丸亀城」(香川県丸亀市)の続き、後編です。

 

前編 https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12569701826.html

中編 https://ameblo.jp/highhillhide/entry-12569978617.html
 

高石垣に聳える天守(重要文化財)

 

さていよいよ「天守」がある「本丸」跡へ登城します。入口の「本丸大手門」は櫓門であったらしくて、その周囲の石垣とともに櫓台跡も堅固な造りとなっています。そして石段を上がったほぼ真ん前に三層三階の「天守」が現われます。

 

本丸大手門跡

 

昨夜ここまで登城した時には、ライトアップされていたものの余り気に留めなかったのですが、太陽の下で見る「天守」の大きさは、全国の現存天守では「備中松山城」に次いで小ぶりのサイズにも拘わらず、城下から見上げた「天守」の大きさの想像以上の迫力を感じることができました。

 

天守(重文、南面)

天守(重文、南西から)

 

「天守」は現在、単独で建っていますが、当時は「本丸」の四隅を櫓が建ち、それを「多門櫓」で結び先程の「本丸大手門」を渡ると一周できるという「連立式天守」でありました。現存の、「姫路城」「松山城」、外観復元の「和歌山城」と同形式の天守だったのです。

 

本丸を取り巻く「多聞櫓」台

 

「天守」以外の三隅にある櫓、まずは「本丸巽櫓」、次の「坤櫓」、そして最後に「姫櫓」の各櫓台に建って各々方向から「天守」の写真を撮るとともに、そこからの遠景を満喫しました。

 

本丸巽櫓台

本丸坤櫓台

本丸姫櫓台

本丸姫櫓台(三の丸戌亥櫓台から見上げる)

本丸坤櫓台から天守をのぞむ

 

特に「姫櫓」からは、瀬戸内海の島々や、そのずっと向こうには「瀬戸大橋」が眺めることができる絶景のポジションです。

 

また、目を真下に落とすと、当日早朝に入城してきた「御殿表門」と「番所長屋」が見下ろせ、もう少し手前に目を引くと「長崎櫓」台と城下が見下ろせ、暫く風景を楽しむことができました。

 

本丸姫櫓台からのぞむ瀬戸大橋

本丸姫櫓台からのぞむ長崎櫓台と城下

本丸姫櫓台からのぞむ「御殿表門」と「番所長屋」

 

女性モデルとその撮影隊グループが「天守」内に入って行ったので、暫く間を置いて入場しました。

 

ここで少し「天守」についての外観の特徴を記載しておきます。「天守」一重目の南北には「軒唐破風」が、二重目東西には「千鳥破風」が付き、壁は西面を除いて「下見板張り」になっています。

 

そして北面は、「天守」を大きく見せる工夫として「黒漆塗連格子窓」を設ける一方で、戦闘態勢を備えていることをアピールするかのように「石落とし」や「狭間」が付随しています。

 

天守南面に付く唐破風、下見板張り

天守西面に付く千鳥破風

天守北面を大きく見せる工夫の黒漆塗連格子窓、唐破風、石落とし

下見板張り

 

「天守」の中に入りますと、1階には外から見えていた「狭間」や「石落とし」が見られる他に、白壁には壁中に砂利や小石が詰め込まれている「太鼓壁」に、また高さのある一階壁の上部は白壁が拡がっています。

 

天守内部の狭間と石落とし

天守内部の太鼓塀

天守内部1階上部の白壁

 

「天守」の耐震構造として、縦に両柱を立てて柱頭に梁をかまして隅を堅固にする「燧梁(ひうちはり)」という手法が各隅に見られ堅固さが判ります。

 

 天守内部2階と階段

天守内部の引き窓

天守内部の隅を堅固にする燧梁(ひうちはり)

 

三階の壁には「大砲狭間」が備え付けられていて、いざという時に、ここを打ち破って大砲を打つ場所になっています。以上のように、小ぶりな「天守」の割には、強固な造り、戦闘態勢を完備した「天守」であることが良く解りました。

 

天守内部の大砲狭間

天守内部の三階

天守内部の天井

 

見るべき所が多い「丸亀城」でしたが、足早で見学を済ませ、途中ホテルで預けた荷物を貰ってJR「丸亀駅」へ急ぎました。まだ、少し予定時間まで時間がありましたので、「丸亀港」の少し外れに立つ「太助(たすけ)灯籠」まで足を延ばしました。

 

この「灯籠」は、江戸時代に「金毘羅参詣者」の寄港地となっていた「丸亀港」に、江戸のお金持ちがお金を出し合って立てた灯籠で、そのお金持ちの内最も多く出資した「太助」とうい人の名前が付けられたとか。

 

太助灯籠と瀬山登像

 

ここから西に約1.7kmあたりには、京極家二代藩主「京極高豊」が築いた別邸「中津万象園」があり、「丸亀城」関連の建造物と大名庭園であったので訪問したかったのですが、時間の関係で割愛せざるを得ませんでした。

 

JR「丸亀駅」9時57分発「南風リレー号」で「坂出駅」乗り換え、「快速マリンライナー」に乗って「岡山駅」へ向かいました。

 

快速マリンライナーのグリーン車(私はここには乗りません)

 

10時48分に着いた「岡山駅」から、駅西側にある「タイムズレンタカー」で車を借り、イザ「備中松山城」へ出陣!

高速道路と山道を通って備中松山市街地へ入りますが、高梁川沿いの道路には城壁を思わせるような土塀が延々と続きます。前回は電車で来たのでこの辺りには気が付きませんでした。

 

高梁川沿いの道路には城壁を思わせるような土塀

 

以前は確か「備中松山駅」からバスで途中迄行き、そこからの徒歩だった記憶がありますがあまり良く覚えていませんでしたが、レンタカーで通っていく「紺屋川」や「高梁高校」沿い周辺の風情は非常に頭に残っていました。

 

高梁市街 紺屋川沿い

 

いよいよ「備中松山城」に近づきましたので、次回のブログでお城をお伝えしたいと思います。

 

 

 

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