13日は迎え盆です。盆を迎える前に、墓所の掃除がてらお参りをしておくことにしました。行く先は嶺霊園のにあるユキ子さんの生家、定方家の墓、ユキ子さんの師匠の吉啓師が眠る並木家の墓地、それと、亀泉霊園にある私の生家、佐藤家の墓、ユキ子さんの母さんの生家、神宮家の墓の四か所です。まずは赤城山の山麓台地上にある嶺霊園へ。


定方家の墓です。ユキ子さんの父さん、一緒に暮らしたユキ子さんの伯母の二代目吉駒、祖母の初代吉駒が眠っています。草取りと掃除をしてからお参りしてきました。吉啓師の並木家の墓地にもお参りして…


家を出るときは晴れていたのですが、お参りを済ませるころには空の雲が増えてきていました。台風15号が迫って来ていて、天気予報では午後1時過ぎには一雨ということでした。それで、早くに出てきたんです。

 


嶺霊園から亀泉霊園へは山麓台地を下ります。途中、前橋の街が眼下に見えていました。その向こうに見える山並みは甘楽と多野の山々です。

 


佐藤家の墓所、きれいになってました。あとでわかったことなのですが、私が行く前に姉さんが来てお掃除してくれたということでした。ありがとうございます。私の父と母には「戒名」がありません。「戒名なんかいらん。葬儀もするな。墓は利根河原から拾ってきた石でよい」、父はそう言い残して旅立ちました。


言われた通りにしてよいものかどうか案じて、父が親しくしていた某宗派の高僧に相談したのです。そしたら、「戒名は言われた通りにしてよいでしょう、葬儀もしなくてよいけど、お父さんとお別れをしたいという人がたくさんいるはずですから、お別れ会をしなさい。それから、墓石は河原石ではいけません。周りを見渡して、ほどほどのお墓を作りなさい」と助言をいただきました。私は、僧の助言に従って、父を送りました。墓参りするたびに思い出しています。

 


家に帰ると、COCOが出迎えてくれました。珍しく、朝からユキ子さんと一緒に出掛けたので、どこへ出かけていたのか、心配していたみたいです。午後は雨が降るとの予報でしたので、出かけずに家にいたのですが、雨は降りませんでした。

 


午後4時過ぎに外へ出て見たら、赤城山が夕陽を浴びていました。まるで秋の風景ですが、鍋割の木々は緑一色でした。


西の空はこんな具合、青空も開いていて、赤城山に夕陽を届けていたのです。


広瀬川の流れも、まだ警報も何も発令されていませんのでいつも通りです。大雨の危険があると、制水門が閉じられ、流れが減るか止まるかします。台風が近づいていることは確かなことですから。

 


夕食のおかずは、豚肉のワイン煮です。ブタのもも肉を赤ワインで煮込んで、タマネギとトマト水煮を加えて煮込んだものです。付け合わせは、ニンジン、エリンギ、ホウレンソウです。柔らかくおいしく煮えていました。


副菜は野菜の盛り合わせです。レタス、トマト、キュウリ、オリーブの実のサラダと、黄色と赤のパプリカ、白ゴーヤとベーコンを実山椒を漬け込んだオリーブオイルで炒めたのです。実山椒入りのオリーブオイルは有砂順子さんにいただきました。


ユキ子さんと母さんの分です。「風が強くなってきたね、雨降り出すかな…」って心配げな顔してユキ子さんは母さんちへ運んで行きました。


<今夜は台風が来るんだって、それでヒゲがさ、「COCOは寝ないで番してろ」っていうんだけどさ、絶対無理だいね…>。COCOはしっかり寝てました。寝ているうちに台風は通り過ぎて、目覚めたときには岐阜のほうまで行っていました。でも、今日は雨が降り続くという予報です。

 

 ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が創設し、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主宰しております。毎年4月に、舞踊会を開催しております。今年も4月5日に82回目を開催することができました。来春には、83回目を予定しております。こうして回を重ねることができますのも支えてくださる皆様のおかげと、ただただ有り難く感謝申し上げるばかりです。


第82回美登利会と第7回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。

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お稽古場は前橋市城東町、三代目吉駒をご紹介しますのでさいこちらをご覧ください。