今回は、「岩村城(中編)」(岐阜県恵那市岩村町)をお届けします。
前回のブログでは、次回は「後編」とお伝えしましたが、写真量が多いので、「中編」では「本丸」跡を中心にお届けすることに変更させていただきます。
前編 https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12635995779.html#_=_
「本丸」跡西側の断崖絶壁
「岩村城跡総合案内図」(「前編」で掲載すべきでしたが・・・、本丸跡は上の白い部分)
「六段壁」を撮り終えた私は、階段を上がり左手に拡がる「東曲輪」に上がります。ここは、「本丸長局」の一段下にあり「本丸」に対する外枡形的機能を持たせていたそうで、「二重櫓」が建っていました。
現在は広場ですが、「本丸長局埋門」の正面写真を撮りやすい位置です。
「東曲輪」跡(「本丸」跡から見下ろす)
「東曲輪」跡(南方向から)
「東曲輪」跡から撮った「本丸長局埋門(ながつぼねうずみもん)」跡
「東曲輪」跡から撮った「本丸長局埋門(ながつぼねうずみもん)」跡
「本丸長局埋門」は、「東曲輪」から「本丸長局=本丸下段」に入る門です。「本丸長局」とは、「本丸」の一部としての位置づけで一段下の曲輪(本丸下段)であって、細長い帯曲輪的に「本丸上段」を取り囲んでいました。そして「本丸長局」から「本丸」へ入る門は三か所設けられていました。
長局埋門
「長局埋門」跡 (中に入ると「本丸上段」を取巻く細長い帯曲輪=長局と呼ばれた)
「長局埋門」(右側は「東曲輪」跡が拡がる)
「長局埋門」跡 (中に入った所で「長局」と呼ばれた、右側が「本丸上段」跡の石垣)
三か所の門の内、東側にある「東口門」が「本丸」の表門(正門)で、内枡形となっていています。絵図では、右側の石垣上は土塀が、左側の石垣上には左方向へ「多聞櫓」が延びています。そして左に折れた先には、「礎石」も見られます。「東口門」は、「長局埋門」とセットで見るべきなのかもしれませんが、ここでは別モノとして記載します。
「本丸東口門」跡(「本丸」の正門、内枡形で「長局」から「本丸」への入口、左の石垣上には「多聞櫓」が左方向に延びていた)
「本丸東口門」跡(「本丸」の正門、内枡形で「長局」から「本丸」に入る門、左へ折れると階段上に門)
「本丸東口門」跡の門の礎石と奥が「本丸」跡
そして「本丸」の裏門にあたる門が、北側にある「埋門」でこちらは外枡形となっています。非常に複雑な構造の様で、絵図と下に記載の説明文を読んでも良く理解ができませんでした。現在も、良く石垣や礎石が残り、特に「野面積み」「打込接」「切込接」の三種の積み方の異なる石垣が見られる貴重な場所となっています。
「本丸裏門」にあたる埋門
「本丸裏門」にあたる「埋門」(「本丸」跡から少し下る)
「本丸裏門」にあたる「埋門」(折れ曲って右へ下りる、正面の石垣は「切込接」のように見える)
「本丸裏門」にあたる「埋門」(突き当りを右に下る)
「本丸裏門」にあたる「埋門」(ここが出口、奥の石垣は「打込接」か、左側の櫓台の左面は「野面積み」)
「本丸裏門」にあたる「埋門」(「野面積み」の石垣面)
「本丸裏門」にあたる「埋門」の礎石
「本丸」は、結構広大でしたが中心部分には建造物がなかったそうですが、北西隅に二重の「納戸櫓」が、南西隅には「二重櫓」がそれぞれ置かれ、西側と東側には「多聞櫓」が築かれていました。また、東南隅には「昇龍の井戸」が掘られ、岩村城内には17もの井戸が確保されていました。現在は、各櫓と多聞櫓跡の石垣が残り、「昇龍の井戸」も水を湛えているようです。
本丸
「本丸」跡
「本丸」跡の内の「岩村城跡」碑
本丸北西隅の「納戸櫓」跡
本丸南西隅に「二重櫓」跡
本丸西側の「多聞櫓」跡
「本丸」跡南東隅にある「昇龍の井戸」
「本丸」跡東西からは遠くまで見渡すことができます。特に「本丸」西側から見下ろす、或いは見上げる絶壁の険しさには凄いものがあります。
「本丸」跡から城下を見る
「本丸」跡の断崖絶壁の西面石垣
「本丸」跡の断崖絶壁の西面石垣
「本丸」の南東には「出丸」曲輪があり、こちらには「二重櫓」の他に「太鼓櫓」や「武者隠多門」等が置かれていたようです。現在は、駐車場と管理事務所のような建造物が建ちます。
「出丸」跡
「本丸」跡の南下を現在は通り抜けするような道路が有りますが、その道越しに「南曲輪」が配置されていました。「南曲輪」は、戦国時代の曲輪で、江戸時代には一部武家屋敷として使用されていたようです。現在の「南曲輪」跡は、二か所の堀切、竪堀等が存在しているようでしたが、林中なので私は「堀切」しか見つけられませんでした。
「南曲輪」跡
「南曲輪」内に有る「堀切」
「東曲輪」下まで一周廻り、前述したようにもう一度「六段壁」をジックリと目に焼き付けた後は、一気に下山して「藩邸」跡まで下りました。
いよいよ次回は、「重要伝統的建造物群、岩村町」界隈を散策してみたいと思います。ここには、江戸時代の街並みもさることながら、「岩村城」の遺構や、「岩村藩政」時代の面影が数多く残る素敵なエリアとなっています。
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