植木屋の仕事(俺のアルバイト経験)
以前にも書いたことがあるのだが、20代後半に植木屋で働いていたことがある。
それはそれは楽しかった。多分、今までのフリーター人生の中では一番のアルバイト だったような気がする。
植木屋と言えば普通に想像されるのが、道路の並木などの剪定をしている職人の姿であろう、しかしそれだけではない。
植木屋には色んな仕事があり、それぞれ色んな業者とからんでいるのだ。
ちなみにおれが植木屋の頃、主にやっていたのは、芝生を植えていく仕事だった。
これが現場にもよるのだが、いい現場にあたるとかなり気持ちいい。
現場は例えば高速道路のパーキングエリアであったりとかするのだが、なんと言っても楽しかったのは京都、木津川の河川敷公園の芝生をひいた時だ。これは気持ちよかった。
最初にまず服装は作業員ジャンパーに、作業ズボン、そして足元は足袋であったことを言っておかねばならない。(季節は真冬だった。芝生は冬に植え春に根付くものなのだ。)
仕事内容は、トラックで搬送されてくる芝生の切れはし(キレイに正方形にカットしてある。)をひたすら河川敷にひいていく。
そして、木などが植えてあったりして迂回しなければならない場所では芝生を職人用の鋏で、丸かったり斜めだったり、綺麗に見えるようにカットして並べていくのだ。
それはまるでパズルのピースをはめていくがごとくに・・。
これが楽しい!なんといっても単純作業で、しかも外でペチャクチャとどうでもいい話をしながらできるのだ。
給料は当時で日当1万円だった・・。
仕事自体は結局俺は特許の専門学校にいくためにやめてしまったが、一度夏になって自分が芝生をひいた現場に見に行ったことがある。すると俺たちの引いた、芝生は見事に根付き、河川敷公園を青々と彩っていた。
色々とバイトはやったが、仕事をした後の実感というものをこれだけ感じられるアルバイト はなかった。
このバイトで知り合った仲間は今はとっくに30代になり親方として立派にやっているそうな。
アルバイト
アルバイト
・バイト検索 ならan レギュラー
この記事はブログルポのアルバイト特集
の依頼により執筆しました。
ローテクとハイテクのどちらを選ぶか
それは中小企業で働いた場合、ほとんどの経営者が技術者から見て尊敬に値しない事だ。
大企業ではない会社では経営者と会う機会というのは結構ある。
経営者というのはローテクである。何故なら経営者は技術ではなく金儲けの専門家であるからだ。交渉術にたけたどちらかといえばずる賢い人間の方が勝ち残る確率が高い。
ハイテクの経営者というのは尊敬に値する。だが現実ではなかなかいない。
何故ならハイテクの経営者というのは経営が下手な場合が多いからだ。
これができている人というのはなかなかいない。
フリーでやっていく場合、どちらに転ぶかというのは結構重要だ。
金儲け主体で考えると例えばオークションなどのローテクの方が足が早く利益を生む。ローテクで稼ぎながらハイテクを狙う、これは一つの可能性のある手段だ。
自らハイテクであろうとすると、金儲け主体の人間と組む方法が有効であったりする。
技術者の脳と経営者の脳は違うからだ。
NEET(ニート)は良くない事か
NEET、これは俺の好きではない言葉の一つだ。マスコミが海外から持ってきた言葉で、勝ち組、負け組という言葉と同様に世の中に必要のない言葉だと思っている。世の中に新しく出てくる言葉というのはよくない言葉もかなり多い。またポッチャリ王子という言葉は完全にいらない。
俺も20代はニートだった時期もあった。その頃はなんやかんやでやっぱり人と比べたりして悩んでしまったものである。今考えれば本当にどうでもいいことで悩んでいたなあと思う。いい歳をして独身だからとかと同じくどうでもいい悩みだ。
俺がここで言いたいのは、少なくともニートという言葉が示す人は今現状、めしをちゃんと食べている人のことであるからだ。それならそれでいいのだ。何を悩む事があるのだ。
人間というのは大体、めしを食って眠る所があればそれで基本は十分なのだ。
それ以上の悩みというのは大体贅沢な部類に入る。人間の欲はきりがない。
めしを食って寝るところがありしかも時間があるのであれば、それはもう昔で言えば立派に貴族階級と言える。
人やマスコミが何を言おうが何の関係もない。
重要なのは人間というのは他の人間と自分を比べてしまう存在だということだ。それが一番の敵だ。近い人に何かを言われるならまだしも自分から人と自分を比べて落ち込むというのはこれはもう、無駄の極致、もったいないとしかいいようのない話だ。
座って半畳、寝て一畳。という言葉がある。人間とはその程度のものだ。一流大学を出て、一流企業に勤めようと、定年してしまいその後何の努力や工夫もしなければ60歳を過ぎた辺りからただの人になる。高齢であるからという理由で年金をもらって暮らしているニートはありふれている。人である限りは座って半畳、寝て一畳、これは変わらない。
人間として、生きていくのにもし、困ることがあるとするとそれはまず、食い物がないということだ。これは困る。
次に住む所だ。これもなければ困る。なるべく風呂にくらいは入りたい。
それとまず健康だ。これがなければはじまらない。
そしてその手段としてのお金。これもやはり必要なもの、ただしこれが人生の目的ではない。
次に心の問題だ。これが一番コントロールしやすそうで、実は難しい部分だと思う。
誰しも?ほとんどの人が?その人なりのこだわりを持っている。これが難しいのだ。それはその人の学校での専門分野であったり、若い頃に描いた夢であったりする。これは重要だ。それが仕事であった場合にはお金の問題ともからむし難しい。
また、単にニートとかそういう問題だけでなくウツ気味であったり、対人恐怖症気味であるとか、その他の神経の失調を起こし結果として働いていない、働けないという場合は多々ある。これはつらい。
心療内科ブーム、癒しブーム、これはいいことだと思う。
資本主義が加速していっている世の中、それと対極をなす思想というのがどうしも必要となってくるからだ。それは基礎をなすのは思いやりとか優しさという思想だ。
もうひとつニートである時の敵がいるとすれば、それは孤独だ。これは人によるのかもしれないが、孤独というのは大体においてあまり人間を強くさせてくれないものだと俺は思う。本当に孤独になれば、思考は硬直化し、筋肉までこわばる。(この孤独が自分自身の希望、信念に支えられた選んだ孤独であれば話は全く別だが・・。)
孤独にさいなまれたり、本当に困っているのであれば心療内科等に行ってみるのがいいと思う。宗教もあまりお金を取られない所であれば支えになったりするようで悪くないかと思うが・・。心療内科などで自分と合わない先生がいたりすることもあるが、大体3件くらい診療機関をあたってみればそこそこの所がある。そこにはケースワーカーさんなどがおり、(いなければ探すこと)少なくとも相談には乗ってくれる。外に助けを求めるというのは重要だ。
何が言いたいかわからない小難しい話になってしまいましたが、要はニートであるとかフリーターであるとか、友達が有名な会社に勤めているのにとかそんな事で悩むのはバカバカしいということかな。後、友達は結婚したのにとかそんな事もバカバカしい。
人は何とも言わば言え、我なす事は我のみぞ知る。(by 坂本 龍馬)
今日はいまひとつの内容でした。次回はできればもう少し役に立ちそうなモノが書けたらいいなと思います。