先ほどのエントリーで書いた『英語達人塾』を本棚で探している最中に
日本辺境論/内田樹
に目がとまった。
ついでに、という気分で軽く読み始めた。
以前読んで線を引いた部分以外にもたくさん「なるほど!!」と思う部分があった。
この本はもう一度じっくり読み直したい。そう思える本だった。
昨日は30分ほど読んでマーカーで線を引いた。
これもノートに手書きでまとめていきたい。
◇
P119
人が妙に断定的で、すっきりした政治的意見を言い出したら、眉に唾をつけて聞いた方がいい。これは私の経験的確信です。というのは、人間が過剰に断定的になるのは、たいていの場合、他人の意見を受け売りしているときだからです。
自分の固有の意見を言おうとするとき、それが固有の経験的厚みや実感を伴う限り、それはめったなことでは「すっきり」したものにはなりません。途中まで言ってから言い淀んだり、一度言っておいてから、「なんか違う」と撤回してみたり、同じところをちょっとずつ言葉を変えてぐるぐる回ったり・・・そういう語り方は「ほんとうに自分が思っていること」を言おうとじたばたしている人の特徴です。すらすらと立て板に水を流すように語られる意見は、まず「他人の受け売り」と判じて過ちません。
断定的であるということの困った点は、「おとしどころ」を探って対話することができないということです。先方の意見を全面的に受け容れるか、全面的に拒否するか、どちらしかない。他人の受け売りをしている人間は、意見が合わない人と、両者の中ほどの、両方のどちらにとっても同じ程度不満足な妥協点というものを言うことができない。主張するだけで妥協できないのは、それが自分の意見ではないからです。
◇
この部分、自分自身の反省として強烈にインパクトがあった。
授業方法について、かつて新任のときに指導主事さんと話をした。
そのときの自分がまさに、
「主張するだけで妥協できない人間」だった。
本で学んだこと、セミナーで聞いたこと、それを自分の意見として言っていたにすぎないのだ。
今思い出しても赤面するぐらい、まさにそのまっただ中だった。
今はちょっとは成長した。
自分自身の経験ができてきたので、本で学んだことをそのまま自分の意見として言うということはなくなった。妥協点も探れるようになってきた。
でも、こうやって本を読むことは大切だ。
自分の若い頃の過ちをこうやって言語化して説明されているのを読めるのだから。
なんとなくモヤモヤとしながら感じていたことをスッキリと文章で表現されている。
なるほど!!こういうことだったのか。
上記の引用部分の事柄、先日の飲み会でも感じた。
そこに参加されていた人が、
「主張するだけで~~」
の感じなのだ。
まあ、人のことは言えない。自分だってそうだったし、今でもそうかもしれないのだから。
本で学ぶことは大切だ。
本は最高だ。
しかし、それをそのまま鵜呑みにして主張しているだけではだめだ。
それは害の方が多い。
そうではなく、本で学んだことを現実の体験に結びつけ、活用し、応用し、自分の言葉で語ること。
それが大切なのだ。
自戒をこめて、本エントリーを書いた。
日本辺境論/内田樹
に目がとまった。
ついでに、という気分で軽く読み始めた。
以前読んで線を引いた部分以外にもたくさん「なるほど!!」と思う部分があった。
この本はもう一度じっくり読み直したい。そう思える本だった。
昨日は30分ほど読んでマーカーで線を引いた。
これもノートに手書きでまとめていきたい。
◇
P119
人が妙に断定的で、すっきりした政治的意見を言い出したら、眉に唾をつけて聞いた方がいい。これは私の経験的確信です。というのは、人間が過剰に断定的になるのは、たいていの場合、他人の意見を受け売りしているときだからです。
自分の固有の意見を言おうとするとき、それが固有の経験的厚みや実感を伴う限り、それはめったなことでは「すっきり」したものにはなりません。途中まで言ってから言い淀んだり、一度言っておいてから、「なんか違う」と撤回してみたり、同じところをちょっとずつ言葉を変えてぐるぐる回ったり・・・そういう語り方は「ほんとうに自分が思っていること」を言おうとじたばたしている人の特徴です。すらすらと立て板に水を流すように語られる意見は、まず「他人の受け売り」と判じて過ちません。
断定的であるということの困った点は、「おとしどころ」を探って対話することができないということです。先方の意見を全面的に受け容れるか、全面的に拒否するか、どちらしかない。他人の受け売りをしている人間は、意見が合わない人と、両者の中ほどの、両方のどちらにとっても同じ程度不満足な妥協点というものを言うことができない。主張するだけで妥協できないのは、それが自分の意見ではないからです。
◇
この部分、自分自身の反省として強烈にインパクトがあった。
授業方法について、かつて新任のときに指導主事さんと話をした。
そのときの自分がまさに、
「主張するだけで妥協できない人間」だった。
本で学んだこと、セミナーで聞いたこと、それを自分の意見として言っていたにすぎないのだ。
今思い出しても赤面するぐらい、まさにそのまっただ中だった。
今はちょっとは成長した。
自分自身の経験ができてきたので、本で学んだことをそのまま自分の意見として言うということはなくなった。妥協点も探れるようになってきた。
でも、こうやって本を読むことは大切だ。
自分の若い頃の過ちをこうやって言語化して説明されているのを読めるのだから。
なんとなくモヤモヤとしながら感じていたことをスッキリと文章で表現されている。
なるほど!!こういうことだったのか。
上記の引用部分の事柄、先日の飲み会でも感じた。
そこに参加されていた人が、
「主張するだけで~~」
の感じなのだ。
まあ、人のことは言えない。自分だってそうだったし、今でもそうかもしれないのだから。
本で学ぶことは大切だ。
本は最高だ。
しかし、それをそのまま鵜呑みにして主張しているだけではだめだ。
それは害の方が多い。
そうではなく、本で学んだことを現実の体験に結びつけ、活用し、応用し、自分の言葉で語ること。
それが大切なのだ。
自戒をこめて、本エントリーを書いた。