肩の力を抜いて生きるのは難しいか?
結婚をしたからか、
パートナーと過ごしていることなどを
FBに上げるからか、
最近、
30代後半に差し掛かっての
生き方の話題がよく出ます。
私の日々の時間の使い方は
「抜き方」がうまいのだとか。
私のパートナーが言っています。
仕事一辺倒で鬱になったり、
趣味や婚活に取組んでも、
その瞬間は精いっぱいやるけど、
仕事に戻ると、また仕事一色の日常になるとか。
こういう人、多そうですね。
20代ならこれでもいいんだろうし、
むしろ寝る間を惜しんで仕事して、
自分の限界を超える経験をしたほうがいいと思います。
30代も後半になると、体も考慮しなきゃいけないし、
もっと頭使って、
同じ結果を出すのでも、
豊かな時間の使い方をして出したいものです。
なんでこうなってしまうのかな・・・
と何となく考えていたのですが、
慣性の法則 が働いて、
自分のニーズの変化に気づいていないんでしょうね。
明日は、このことを少し掘り下げて書いてみたいと思います。
パートナーと過ごしていることなどを
FBに上げるからか、
最近、
30代後半に差し掛かっての
生き方の話題がよく出ます。
私の日々の時間の使い方は
「抜き方」がうまいのだとか。
私のパートナーが言っています。
仕事一辺倒で鬱になったり、
趣味や婚活に取組んでも、
その瞬間は精いっぱいやるけど、
仕事に戻ると、また仕事一色の日常になるとか。
こういう人、多そうですね。
20代ならこれでもいいんだろうし、
むしろ寝る間を惜しんで仕事して、
自分の限界を超える経験をしたほうがいいと思います。
30代も後半になると、体も考慮しなきゃいけないし、
もっと頭使って、
同じ結果を出すのでも、
豊かな時間の使い方をして出したいものです。
なんでこうなってしまうのかな・・・
と何となく考えていたのですが、
慣性の法則 が働いて、
自分のニーズの変化に気づいていないんでしょうね。
明日は、このことを少し掘り下げて書いてみたいと思います。
親鸞
小説を読んだのは久しぶりでした。
日暮里の駅の書店でふと手に取った
五木寛之さんの「親鸞」
昨日、読了。
原稿を書いていると、
なぜか文章を読みたくなる性分。
たぶんアウトプットをしていると
インプットしたくなるんでしょうね。
いつものインプットは
アウトプットする前提のもの。
つまり、
講師で話すときの参考に、
原稿を書くときの参考に
こんなことを思いながらインプットをしています。
今回の「親鸞」も純粋にエンターテイメントとして読みました。
こういった楽しむ読書は、久しぶりでした。
内容はすごく面白かった。
友人に比叡山で修業をした僧侶もいるので、
聞いたことがある修行の話なども出てくるし、
大学時代を京都で過ごしたので、土地勘もあるし。
こういった個人的な背景を抜きにしていも、
いろいろなことを感じました。
いま心に残っている一番のことは、
悪人とか、善人とかすっぱり別れることではなくて、
どんな人でも心に闇の部分を持っている。
このことをあらためて考えました。
法然であろうが、親鸞であろうが、
心に闇の部分があった。
こういった人間としての側面を
活き活きと描いている本でした。
でも、こういった書き方の本を
熱心な信者の方が読むとどう感じるのかな?
反感を抱くこともあるだろうし、
親しみを持てる書き方に好感を抱くこともあるだろうし。
詳しい方や、信者の方の
感想を聞いてみたいと思った本でもありました。
今日も人生を、ビジネスを楽しみましょう!
日暮里の駅の書店でふと手に取った
五木寛之さんの「親鸞」
昨日、読了。
原稿を書いていると、
なぜか文章を読みたくなる性分。
たぶんアウトプットをしていると
インプットしたくなるんでしょうね。
いつものインプットは
アウトプットする前提のもの。
つまり、
講師で話すときの参考に、
原稿を書くときの参考に
こんなことを思いながらインプットをしています。
今回の「親鸞」も純粋にエンターテイメントとして読みました。
こういった楽しむ読書は、久しぶりでした。
内容はすごく面白かった。
友人に比叡山で修業をした僧侶もいるので、
聞いたことがある修行の話なども出てくるし、
大学時代を京都で過ごしたので、土地勘もあるし。
こういった個人的な背景を抜きにしていも、
いろいろなことを感じました。
いま心に残っている一番のことは、
悪人とか、善人とかすっぱり別れることではなくて、
どんな人でも心に闇の部分を持っている。
このことをあらためて考えました。
法然であろうが、親鸞であろうが、
心に闇の部分があった。
こういった人間としての側面を
活き活きと描いている本でした。
でも、こういった書き方の本を
熱心な信者の方が読むとどう感じるのかな?
反感を抱くこともあるだろうし、
親しみを持てる書き方に好感を抱くこともあるだろうし。
詳しい方や、信者の方の
感想を聞いてみたいと思った本でもありました。
今日も人生を、ビジネスを楽しみましょう!
なぜ、その目標を達成たいですか?
「あなたの目標はなんですか?」
こう聞かれて、どう答えますか?
昨夜はある経営者の方がこんなことを言っていました。
「自前のオーケストラが演奏をしているなか、
庭のプールに仲間たちに担がれて投げ込まれる」
これが目標だそうです。
いいですよね、
鮮明なゴールイメージで第3者も光景が目に浮かびます。
その方は、お付き合いしている女性がいて、
結婚について考えなくもないようですが、
「優先順位の1から5までが仕事」
「仕事のことだけで頭の中がいっぱいになる」
こんなことを目標と一緒に教えてくれました。
こういった
「仕事で何かを成し遂げるために、仕事だけに没頭する」
という価値観、考え方、非常によくわかります。
2010年までの私もそうでした。
私の目標は以前も、今も変わりません。
『世界8か所に、人材開発のプラットフォームを創る』
これが私の目標です。
(この詳細はここでは割愛しますね)
しかし、ふと考える、感じることがありました。
「なぜ、この目標を達成したいと思うんだろう?」
たどり着いたのは、こういったことです。
「時間とお金から解放され、
精神的にも本当に信頼できる人たちと時間を過ごしたい」
から上記の目標を追いかけるんだと整理できました。
子供に「将来どうなりたい?」と聞いたら、
「野球選手!」と答えるかもしれません。
でも、それは厳密に言うと、ウソです。
野球選手になることで、
「友達から注目を集めたい」のかもしれません。
「親から承認されたい」のかも。
「TVに出たりしてちやほやされたい」のかも。
野球選手になることで、
どういった「感情」を満たしたいか、
こっちが重要なのです。
そうすると、いまは野球選手と思っているかもしれないけど、
サッカー選手でもいいかもしれないし、
アナウンサーでもいいのかもしれないのです。
どういった「感情」になりたいかを理解せずに目標だけ追いかけると、
「ほかの目標でもいいかもしれない」
「いや、ほかの目標のほうがいいかもしれない」
「目標の達成の仕方を変えたほうがいいかもしれない」
こういった点に目が向かなくなって
視野が狭くなります。
その結果、目標を達成しても、
自分が欲しかった「感情」を満たすことがなく、
「こんなはずじゃなかった」となります。
大切なのは目標そのものではなく、
それを達成したときに、
「どういった感情を得たいのか」
「どういった気持ちになりたいのか」です。
人は欲求を満たすために生きています。
どういった欲求を満たしたいか?
「感情」にフォーカスをしたら、
選択肢が広がります。
目標にも、手段にも広がりが出て、
よりトータルライフで人生を楽しめますよ。
こう聞かれて、どう答えますか?
昨夜はある経営者の方がこんなことを言っていました。
「自前のオーケストラが演奏をしているなか、
庭のプールに仲間たちに担がれて投げ込まれる」
これが目標だそうです。
いいですよね、
鮮明なゴールイメージで第3者も光景が目に浮かびます。
その方は、お付き合いしている女性がいて、
結婚について考えなくもないようですが、
「優先順位の1から5までが仕事」
「仕事のことだけで頭の中がいっぱいになる」
こんなことを目標と一緒に教えてくれました。
こういった
「仕事で何かを成し遂げるために、仕事だけに没頭する」
という価値観、考え方、非常によくわかります。
2010年までの私もそうでした。
私の目標は以前も、今も変わりません。
『世界8か所に、人材開発のプラットフォームを創る』
これが私の目標です。
(この詳細はここでは割愛しますね)
しかし、ふと考える、感じることがありました。
「なぜ、この目標を達成したいと思うんだろう?」
たどり着いたのは、こういったことです。
「時間とお金から解放され、
精神的にも本当に信頼できる人たちと時間を過ごしたい」
から上記の目標を追いかけるんだと整理できました。
子供に「将来どうなりたい?」と聞いたら、
「野球選手!」と答えるかもしれません。
でも、それは厳密に言うと、ウソです。
野球選手になることで、
「友達から注目を集めたい」のかもしれません。
「親から承認されたい」のかも。
「TVに出たりしてちやほやされたい」のかも。
野球選手になることで、
どういった「感情」を満たしたいか、
こっちが重要なのです。
そうすると、いまは野球選手と思っているかもしれないけど、
サッカー選手でもいいかもしれないし、
アナウンサーでもいいのかもしれないのです。
どういった「感情」になりたいかを理解せずに目標だけ追いかけると、
「ほかの目標でもいいかもしれない」
「いや、ほかの目標のほうがいいかもしれない」
「目標の達成の仕方を変えたほうがいいかもしれない」
こういった点に目が向かなくなって
視野が狭くなります。
その結果、目標を達成しても、
自分が欲しかった「感情」を満たすことがなく、
「こんなはずじゃなかった」となります。
大切なのは目標そのものではなく、
それを達成したときに、
「どういった感情を得たいのか」
「どういった気持ちになりたいのか」です。
人は欲求を満たすために生きています。
どういった欲求を満たしたいか?
「感情」にフォーカスをしたら、
選択肢が広がります。
目標にも、手段にも広がりが出て、
よりトータルライフで人生を楽しめますよ。