下田昭文、もうすぐ大ブレイク間違いなし。天性の才能は開花するか…? | ボクシング&ロック野郎 higege91の夜明けはまだか?

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下田昭文、この天性のセンスは花開くか?

…この、「悪童顔」のスーパーバンタムの新星、その名を『下田昭文』という。戦績は11戦11勝7KO。先日の西岡利晃の対ローレンテ戦でセミファイナルを勤めた選手だ。運動不足解消のために(…本当かな?)入った帝拳ジムでその抜群のセンスと度胸を認められ、これから最も期待される無敗の左ボクサータイプのA級ボクサーだ。

 僕は3度彼の試合を観た。はじめの2回はG+(スカパー)のダイナミックグローブで、前回の試合を後楽園で観た。先ず、そのイカにも「悪童的」な憎たらしい表情に最初嫌悪感を抱いた。ヤナ感じだ、神聖なリングを何だと思ってるのじゃ…、負けちまえ…、などと思いながらテレビの前で観戦した。しかし、その彼の持つスピードと勘は一般選手の数段上を行っているような気がした。早い、鋭い、むむむ…、であった。たしか、前々回は日本人選手相手に完璧なアウトボクシングで5R前後にTKOに下していた(…対戦相手が入場でマスクを被って登場した覚えがある)。

そして、前回、9・10では、タイの同級王者、デッチシャム・ルークフォーダムを判定8回判定で下した。その試合は非常に興味深いものであった。

 下田は敵を「挑発」する。顎を突き出し、にらめっこのような「変な顔」を作る。相手がカッとなって「大振り」を誘う。そして、的確に、鋭く、ステップインとステップアウトのリズムよろしく、スパスパと伸びる右ジャブを打ち込んでいく。遠距離から至近距離への素早さがその最大の武器である。それを可能にしている彼の運動神経と「ボクシングセンス」は圧倒的である。観たことがない。重いパンチではないが、キレのあるジャブからコンビネーションを回転の速い連打でまとめ、相手が打ち返そうと腕を引いたときには、もう下田はそこにいない。その大きな空振りを機に再び距離を操り、スパスパと打ち込んでゆく。1撃必殺はないが、ダメージを蓄積させての「速攻連打」でKOを築いてきたのであろう。


 そして、前回の試合でのこぼれ話だ。それは彼の性格、人柄を表すエピソードなのでここに記す。

R1、開始早々、下田は相手を挑発、「志村けん」張りの小憎らしい顔を作り、右腕を振り上げる。敵は同じ階級でもリーチも背丈もない相手。…しかし、まごうことなくタイの現王者である。下田はサウスポー。左拳を顎先に据え、右手を下げて敵の出方を見る。そして、下から「フリッカー」気味にジャブを突く。距離を測り、敵に自分の間合いを崩させない。それは「西岡利晃」と同じ構えだ。そして、敵が痺れを切らせ、飛び込んできたところに左を合わせる。鋭く踏み込む。試合は下田のペースで推移…、と、ここでリングサイドの初老のおじさんが叫んだ。

「下田ぁ、なんで、右ガード上げないんだよぉ!!」

ボクシング開場というものは、R1の立ち上がりは観客も静かなものである。対峙した2人のボクサーの相性や質、今後の試合展開を占おうと、観客は気を張って息を呑むものだ。その親父の声は思い切り響いた。小さな後楽園ホールで、しかもリングサイド席から…。セコンドよりも大きな声で叫ばれればその声が届かないわけがない。

R1終了。僕は南側の客席からの観戦だったが、そのおじさんを特定できた。ああいううるさい人がいるから生観戦が楽しいのも事実である。下田の巧者ぶりが際立ったR1であった。

R2、おじさんが再び叫ぶ。

「どうしてなんだよぉ!!…なんで右下げてんだよぉ…!!」

流石に僕も気になってきた。リングの上の下田はもっと気になるだろうなぁ…。しかし、敵に自分の距離を壊させないボクシングスタイルが信条であり、実際、敵のパンチは下田には届かない。下田は自分のボクシングを展開している。観客も「危なっかしい」印象は持っていないし、それがセオリー的に異端であろうと、彼がそのスタイルを選択する以上、それが正しい。…が、おじさんは納得いかない。気に入らないのだ。

「なんで何だよぉ、下田ぁ、どうして右ガードしないんだよぉ!!」

しつこい。観客も徐々にそのおじさんが気になってくる。下田はどうだろう?集中が切れなければいいなぁ。

「しもだぁーぁ!!、右ガード上げてくれよぉ!!」

おじさんにはどうしても気に入らないのだ。しかし、試合はおじさんの不安をよそに、下田のペースで進んで行く。3R、4R、5R…と、下田のフルマークペースだ。途中、連打をまとめての攻撃もあったし、これはKOも期待できそう…って展開である。

「しもだぁ!!、なんでなんだぉ、右、ガードしてくれよぉ!!」

おじさんは各ラウンド『右ガード』を叫び続けた。観客はちょっと「うるさい」と感じていたはずだ。しかし、納得のいかないおじさんであった。下田が圧倒的な優勢で試合を進めていても、おじさんは「不安」だったのだろう。「気に入らなかった」のだろう。これほどシツコイ『野次』というか、『声援』はあまり見た事がなかった。

「あああ、しもだぁ、右ガードあげろよぉ…!!」

…と、リング上の下田が客席を一瞬振り返った。そして、グローブを差し出し、「わかったから、たのむからもう言わないでくれ…」と苦笑いをかみ殺し、ジェスチャーを示した。これには観客も苦笑した。ずっと聞こえてたんだなぁ、集中しなくちゃいけない試合の真っ最中に、あれだけシツコク「右ガード」のこと言われちゃぁなぁ…。しかし、『冗談の通じる男』的な懐の深さを垣間見せてくれた一瞬の『出来事』であった。

 …で、僕は下田昭文のファンになったわけだ。『プロ』にもいろいろあるが、観客からなにを言われようと堪えるのが『プロ』である。ファイトを売っているわけだから、それが気に入らなければなにを言われても仕方ない(もちろん倫理的に許されないものは別として…)。しかし、下田の「俺が悪かった、もうわかったよ、でも、今戦ってるから、集中させてよ、頼むから…」的なあのジェスチャーは『たまらない』思い出となった。いい場面だった。テレビではどう映っているのだろうか?後でチェックしたい。さすがに、この後おじさんは『右ガード』と叫ばなくなった…。

 …さて、後半はややスタミナが切れた下田は精彩を欠き、KOを獲ろうと焦りばかりが目立ち、危険なパンチも貰う場面も多かった下田であったが、3-0の判定勝利をモノにした。スタミナに難はあるものの、アレだけ足を使ってボクシングをすれば無理もなかろう…とも感じたが、タイトルを取るには最低10R自分のペースで身体を動かせるスタミナが必要であろう…。

 

 さて、その下田昭文が、あのアルツロ・ガッティを破って3階級制覇を果たした『フロイド・メイウェザー』の合宿に参加すると言う。天才・メイウェザーのトレーナーが下田のビデオを見て、是非、自分でコーチしたいと申し出たそうなのだ。…凄いニュースである。世界のボクシングを体感できる幸福に与った下田昭文。その才能は西岡利晃級とも思われる。パンチがもっと重くなって、このスピードを維持できるスタミナを身につけたらかなり強い。間違いなく強い。これだけ「打たせずに打つ」を実践しようとするボクサー、…というか、体現しかけているボクサーは日本にはあまりいない。期待度Aである。

 …で、この日、メインで登場した西岡利晃もサウスポーで、右手を下げて試合を展開。しかし、おじさんはもう叫ばなかった。西岡は気にならなくて、下田は気になったのだ。

 

 …右ガード。ボクシングファンは、観客も面白い。


つづく