村上春樹によると、それは『極めて微妙な行為で、日曜日にデパートにでかけて魔法瓶を買ってくるのとはわけが違う』らしい。
付け加えるなら、自分はそれを特別神聖なものとは思わないけど、でもそこには何か特別な意味があるとも思う。
かみ砕いて言うなら、人の家の冷蔵庫を開けるようなもので。
普通、勝手に何も言わずに人の家の冷蔵庫を開ける人間はいない。普通の人間なら、それが常識外れなことだってわかっているものだから。
人の家の冷蔵庫をのぞく理由は2つある。
1つは、興味から。冷蔵庫の中を見れば、どんな生活をしているのか---自炊はするのか、どんなものが好きなか、ちゃんと整理されているか、不必要なものがないか、適正な量というものを知っているか…細かいことを言えば、色んなことが分かるもので。
2つめは、何か特別なものが入っている時。珍しいお酒だったり、昨夜の夕飯の残り物だったり、自分の買い置きしていたチョコレートだったり。
何か特別なものがある時は、それだって『開けるね』と言ってから、冷蔵庫の扉に手をかける。
自分は前者のように興味本位で冷蔵庫を開けたりしないし、まして勝手に断りもなく扉に手をかけることもしない。
わざわざ冷蔵庫をのぞかなくても、その程度のことは普段の行動から簡単に見て取れるもので。冷蔵庫に入っている納豆のパックを見て『納豆好き』を発見するのと、会話の中で『納豆が好き』なのを発見するのとには、大きな差があるってコト。
最初に言った『それ』を何か特別な意味なしにはしないのと、他人の家の冷蔵庫を興味本位でのぞかないのとは、便宜的に正解でないという点で同じなんです。
自分はその時よく話すらしい。
関係のあることも、関係のないことも。
『雨降ってきたね。』
---『…ホントだ。』
『洗濯物も濡れちゃうんだろうね。しまえば良かった。』
一文字、たった一文字変えただけで、関係のない会話じゃなくなる。微妙な関係ができて、それが向こうをクスッと笑わせて、なんとも言えないイイ空気になる。
相手が変われば、自分の強さだって変わる。
ただ、いつも負かされていた経験があるから、自分は強い人間だなんて思ったりすることはないし、天狗になることもない。この今があってもね。
---『こんなに話せるのは、自信があるから…じゃなくて?(笑)』
『その逆だよ。自信がないから話す。』
---『不思議な人だね(笑)』
『それはもちろん、イイ意味で。』
---『もちろん(笑)』
以上、深い部分の話を淡々と。
深い川は静かに流れるものだから。













