仕事で常磐道を走っていた。途中、早朝だったのだがお腹がすいてサービスエリアに…。
水戸の方だったので、納豆定食を食べた。約束の時間にはまだ「間」があった。
タバコを一服。
…ん。
腹が痛くなってきた。トイレに駆け込む。
便器を跨いで腰をおろし、用をたす。
『なんてこった』
…ん?
『なんてこった』
読み直す。ただ一言、個室の内壁に、それも視線の高さで、その一言は書かれていた。
どこかの誰かが、こうして便座に腰かけ、シャーペンでこの「一言」を壁に書き込んだのだ。
…一体、どうしたっていうのだろうか?
想像するに、「良い」出来事ではなく、「悪い」出来事、あるいはなんらかのアクシデントを抱えた男の呟きであることに間違いないのだ。
先の見えない『彼』の心の声だ。
仕事の失敗? …交渉ミス、契約の失敗、アポ忘れ…いろいろあるよな。
恋人との不一致…いや、「なんてこった」だから、浮気された可能性もあるが、バレた可能性のほうが高いのではないか?…と言うのも、「なんてこった」の一言には自虐的な何かが感じられるし、仮に浮気をされたにしても、この一言が真っ先に頭に浮かび、そこに書き記さねば気がすまなかったとするならば、自分の中に『原因』があることを認めているように僕には感じられた。
なんてこった…、声に出さずに、唇を動かしてみる。
「人生」そのものへの「後悔」「諦め」「絶望」「虚無感」…がそう呟かせたとするならば…。
腹痛を忘れ、膝を折ったまま、そんなことを想像していた。
しかし、ボクサーってのはどんな風に悔しがるのかな…?
一人になって泣いたりするのかな。壁に頭を打ち付けたり、羽根布団を引き裂いたり、テレビに灰皿を投げつけたり、酒に思いっきり飲まれたり、恋人に当たったり…。
わからない。
…最近負けた王者を思い起こす。
日本スーパーバンタム級王者 中島吉兼 V4?防衛失敗…
OPBFバンタム級王者 鳥海純 初防衛失敗…
OPBFライトフライ級王者 山口真吾 V?防衛失敗…
日本スーパーバンタム級王者 木村章司 初防衛失敗…
日本ウェルター級王者 湯場忠志 V2防衛失敗
日本ライト級王者 久保田和樹 初防衛失敗…
OPBFウェルター級王者 日高和彦 V2防衛失敗…
OPBFライトフライ級王者 升田貴久 初防衛失敗…
ココ最近、陥落した日本人王者たち…
その後、再起戦を白星で飾った鳥海を除いて、「その後」の動きがあったものは、湯場忠志の世界ランカー・バキロフへの挑戦が内定したくらいか…。
常磐道のサービスエリアのトイレ個室は寒かった。
嗚呼、『なんてこった』…だなんて、まったく『なんてこった』…じゃないか。
負けてさらに『強く』なれる。なれる。なれる。
『人生』に絶望するな。するな。するな。
あきらめるな。あきらめるな。あきらめるな。
早朝のサービスエリアの寒いトイレで、そんなことを考えていた…。
まだ余裕があるはずの約束の時間が気になって、水を流して、その個室を後にした。
御愛読感謝。
つづく