本日のNHK「ブラタモリ」は、10年ぶりに訪れた「熊本城」を紹介。

 

10年前(大震災前)の姿がどうだったのか、大震災後直ぐの姿とそれからどう復興されてきたかを見ると共に、更には復興途上において新発見が色々あった事を紹介していました。

 

➀「小天守」脇下にある「石門」は、震災前は「抜け穴」と考えていたが実は「排水溝」だったことが解った。

 

「石門」は排水溝だった ↓

 

➁「熊本城」の東側を流れる当時蛇行していた「白川」を、「加藤清正」が改修して川を直線化して城下町を拡げお城の拡大に繋げた。「飯田丸五階櫓」の西下にある「備前堀」は、五階櫓の石垣補修の為に水を抜いたことで、蛇行前の「白川」がここまで蛇行していて「備前堀」と繋がっていて「船着き場」だったことが解った。

 

蛇行時の「白川」の船着き場が「備前堀」に ↓

 

③直線的な積み方の石垣の多くが崩落していたが、「武者返し」の効果が石の崩壊を回避していた。

 

④「栗石」の日常の効用は水はけを良くする事だが、大地震では栗石が下へ溜まり孕みをもたらすことが解った。全部で10万個ある石を積上げていくので35年くらいはかかるとのこと。

 

茶色のシールは孕んでいる箇所 ↓

黄色のシールは正常な石垣 ↓

 

⑤「宇土櫓」は現在解体され部材は別の場所で保管。全て解体された後に昭和2年にコンクリートで固められていた穴蔵が出てきた。このことが、「宇土櫓」の倒壊を回避した一つの要因ではと考えられている。また、部材は江戸時代から昭和時代迄の間に幾度も改修をしてきたことが、部材の状況から読み取れる。

 

「宇土櫓」の穴蔵部分 ↓

宇土櫓の解体部材 ↓

「宇土櫓」の破風部分の部材 ↓

 

等々、非常に興味を持って見ることが出来ました。

 

以下のブログは、私が以前に投稿した「熊本城」の「お城紀行」です。大震災前と震災後「天守」群が新生された時のブログですので、どうぞご覧ください。

 

震災後の新生「天守」群お披露目は2021年ですが2024年に訪城した時のモノ ↓

 

 

震災前の在りし日の「熊本城」 ↓

 

 

 

 

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