2023年7月7日から『北から南へ「天守」シリーズ』をスタートさせ、初回の「プロローグ」では「天守」についてのエピソード等をお話をしました。

 

 

そして2回目以降は、具体的に「天守(御三階櫓含む)」があるお城を、北から順次、現存・復元・復興・模擬の「天守(御三階櫓含む)」を織り交ぜて掲載し、「天守(御三階櫓含む)」の構造など特徴を始め、藩主だった大名や城主、訪城しやすいようにアクセスや最寄駅等も記載しています。

 

本日は、「新発田(しばた)城」(新潟県新発田市-日本100名城)をお届けします。

 

アクセス

・JR羽後本線/白新線の「新発田駅」から徒歩約20分

・JR羽後本線/白新線の「新発田駅」から「あやめバス内回り」で約18分乗車して「新発田城址公園」下車

 

木造復元「御三階櫓」(天守代用)

・三重三階、層塔型、複合式天守(北東側に付櫓) 

屋根は「三方入母屋」でT字型をして三匹の「鯱」が上がる「瓦葺」

は各階「白漆喰」で下部が「海鼠壁」、「窓」は「突上げ窓」形式

破風は一重目の北西面と南西面に「切妻屋根の出窓」(いずれも下に「石落とし」)

軒裏と軒垂木も「白漆喰総塗籠め」

内部は未公開、天井板が無く小屋組み

天守台は「切込接・布積み」

  

「天守」の歴史

・1679年に改変完成(二重櫓を天守代用として三重櫓に改変)

・1874年に取り壊し

・2004年に木造復元(南西部分は「陸上自衛隊新発田駐屯地」の接する)

 

藩主(城主)

・鎌倉時代初期に「新発田氏」が居館に入る

・1597年に「溝口秀勝」が6万石で入城(以降、幕末維新まで統治する。5万石→10万石に)

 

木造復元「新発田城 御三階櫓」(南方向から、左壁の奥は「陸上自衛隊」の敷地)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(T字屋根に三匹の鯱が上がる、1重目に2箇所の「切妻出窓」、南方向)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(壁には「海鼠壁」、南東方向から)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(綺麗な「海鼠壁」、窓は「突上げ」形式)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(東方向から、左壁の奥は「陸上自衛隊」の敷地)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(内堀越し南方向から、左壁の奥は「陸上自衛隊」の敷地)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(本丸側から、「付櫓」が見える)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(「三方入母屋」でT字型をして三匹の「鯱」が上がる)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(「三方入母屋」でT字型をして三匹の「鯱」が上がる、本丸側から)↓

木造復元「新発田城 御三階櫓」(「二の丸」跡から)↓

 

 

 

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