなんとか習慣になっている。

読んでいる本は 進化論/ダーウィン
その後、口直しに日本語の本を読んでいる。
読んでいる本は 門/夏目漱石

今、ちょうど
子どもが流産する場面で、御米と宗助の悲しさがすごく切ない。

英語達人塾を読んで、
今の習慣プラス、辞書を徹底的に引く学習もしようと思った。

昨日さっそく、齋藤秀三郎の辞典をひっぱってきて、辞書引きを小一時間ほど行った。
これを夕方帰宅してからコツコツ続ければだいぶ英語力はアップするだろう。

音読法プラス辞書引き法
これをまずは10年続けて自分の英語力を磨いていこう。





致知1月号 渡部論文より


「中国はレーベンスラウムの拡大を図っている」@前原外相

レーベンスラウムとはドイツ語で生活圏、生存圏といった意味だそうである。

中国はナチス・ドイツとそっくりだと。

確かに勉強不足の自分でもそのようなイメージはある。
日本はしっかりしないとやばい。
自分の国を守るために、自分が教師という立場でできることはなにか。

それは教育だ。

教育で自律した人間を育てる。
正しい事実を教える。
そして、その正しい事実をもとに考えさせる。
考える力を持ち、何が正しいのかを見極めることのできる人間を育てる。
それが自分の使命なのだ。

教育の現場でできることは山ほどある。

先日参観した授業について。

指導主事先生がとっても力のある尊敬できる人だった。
言っている内容がなるほど!!と思うことばっかりだった。
そして言葉に力がある。勢いがある。
さらに、とっても研究熱心だ。ノートへの書き込みもぎっしりされている。
自分もこのような教師になりたい。
指導主事先生で「すごいな、尊敬できるな。」と思う先生は少ない。(自分にとってということでだが)
この先生からしっかり学んでいこうと思っている。

協議会の最後に、再来年の大会の話が出た。
絶対、自分もそこで授業してやる!!と思った。
やっぱり人の授業を見るのも大事だが、自分が汗をかいて恥をかいてしたほうが100倍の学びがある。
来年、再来年と楽しみだ。

授業については、まず自分が感じたことから書いていく。

授業者は若手の先生。
基本的な指導がしっかりできていて子どもたちが落ち着いていたのがとてもよかった。

名前をよばれたら「ハイ」と返事をすること
人の発言につなげて関連づけて発言すること
教科書を持つ姿勢
音読の声
お隣との話し合い

どれもきっちりできていた。
あたり前のことだが、しっかりと指導し、定着させるのはとっても難しい。
でも何よりもその基本が大事なのだ。自分の教室での実践や指導を反省した。
あたり前の基本、もっと大切にしていこう。

改善点は、授業のおも~い空気。これにつきる。
もっと活発にダイナミックな授業を目指したい。
もちろんこれも、言うだけならだれだってできる。それをやってみせることはとっても難しい。
自分の昨年度の授業を思い出した。
やはり内容面での吟味が足りずにそのまま授業してしまうと子どもはついてこれない。
難しくて面白くなくてできない授業
これはつらい。
授業者がなんとかそこを打破しようともがいている様子がほほえましかった。
自分も同じようにもがいていたのを思い出した。

もっと単純化してシプンプルにして、楽しくダイナミックにする。

そのために、板書はキーワードでくくること。
それから、子どもの意見をひろって、そこから広げることが必要だ。

今回の授業でいうなら、

ひもをほどく
タッチする

この2つの意見を取り上げ、全体にひろげ、はなしあっていけばよかった。

そこが今回の胆だと感じた。
以上が自分の感想だ。

協議会での他の先生方からの学びも忘れないように書いていく。


1 この単元でどんな力をつけさせたいのかをはっきりさせ、教師自身がもっておくと指導がぶれない。
 本教材は説明文読解ではない。話し合うための素材として使う。だから内容面をこまなくつっこむ必要はない。


2 情報の整理 キーワードにする。

3 前単元、既習事項を本単元につなげる。

4 モデル化と反復とスパイラル学習
 まずは基本型を教え、それを使って自分であれこれ書いていく。

5 教材研究の方法 書き込み 読み込み 辞書調べ
   そうすることで「授業のポイント」が見えてくる。

6 授業はいきなり本題に入れ。山場をいきなりもってこい。

7 すべての授業は討論にあこがれる。
  どんな実践でも討論を否定されることはない。
   一問一答型、扇形から ダイアモンドカットへ。
  教師の発言は少なければ少ない程良い。子ども同士が討論でつながる。そんな授業を目指す。

8 ものを用意することの大切さ

9 ダイナミックな実践を
   実際にやってみる。やらせてみる。イベントを計画する。だから子どもはのってくる。
   机上であれこれやってるだけじゃあダメ。

10 音読 読みのバリエーションをつけろ。


11 児童の反応を予想し、書き込め そしてぶれない発問を作り出せ

12 子どもの書く量を増やせ そして教師もたくさん書いていけ











































s授業を見て、打ち上げ。

授業記録担当だったので、ひたすらMBAでパタパタうっていた。
聞き取れないところもところどころあった。まだまだ修業不足だ。

でも、以前読んだ本のように、授業の終了とともに、TCの文書を配布する。

これをなんとか追試できた。

あのような文字に起こした資料があれば、協議会に役立つんではないかと自画自賛していた。

打ち上げではしきりに、
昔はなまいきだったけど今は普通になった
と言われた。

そう言われれば本当に昔はなまいきだったよなと自分でも思う。
無茶苦茶な言動をしていたし。

今の自分が8年前の自分のような奴と仕事をするとなると、「なんて生意気な奴なんだ」と絶対思うだろう。
まあ、若気の至りということで勘弁してもらった。

若い頃は生意気な方がいい。

それが自分の持論。

知りあいの先生も、若い頃はとがっていたほうがビックになれるとおっしゃっていた。

でも、今の自分も結構なまいきだ。
勤務校での言動を時々反省している。
いい意味で生意気といわれるようになりたい。

そこには謙虚さがないといけない。でも卑屈になってはいけない。その辺は自分の感覚をたよりにするしかない。

参観した研究授業については別エントリーで書く。


生意気つながりでいうと、

勤務校での発言が結構生意気なのだ。

つい先日、校内の研修で
「もう五時ですけど、何時に終わるつもりですか?」
と。
これを言わないといつまでも延々と続きそうだったので、自分が発言した。
もちろん是以外にも、内容面で意欲的に質問をしていた。
でも、この最後の発言、周りの人からすると「なんやこいつ」発言かもしれない。
と、ちょっぴり3秒くらい反省した。
でも、振り返ってみて、まあいっか。これはこれでありやなということになった。

その数日後、会議で司会を担当した。
案件がいっぱいあったのだが、せかしてせかしてちょうど5時に終了した。
もちろん協力していただいた皆さんのおかげだ。感謝。

でも、司会として、
「今日は案件が多いのでさくさくいきましょう。省略できるところはできるだけ省略してください」
という発言を2回しておいたので、それも効いたと思う。(たぶん)
そして、先日の研修会で「こいつは時間にうるさい」という認識が皆さんの中にあったのも効いたのではと思う。(きっと)

時間は大切だ。
だから全体の会議等はきっちり時間内に終わるべきだと思う。
そして、それをするのが司会の重要な仕事だということを先達から学んだ。

会議のあと、家庭訪問へ向かう。一時間、一緒に勉強し、カルタで遊んだ。
教師としてこのような仕事も大事だ。
個別にじっくりむきあってやる。そのときは時間は度外視だ。
時間内になんてことは考えていない。

でも、それをするためには会議などはきっちり終わらないと力がまわらないのだ。


という考えで、時間については結構生意気発言を今も繰り返している。

実践面では、生意気発言は減った。
自分の授業も実践もたいしたことはない。へったくそだ。自分の脳力も未熟だ。
そうはっきり認識できたので、生意気に上から目線で発言することはなくなった。
3年前、7年前の子どもたちにしっかりと教わったことだ。

色々な授業、実践があるが、謙虚に謙虚に学んでいくべし。
学び続けることが、未熟な自分が生き残るただ一つの方法なのだ。

そう考えている。



























致知 1月号 その③

対談「リーダーたる者の心得」P60~

教師は教室の中でリーダーであり、指導者である。
だから、この対談のような内容もしっかりと学び、しっかりと身につけなければいけない。


P67
やっぱり生かしていただいているという気持ちを持てるようになったことは大きかったですね。
ですから時間を大切に使わないともったいなくて仕方がないのです。
麻雀は一切やりませんし、宴会も二次会は参加しません。とにかく死ぬまで勉強と考えて、仕事をしながら人間について学び続けています。


このような気概は大切だ。
自分も麻雀は一切しない。最近は二次会にでることもなくなった。
そして、夜 酒を飲むことも減った。月に3、4回というところか。以前は30回ぐらいだったので、大きな変化だ。

こうして作り出した時間をしっかりと有効に使って学んでいくことが大切だ。
大学に行かなくても、セミナーに行かなくても、学問はできる。
本を読めばいい。
学んだとこをノートにまとめていけばいい。
ブログで発信していけばいい。

どこにいても、どのような境遇でも学問はできる。
気概を持って生きていこう。

ウィーンフィルの管楽器の修理は日本楽器でしかできないという話も興味深かった。
日本の技術力の素晴らしさを伝えることも教師の大事な仕事なのだ。

P98 国家としての日本を取り戻せ


P101 染谷
そのためには歴史観の見直しが必要で、一番手っ取り早い方法として、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読むことを勧めています。


確かに『坂の上の雲』は名著だ。
自分も数年前の冬休みに熱中して読み切った。確か5年程前だったと思う。

でもあれを自分のものにはできていない。
一回読んだだけでは「知ったつもり」「分かったつもり」になっただけだ。
齋藤一人さんはあの本を120回ぐらい読んだそうだ。(うろ覚えなので不確かだが・・・・)

時間をつくって、もう一度再読したい。



P104 山田
私は、この三年が大きな山になると思います。特に2011年です。なぜかというと、その翌年の2012年は中国の国家主席が代わり、台湾で総統選挙があり、アメリカとロシアで大統領選挙があり、ひょっとすると北朝鮮もその時に代替わります。


なるほど。知らなかった。世界の情勢はそのようになっているのだ。

日本はどうか?
民主党にはまかせられない。そうかといって自民党もイマイチ。
後の渡部昇一論文にも出てくるが、やはり一回ガラガラポンする必要があるのでは??

と思いながら読んだ。





























致知 1月号 その②

大畑誠也 「教育は感化なり」

元校長先生だ。熱い語りと実践が面白かった。
自分も同じ学校現場で働くものとして、共感できる部分が多かった。

そして、いつか将来管理職になるときの参考になった。


P36
教育の基本は率先垂範です。校長自らが大きな声で挨拶する。これが一番です。


これは極めて重要なことだ。

自分自身が学び続けているか、人として正しい行いをしているか、努力を続けているか、
常に自問自答し続けなければいけない。
自分ができていないのに子どもに要求することはできない。
子どもに要求することの何倍も教師はしなければいけない。
そういう稼業なのだ。


夏目漱石は「教育は感化なり」と述べました。子どもの魂に響く教育、魂に届く教育、魂を揺さぶる教育ができれば、その本人も自ずと自分の生き方、在り方を考えるようになる。教育者にせよ、会社の社長や上司にせよ、この感化力のある人がどれだけいるかが、次の代の国の盛衰を握っているのだと思いますね。


感化力、これをつけるにはどうすればいいか?
自分自身が必死で努力して人間力を身に付ける。これしかないだろう。

P40~ 佐藤啓二「日本一小さな繁盛店はこうしてつくられた」

感動した部分がたくさんあった。


P44
いつも「自分自身が幸せになることを考えてくれ」と言っているんです。家庭でも職場でも、幸せになるには幸せになるための振る舞い、仕事の仕方というものがある。それを磨いてほしいと。
仕事というものは、自分が幸せになるための一つの大切な道具です。魚をさばくにも、道具である包丁がさび付いたらいい仕事ができないでしょう。同じように、道具である仕事を磨き続けないと幸せにはなれないといつも従業員に言っています。


いい言葉だ。
仕事は自分が幸せになるための一つの大切な道具だという。
なるほど!!

そういえば本多静六も言っている。

幸福=職の道楽化+家庭円満

人生の大部分を占める仕事というのはそれだけ大切なことなのだ。
しかしそれが全てではない。
家庭を大事にすることも大切なのだ。
そしてこの2つは必ず両立できるはずなのだ。

そういう面からいうとちょっと前に読み終わった大村はまの生き方は仕事面では参考にしたいが、家庭面ではやはり寂しい。


私はこの町で生まれ育って、この町でずっと商売してきました。お金もなかったから、あちこちに行って勉強することもできなかったけれども、結果としてそれがよかったと思っています。
ここで頑張るしかないし、お客様の声に応えることしか思いつかなかった、安易に人真似することがなかった。つぶれていくところを見ていると、「あの店が繁盛しているみたいだから、うちもそっくりそのまま真似しよう」というのが間違いの元のようです。


この文章、今の自分にぴったりの内容だ。

あれこれ全国に行って学ぶことは今の自分にはできない。
でもそれはチャンスなのだ。
自分の教室での実践を大切にすればいい。
子どもが良さも悪さも教えてくれる。それを大切に磨いていけばいいのだ。
安易な真似は害をもたらす。
このことを神様が教えてくれているのだ。











致知 1月号より

岡田監督と流さん(彫刻家との対談)

鈍さの中の鋭さが大事だということ。

これ、教師の世界でも言えることだ。
周りからあれこれ雑音が入る。
わけのわからない保護者からクレームが入る。

本当に必要なことなら真摯に受け止めて改善していくべきだ。
9割はそうだろう。
でも残りの1割、分けのわからないことがある。

そういうときはさっと受け流す。鈍さで対応する。
そのような人間になりたい。

量質転化についてもふれられていた。
上達論の大事な要項だ。



P17 流氏
それと、私は特に日本の芸術の世界で感じるんだけど、世界に作品を売っていくつもりなら、質だけを誇ってもダメ。「量」も圧倒的に大事です。私は小さいものを含めれば、これまでに数千点の作品をつくっているかもしれない。要するに、勝つにせよ、負けるにせよ、圧倒的に試合の回数が多いわけだ。

たくさんつくるとは、すなわちたくさんの試みを行うこと。その中に様々な可能性があるんです。さらにそのためには、「反省しないでガンガンつくる」というのがいいですね。


フィニッシュの回数を多くする。
それが上達のためには必要だ。

たとえば研究授業を百回する。
学級通信を百回出す。

ブログで百エントリー、千エントリーする。

このように量を増やすことで質がたかまっていくのだ。
量を増やすためには、いちいち反省していては始まらない。
サッときりかえてガンガン挑戦。これが大事だ。


武道の稽古なんかでもそうだけど、何十回、何百回と反復するうち、その世界に没入した状態になる。私も制作中に「ノッた」と思うのは、そんなふううに意識が霞むくらいに数をつくった時です。そして、リズムに乗って、次から次へとつくり続けると、突然ふっといいことが起こる。無意識のうちに、体から何かが出てくる瞬間があるんです。


このような境地に入りたい。
例えば、ジョギングならこのような境地を経験している。

まあ、たかが知れてはいるが、
3時間延々走り続けるとこういう境地になる。

これを仕事でも再現していくのだ。

P20~ 中西輝政論文より

中西氏の本をいくつか持っている。
「日本人の記憶」だったか?

歴史についてしっかり学んでいくことは大事だ。
自分はこの辺が弱い。しっかり時間をとって学び直したい。

尖閣諸島問題について書かれている。無知な自分にはとっても勉強になった。

P26~ 渡邊論文 フランクリンの生き方が教えるもの

ベンジャミン・フランクリン 名前を聞いたことはあったが、詳しくは知らなかった。

「時は金なり」
「天は自ら助くるものを助く」
「結婚前は両目を大きく見開いて相手を見よ、結婚したら片目を閉じよ」

なるほど、この名言なら知っている。
これを言ったのがフランクリンなのだそうだ。

今の自分の心境からいうと3つ目の言葉がナイス!!と思った。

自伝におさめられている「十三の徳目」これがすごい。これを真面目に守れれば聖人だ。
しかし、この徳目を達成しようとがんばっていたフランクリンも完全ではない。
痛風にかかったり、娼婦と関係したりしている。そこが共感を呼ぶ。

人間、こんなに完璧ではいられないよなぁと思う。
それでも、目標を設定して、努力する。それは大事だ。
完璧ではないが、完璧を目指そうと努力・工夫する。そういう態度が大事なのだ。

「みがかずば 玉の光は出でざらん 人の心も かくこそあるらし」

良い言葉だ。
自分もしっかりと心と体と精神を磨いていきたい。














致知2月号 渡部論文より

本立ちて道生ず

この論語の一節、自分も暗記していた。

日本にとっての本が憲法だという。
その大本である憲法がアメリカによってつくられたものである以上、道は生じえない。

なるほどと思った。

核問題についても勉強になった。


P122
核をシェアリングしていれば核を保有しているのと同じことである。独自でも共同でも核を開発する必要などない。(中略)
日本国民の生存を他国に委ねるという愚かな憲法が改正され「本」が立てば、非核三原則などという呪縛から開放され、核シェアリングという道も生じてくる。


愚かな憲法、非核三原則という呪縛 と言い切っているところが痛快だ。

このへんのことについて自分もしっかり勉強して、自分なりの解釈をもっておかねばいけない。

トークライン No.382 河田論文より

空白禁止の原則
この原則1つとっても、授業でできているか考えると勉強になる。
自分は、できていない。
空白が多い。だから子どもがしゃべり出す。それを注意する。

ではどうやったら空白をなくすことができるか。
色んな技がある。それを100集めること。
実際の場面を見て学ぶこと。
自分であれこれ工夫すること。
自分の授業を振り返って、できていない部分を反省し、どうすればいいか考え出し、実践すること。

結局はこれらを1つ1つやっていくしかない。
授業はそう簡単にはうまくならない。あたり前だ。
楽しみながら気長にやっていくしかない。

ちなみに授業の原則は全部で10ある。@向山洋一

これら1つ1つを突き詰めて考えていくことが重要だ。