あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
 

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

 

本日は「辺切地(へきりち)陣屋」(北海道北斗市)です。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください 

               ↓

1854年の「日米和親条約」締結後、江戸幕府は国防の為に各所の前線基地には、東北諸藩から要員の配備を含めて「出張(でばり)陣屋」を設けさせました。

 

当陣屋は、幕府に命じられた「松前藩」が築城させたお城(陣屋)で、1855年に「稜堡式」の立派な「四稜郭」となっています。

 

「縄張図」 (赤丸は下記「柵・板塀」の位置) ↓

 

その正面には「大手門」、裏には「搦手門」を設け、門脇は土塁と「板塀」によって守られていました。現在は、その「門」と前面に柵を建てた「板塀」が再建されていますが、簡素な造りになっています。

 

再建の「大手門」と「柵・板塀」 ↓

再建の「大手門」と「柵・板塀」 ↓

再建の「搦手門」と「柵・板塀」 ↓

再建の「搦手門」と「柵・板塀」 ↓

 

また、当陣屋の特徴としては、先端に「砲座」を設けた「四稜郭」である他に、両門の後方には中が見通せないように土塁による「馬隠し」が設けられています。

 

「四稜郭」の先に「砲座」 ↓

「四稜郭」の先に「砲座」 ↓

「大手門」後方の「馬隠し」 ↓

 

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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。
 

お城の「歴史」や「城主(藩主)」、「立地」や「縄張り」については、今までに掲載してきた投稿をリンクしておきますのでどうぞご覧ください。

 

 

本日は「五稜郭」(北海道函館市五稜郭町)で、「日本100名城」に選定されています。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてご覧ください ↓

「五稜郭」は、中心的な建造物「箱館奉行所」の一部が木造復元されている他に、「兵糧庫」が現存、「板蔵」が再建されています。

 

「五稜郭模型」(「五稜郭タワー」内に展示) ↓

木造復元「箱館奉行所」 ↓

 

今回のテーマの建造物では、「外郭」から「半月堡」に架かる木橋「一の橋」、「半月堡」から城内「冠木門」跡へ渡る木橋「二の橋」があります。両橋共に、当時の姿をとどめた復元橋で各々1962年、1979年に再建され、形式は木造の「桁橋」です。

 

更に、「五稜郭」の北側には「裏門橋」も再建されています。

 

縄張り図(赤丸は下記掲載の各橋の位置) ↓

復元「一の橋」(渡った所が「半月堡」) ↓

復元「ニの橋」(右側が「半月堡」) ↓

復元「ニの橋」(渡った所が「冠木門」跡) ↓

左から「一の橋」「二の橋」(「五稜郭タワー」から見下ろす) ↓

再建「裏門橋」 ↓

 

 

 

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本日、沖縄の「三線(さんしん)」を習っている友人に誘われ、「風人(かじぴとぅ)の祭」を見る為に、「服部緑地公園野外音楽堂」(大阪府豊中市)へ行きました。

 

「風人の祭」パンフレット ↓

 

昼から18時半までの間開催していますが、私は車で14時半過ぎに会場に着き、もう一人の友人と合流して中に入りましたが、入場無料でした。「三線」を習っている友人によると、沖縄のお祭りは入場無料の場合が多くて、沖縄関連のお店や沖縄出身者の方々の支援によるものらしいです。

 

「服部緑地公園野外音楽堂」 ↓

会場は大盛況で満員 ↓

 

音楽堂の中はほぼ満員で、舞台ではMC兼演奏(総監督)の「まーちゃんうーぽー」さんを中心に「沖縄」の音楽や踊りが披露されて、沖縄の方のパワーに圧倒されながら席から眺めていましたが、1時間もすると前で腕を振りながら踊る方々の真似をして自然と腕を振っている自分がいることにで一体感を覚えました。

 

観客は腕をフリフリ踊っています ↓

舞台では色々な演目が披露されました ↓

 

途中、私の大好きな「サーターアンダギー」が売り切れないうちに席を立ち買いに行きました。

 

民族衣装を着た人たちが ↓

ゲットした「サーターアンダギー」 ↓

 

友人は「石垣島」の「三線」を習っているそうで、本島を始め周辺の島々の「三線」の音楽が少しづつ違うそうですが、石垣出身の「ミヤギマモル」さんが、「三振」を奏でながら美声を披露しているのに感動をしました。

 

石垣出身の「ミヤギマモル」さんの「三線」演奏 ↓

 

友人とは少し早く別れて家に帰り、家では腕を挙げて踊るのを真似すべく、阿波踊り風の振りや沢田研二の「勝手にしやがれ」のア〜ア〜ア〜ア〜を繰返し練習をして次回には自分も参加しようと思いました。

 

 

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あと残された「城郭建造物」の「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等を紹介する「その他の城郭建造物を巡る」シリーズでは、毎回各お城毎に「その他城郭建造物」をお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真もモニュメント的に掲出していきます。

 

」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

 

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

 

また、「供侍(ともざむらい)」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

 

 

それでは、まず最初は「松前城」(北海道松前郡松前町)です。「日本100名城」に選定されています。

 

城主(藩主)、立地・縄張りについては下記をクリックしてください ↓

 

「松前城」は、外観復元「天守」に加え重要文化財「本丸御門」が「二の丸」跡から良い構図で見ることが出来ます。また「本丸」跡には「本丸御殿」の「玄関部分」が切り取られて保存されています。

 

手前から重文「本丸御門」、奥に外観復元「天守(三階櫓)」 ↓

 

更に、「搦手二の門」「天神坂門」が復元され、「三の丸七番台場屋形」が再建されています。

 

今回のテーマである「土塀」は、「本丸」の復元「天守」と重文「本丸御門」の繋ぎ部分「二の丸」跡を取り囲む場所に再建されています。屋根瓦は「銅板葺き」であるのが特徴で、白漆喰塗りで鉄砲狭間が設けられています。

 

復元「天守」の左側から「本丸御門」に繋がる再建「土塀」 ↓

「搦手門」脇の「土塀」 ↓

「搦手門」脇の「土塀」と「二の丸堀」を渡る摸擬「橋」 ↓

再建「土塀」越しの復元「天守」 ↓

再建「二の丸土塀」(裏側は素木のまま) ↓

「銅板葺き」の再建「二の丸土塀」 ↓

「銅板葺き」の再建「二の丸土塀」 ↓

 

 

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昨日は、今まで投稿してきた全国「各種城郭建造物」の一覧を列挙しました。

 

あと残された「城郭建造物」の種類としては、「塀」「橋」「供侍」「馬見所」等があります。今回のシリーズ「その他の城郭建造物を巡る」では、これら残りの「城郭建造物」を、毎回各お城毎にお届けしていきたいと思います。併せて、そのお城の特徴的な建造物や普請物の写真をモニュメント的に掲出していきます。

 

」の現存は少なく、復元(復興)、摸擬が大半ですが、「塀」の再建によってお城や城下町の雰囲気を醸し出す努力がされていますので、そのような「塀」も採り上げたいと思います。

 

また「橋(土橋は除く)」も「堀」に架かる等かなりの数のモノが存在していましたが、「塀」同様に現存は少ないです。復元(復興)、摸擬が大半ですが、特徴のある「橋」や「廊下橋」を中心にお届けします。

 

また、「供侍」「馬見所」等の特殊なモノもどうぞご覧ください。

 

弘前城「下城橋」 ↓

福井城「廊下橋」 ↓

金沢城「鶴丸土塀」 ↓

備中松山城「厩曲輪土塀」 ↓

岡山城「供腰掛」 ↓

 

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お城や陣屋を構成する「城郭建造物」の中に建つ「」(全国「城郭内の蔵」を巡るシリーズ)を採り上げてお届けしてきましたが、昨日で「蔵」は終了です。私が訪ねた「蔵」は以上ですが、まだ他にも採り上げていない「蔵」があるかと思います。

 

ここで、今まで投稿してきた全国の「各種城郭建造物(天守、櫓、御殿、櫓門、城門、番所、蔵)」を下に列挙しますので、ご興味のある方はどうぞクリックしてみてください。現存、復元、復興、摸擬のモノを取り揃えています。

 

「天守」いろいろ ↓

 
 

「一重櫓」いろいろ ↓

 
 

「二重櫓」いろいろ ↓

 
 

「三重櫓」いろいろ ↓

 
 

「御殿(茶室・能舞台・御亭含む)」いろいろ ↓

 
 

「櫓門」いろいろ ↓

 
 

「城門」いろいろ ↓

 
 

「番所」いろいろ ↓

 
 

「蔵」いろいろ ↓

 

 

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お城や陣屋を構成する「城郭建造物の中に建つ」(全国「城郭内の蔵」を巡るシリーズ)を採り上げてお届けしています。

 

お城(陣屋や代官所含む)には、「天守」「櫓」「御殿(能舞台や茶室等含む)」「門」「番所」の他に、戦闘に使用する武器類、生活を維持していく為のお金等の財産、命を繋ぐ米などの食物類、その他生活に必要な物品等々を保管しておく「蔵」や「納屋」が必ず設けられていました。

 

元々は、そのようなモノを保管しておく「蔵・納屋」が独自に築かれていましたが、江戸時代に入り平和な時代になってくると、戦闘用や監視用として築かれていた「櫓」がその目的から外され、蔵的な利用に切り替えられるお城が多くなりました。(鉄砲櫓、槍櫓、弓櫓、米櫓、塩櫓、麦櫓、干飯櫓、荒和布櫓など)

 

しかし今回は、そのような蔵的利用された「櫓」は割愛して、元々から「蔵・納屋」として築かれ名称も「〇〇蔵、○○庫、○○倉庫」と称する建造物を集めました。

 

このシリーズでは、現存、復元、復興、模擬のモノを紹介していきますが、「蔵」は殆どが現存のモノが多いです。

 

今回は、「飫肥」(宮崎県日南市飫肥町)の「城郭内の蔵」をお届けします。「日本100名城」に選定されています。

 

お城の歴史と城主、及び立地と縄張りについては、「城門シリーズ」でも記載していますのでご参照ください。

                ↓

 

江戸時代に「飫肥藩藩役所」が置かれていた場所に建つ「飫肥藩藩役所物産方長倉」が、少し場所移動があったものの現在「郷土料理  おび天蔵本舗」の店舗として利用されています。

 

「おび天」とは、魚のすり身に豆腐屋味噌を合わせて揚げた飫肥地方伝統の揚げ天ぷらで、カツオメシと共にいただけます。

 

「長倉」は、「切妻造り」の「本瓦葺き」で、外壁は全面板張りとなっています。桁側には「桟瓦葺き」の庇が延びていますが、ここは店舗にするに当たって厨房等に改築されたようです。

 

明治時代に入り当初は藩が扱っていた物産を取扱う倉庫として使用、その後所有者が替わり材木倉として使用されていましたが、1996年に「飫肥」が「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されたのを機に、この長倉が現在の店舗として営業が開始されました。

 

「飫肥藩藩役所物産方長倉」で現在は「郷土料理  おび天蔵本舗」の店舗 ↓

「飫肥藩藩役所物産方長倉」で現在は「郷土料理  おび天蔵本舗」の店舗 ↓

「飫肥藩藩役所物産方長倉」(庇部分は、改築されたのでは) ↓

 

 

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お城や陣屋を構成する「城郭建造物の中に建つ」(全国「城郭内の蔵」を巡るシリーズ)を採り上げてお届けしています。

 

お城(陣屋や代官所含む)には、「天守」「櫓」「御殿(能舞台や茶室等含む)」「門」「番所」の他に、戦闘に使用する武器類、生活を維持していく為のお金等の財産、命を繋ぐ米などの食物類、その他生活に必要な物品等々を保管しておく「蔵」や「納屋」が必ず設けられていました。

 

元々は、そのようなモノを保管しておく「蔵・納屋」が独自に築かれていましたが、江戸時代に入り平和な時代になってくると、戦闘用や監視用として築かれていた「櫓」がその目的から外され、蔵的な利用に切り替えられるお城が多くなりました。(鉄砲櫓、槍櫓、弓櫓、米櫓、塩櫓、麦櫓、干飯櫓、荒和布櫓など)

 

しかし今回は、そのような蔵的利用された「櫓」は割愛して、元々から「蔵・納屋」として築かれ名称も「〇〇蔵、○○庫、○○倉庫」と称する建造物を集めました。

 

このシリーズでは、現存、復元、復興、模擬のモノを紹介していきますが、「蔵」は殆どが現存のモノが多いです。

 

今回は、高鍋城」(宮崎県児湯郡高鍋町)の「城郭内の蔵」をお届けします。

 

平安末期に「土持家」が築いた「財部(たからべ)城」は、1450年頃に「伊東家」の支配下に入りました。

 

安土桃山時代になると、「財部城」は「島津家」の支配下に組み込まれましたが、「豊臣秀吉」の九州征伐で「島津家」は大幅な所領没収を受けた影響で、「島津家」の傘下で筑前・筑後・豊前が勢力範囲であった「秋月家」は、「秀吉」に名器の茶壷「楢柴(ならしば)」を贈って許しを請い、大幅な所領削減はあったものの財部3万石に国替えとなりました。

 

「関ケ原の合戦」では、「秋月種長」は当初西軍でしたが途中で東軍に替わることで領土が安堵されました。

 

その後「財部城」を整備して、名前も「高鍋城」と名称変更を行いました。その後当城は「秋月家」の居城として幕末・維新まで続きます。

 

高鍋城」の立地と縄張りは、山城であった中世財部城の中腹に「本丸」を築き、「奥御殿」などの御殿部分を置きました。そして、「岩峰門」から下った一段下には「二の丸」を置き、中央に「岩坂門」を据えています。

 

お城の縄張り図(現地に掲出) ↓


「高鍋城」内にあった「籾(もみ)蔵」が、元家老宅で民家「黒水家」の敷地内に移築されています。

 

明治時代になり1977年の「西南戦争」時には、薩摩軍に好意的でない9人をこの「籾蔵」に閉じ込め、牢獄替りとして使用されていたそうです。

 

屋根は「寄棟造り」で「桟瓦葺き」で、2階建て住居風の大きな建物です。内部は小屋組で土壁ですが畳敷きの部屋がありますので、牢屋として9人を収納した際に改修されたのではないかと思います。

 

民家「黒水家」の敷地内に移築されている「籾(もみ)蔵」 ↓

民家「黒水家」の敷地内に移築されている「籾(もみ)蔵」 ↓

民家「黒水家」の敷地内に移築されている「籾(もみ)蔵」(寄棟造り) ↓

「籾蔵」内部の壁は「土壁」 ↓

「籾蔵」の天井は「小屋組」 ↓

「籾蔵」の中に「畳敷き」の部屋もある ↓

「籾蔵」内の障子と白壁 ↓

 
更に、「高鍋城」跡から東へ約200mの所に建つ「町立高鍋図書館」の敷地内には藩校「明倫堂」にあった「明倫堂書庫」が移築現存しています。藩校で使われていた教科書や秋月家等の古文書が収納されています。また、オーストリア大使をしていた「秋月左都夫(毅堂)」の書籍を収納している「毅堂書庫」も並んで建っています。
 
「切妻造り」の「桟瓦葺き」、外壁は「白漆喰」の白壁で、瓦の庇が銅部分と窓上に付き、更に「明倫堂書庫」と「毅堂書庫」の前には後世に被せられた瓦葺庇が繋がっています。
 
「町立高鍋図書館」の敷地内に移築現存している藩校「明倫堂書庫」 ↓
移築現存している藩校「明倫堂書庫」(東面) ↓
手前が「毅堂書庫」で奥が「明倫堂書庫」 ↓
手前が「毅堂書庫」で奥が「明倫堂書庫」 ↓
 
 
 

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お城(陣屋や代官所含む)には、「天守」「櫓」「御殿(能舞台や茶室等含む)」「門」「番所」の他に、戦闘に使用する武器類、生活を維持していく為のお金等の財産、命を繋ぐ米などの食物類、その他生活に必要な物品等々を保管しておく「蔵」や「納屋」が必ず設けられていました。

 

元々は、そのようなモノを保管しておく「蔵・納屋」が独自に築かれていましたが、江戸時代に入り平和な時代になってくると、戦闘用や監視用として築かれていた「櫓」がその目的から外され、蔵的な利用に切り替えられるお城が多くなりました。(鉄砲櫓、槍櫓、弓櫓、米櫓、塩櫓、麦櫓、干飯櫓、荒和布櫓など)

 

しかし今回は、そのような蔵的利用された「櫓」は割愛して、元々から「蔵・納屋」として築かれ名称も「〇〇蔵、○○庫、○○倉庫」と称する建造物を集めました。

 

このシリーズでは、現存、復元、復興、模擬のモノを紹介していきますが、「蔵」は殆どが現存のモノが多いです。

 

今回は、佐賀城」(佐賀県佐賀市城内)の「城郭内の蔵」をお届けします。「日本100名城」に選定されています。

 

お城の歴史と城主、及び立地と縄張りについては、「番所シリーズ」でも記載していますのでご参照ください。

           ↓

 

ありし日の「本丸御殿」絵図(赤丸が下記の「御納戸」の位置) ↓

復元「本丸御殿」絵図(赤丸が下記の「御納戸」の位置) ↓

 

復元「本丸御殿」に併設されている「御納戸(おなんど)」が「蔵」に相当する建物ですのでここで紹介します。

 

「本丸御殿」の「御台所」に繋がる最も東端に建つ大きな建物です。屋根は「切妻造り」の「本瓦葺き」で、一重ですが内部は二階でそれぞれに窓があります。

 

外壁は「下見板張り」で柱が見える「真壁造り」となっていて上部は「船肘木」が見られます。

 

現在は、管理事務所として使用されているようです。

 

復元「本丸御殿」に併設されている「御納戸」 ↓

復元「本丸御殿」に併設されている「御納戸」 ↓

復元「本丸御殿」に併設されている「御納戸」 ↓

復元「本丸御殿」に併設されている「御納戸」(「真壁造り」で「船肘木」が並ぶ、玄関前から) ↓

 

 

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お城や陣屋を構成する「城郭建造物の中に建つ」(全国「城郭内の蔵」を巡るシリーズ)を採り上げてお届けしています。

 

お城(陣屋や代官所含む)には、「天守」「櫓」「御殿(能舞台や茶室等含む)」「門」「番所」の他に、戦闘に使用する武器類、生活を維持していく為のお金等の財産、命を繋ぐ米などの食物類、その他生活に必要な物品等々を保管しておく「蔵」や「納屋」が必ず設けられていました。

 

元々は、そのようなモノを保管しておく「蔵・納屋」が独自に築かれていましたが、江戸時代に入り平和な時代になってくると、戦闘用や監視用として築かれていた「櫓」がその目的から外され、蔵的な利用に切り替えられるお城が多くなりました。(鉄砲櫓、槍櫓、弓櫓、米櫓、塩櫓、麦櫓、干飯櫓、荒和布櫓など)

 

しかし今回は、そのような蔵的利用された「櫓」は割愛して、元々から「蔵・納屋」として築かれ名称も「〇〇蔵、○○庫、○○倉庫」と称する建造物を集めました。

 

このシリーズでは、現存、復元、復興、模擬のモノを紹介していきますが、「蔵」は殆どが現存のモノが多いです。

 

今回は、高知城」(高知県高知市)の「城郭内の蔵」をお届けします。「日本100名城」に指定されています。

 

お城の歴史と城主、及び立地と縄張りについては、「御殿シリーズ」でも記載していますのでご参照ください。

           ↓

 
「本丸御殿」の平面図を見ると、南側へ廊下沿いに飛び出ている部分が「納戸蔵」で、御殿に閉めるスペースが大きいのが判ります。中は4部屋に区切られています。
 
「本丸御殿」平面図(赤丸が、下記の「納戸蔵」の位置) ↓
 
屋根は「入母屋造り」の「本瓦葺き」で表面は廊下が見え、その奥が部屋になっています。内部は畳敷きで、蔵といっても御殿の延長として生活用品を納めていた納戸だったんでしょう。  
 
重要文化財「納戸蔵」(右の屋根) ↓
重要文化財「納戸蔵」 ↓
重要文化財「納戸蔵」(左端の屋根) ↓
重要文化財「納戸蔵」は畳敷き ↓
 
 

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