王者の思考に迫った著書『勝ちスイッチ』から、その一部を紹介する短期連載。最終回は、井上はどう「第2ラウンド」を戦っているのか? ----------
1分間での作戦会議
たかが60秒、されど60秒。3分1ラウンドで進行するボクシングには、ラウンドとラウンドの間にインターバルと呼ばれる1分間の休憩がある。
コーナーに戻って出された椅子に座ると、F1のピットインのように、その限られた1分間で、スタッフが四方から総出で緊急メンテナンスを行ってくれる。
タオルで汗を拭き、 うがい、水分補給、取れたワセリンの塗り直し、もし被弾して顔が腫れていれば、特製の冷却器具や氷嚢で患部を急冷し、もしカットでもしていれば、血をぬぐい、 コミッショナーの許可を得た薬を塗り込んで止血作業をする。
そして最も重要なのが、この1分間での作戦会議である。
コーナーに戻るとチーフトレーナーの父が真正面に座り、トランクスを緩めながら深呼吸をして呼吸を整える。全身に溜まった乳酸を消し体力を回復させると 同時にアドバイスが飛ぶ。
たいていの場合、冷静に、その一言一言が頭に入る。
「集中しろ」
ここ最近は、早期KOが多いため、インターバルの時間が少なくてあまり思い出せないでいるのだが、メンタル面の話が多い。
もしラウンドを戦うとすれば、11回のインターバルがある。実は、僕は1ラウンドが終わった後の最初の1分間のインターバルが大嫌いだ。ある種の恐怖感に襲われる。
なぜならボクシングで最も怖いラウンドが2ラウンドなのである。
1ラウンドで、互いの手の内がわかる。1ラウンドでは、五感をフル活動させて情報を収集。スピード、パンチ力、間合い、ステップなどを察知して、猛烈なスピードで、それらの情報を処理して対策を練らねばならない。
その察知と 情報処理のスピードと内容に最近、磨きがかかってきたが、実は、その作業は、僕だけでなく、相手も同じことをしているのだ。
情報処理を行った上で、戦法を変えてくる選手がいる。1ラウンドは、ある意味、互いに手の内を探っているから気持ちは楽。だが、井上尚弥を経験し、感じた相手が、2ラウンド目から、どう出てくるのかを考えるだけで、心拍数が上がる。
1ラウンド目と、何ひとつ変わっていない選手に不安はないが、スタイルを変えてくるボクサーは厄介である。そういうボクサーは何かを持っているのだ。外から見るとわかりにくいだろうが、気持ちの強め方、弱め方も拳を交えると感じるものなのである。
2ラウンドには魔物が棲んでいる
2ラウンドには魔物が棲んでいる。
あのグラスゴーのWBSS準決勝のロドリゲス戦では、コーナーに戻ると父が、「相手のパンチは大丈夫か?」と聞いてきた。「大丈夫、それほどない」。そう返答すると、父は、続いて「リラックスしていこうよ」とアドバイスをくれた。
1ラウンドは、ロドリゲスがプレスをかけてきた。ジャブの差し合いでは、何発か〝先の先〟をとられ、カウンターは、互いに空振りになった。それでも「技術で勝負したとしても負けない」「これなら倒せる」という自己分析があった。
ただ1ラウンドは動きが堅すぎた。父の言葉通り、ここで、1回、リセットしようと、2ラウンドの戦術変更を決めたのである。
ボクシングにおいてリラックスを誘導する動きは、「体を振る」「足を動かす」である。
2ラウンドに入ると、僕は重心を下げ、膝をリラックスさせ前後にステップワークを使った。重心を下げることで前進を止め、前後に足を使うことで、1ラウンドにあった接近戦を避けて自分の距離をキープしたかったのである。
だが、2ラウンドのロドリゲスは何も変わっていなかった。おそらく、1ラウンドの攻防では、自分が優勢だと判断して、「このままいけば大丈夫」とでも考えたのだろう。実際、ロドリゲスはプレスを効かせてきた。だが、僕からすれば1ラウンドは様子見だった。
こちら側からボクシングをガラッと変えたのである。
至近距離で右ボディから内側からねじこむようにして打った左のショート。フックではなくストレートだ。距離がドンピシャで合った一撃にプエルトリコ人はキャンバスに転がった。
現状維持の方針で何も変えなかったロドリゲスと、変わることを決断した自分。あのわずか1分間のインターバルが勝敗を分けたのかもしれなかった。
60秒間の駆け引きが勝敗を決める
その恐怖の2ラウンドにボクシングを変えてきたボクサーもいた。
アメリカ初上陸となった2017年9月に「SUPERFLY1」で戦ったアントニオ・ニ エベス(米国)は、2ラウンドに入ると、1ラウンドの好戦的なボクシングが嘘のように逃げに徹した。ニエベスが感じた僕の評価への答えがそれだったのかもしれないが、初参戦となる米国でインパクトを残したかった僕からすれば、その変更は願い下げだった。
結局、6ラウンド終了後にギブアップさせたが、守りに徹した相手を劇的にKOするのは難しいのである。
2016年の年末に戦った河野公平さんも2ラウンドからボクシングが変わった一人だった。
技術的に何かをチェンジさせたのではなく、「絶対に下がらないぞ!」という決意の強さがボクシングに現れ、さらに強くなった意志が伝わってきた。河野さんも6ラウンドに仕留めたが、その心意気が嬉しかった。
60秒間の駆け引き......つくづくボクシングはメンタルスポーツなのだと思い知らされる。
…2ラウンドには魔物が棲んでいる
なるほど
変えてくる相手は何かを持っている…か
こういう話はやはり本人の口からしか聞けませんね
で、あと、井上尚弥選手が嬉しかった、と言った相手こそは、だいすきなボクサー、河野公平さんでした
技術的な作戦変更ではなく、闘いの気概のギアチェンジ、不退転の、その決死の覚悟…
ええ話やったぁ
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