
朝、Оさんが家で採れたアンズを届けてくれました。嬉しいですね、ごちそうさまです。陽を浴びたのかな、紅色に染まっていました。

10時半、NiiSへ向かってネオンライム号のペダルを踏みました。風が吹いていました。北寄りの強い風でした。通り抜けた前橋公園の広場には人影はありませんでした。梢が鳴る音だけが騒がしく聞こえていました。7年前、食道がんの術前治療と手術を組み合わせた治療を受けました。治療すれば5年後生存率は50%ほどに向上すると説明されました。そして、7年過ぎてもまだ生きています。

中央大橋で利根川を渡りました。風の中で7年前のことを思い出していました。。「連休明けには退院できますよ…」って言われて、4月21日にがんになった食道を切除する手術を受けました。でも、縫合不正という副反応に見舞われ、喉と胃袋の接合部がうまく繋がらなかったんです。そいで、7月まで前橋赤十字病院での病室暮らしが続きました。

河原を見下ろすと、低い木々が北風に大きく揺れていました。入院が長引いたことは、理由も理解でき、居心地もとても良く苦痛ではなかったのですが、すごく悩ましいことがありました。それは体重の減少、10㎏以上減っちまったのです。しかも、減少の大半は筋肉だったのです。

病室の鏡に映るほとんど筋肉を失ってしまった腕や胸部を見てたまげました。それと、真っ直ぐ歩くことができない、平衡感覚が全く変わってしまったことに愕然としました。リハビリ担当の理学療法士はとても親切に指導してくれるのですが、保険制度上の制約でリハビリの頻度と時間は制約されています。そこで、知り合いに頼んで理学療法士資格を保有するトレーナーを紹介してもらったのです。それが、NiiSの鈴木拓弥さんでした。7年前の6月、病室の窓から見える朝倉田んぼが麦秋だったころに、鈴木さんは病室を訪ねてくれました。

病院の外科部長とリハビリ担当者の同意を得て、鈴木トレーナーに病室でできる筋力形成のトレーニングを指導してもらいました。病室の壁、手すり、椅子、みんなトレーニングに利用しました。ゴムチューブも使ったのですが、リハビリセンターから借りたのは引きちぎってしまいました。毎日、歩行訓練は毎日2000mほど、筋力とバランスのトレーニングは毎日1時間以上やってました。腸瘻で栄養供給を受けていましたから食事時間は無し、時間は有り余っていました。

七夕がすぎてようやく縫合不正が収まり、喉と胃袋が正常につながって口から食物をとることができるようになりました。そいで、7月18日に退院、写真は退院記念に病室で自撮りした写真です。病院のリハビリと鈴木トレーナー指導の病室トレーニングの成果、私の見た目は見違えるほど良化していました。

退院後も、毎週2回、NiiSの鈴木トレーナーの指導でトレーニングを続けています。体幹バランスが狂って乗れなかったクロスバイクにも半年後には乗れるようになりました。そして、1ヶ月ほどで40㎞は楽に走れるようになりました。腕や、胸の筋肉もずいぶんついてくれました。

国立がん研究センターのHPに掲載されている『身体活動量とがん罹患の関係について』という論文があります。この論文では、「身体活動量の多い人はがん罹患の危険性が低くなる」と結論しています。私には、がんの再発や転移の可能性が否定できません。ですからどうしたら危険性を低くできるのかが大事なんです。その一つがトレーニングの継続と自転車でした。とにかく「身体活動量を多くする」ことを目標に生活しています。(ジムと鈴木拓弥さんの写真はNiiSのHPからお借りしました。)

ジムの前を流れる滝川、古市堰の可動堰が立ち上がって取水が始まっていました。下流の田んぼで田植えが始まっているのですね。

堰の上の貯水、水面に北風文様を描いていました。手術後の私が、再びがんになる危険性を減らすためにやっていることは三つです。「身体活動量を多くする」ことのほかに、二つのことをやっています。それは、「感染症の予防を徹底する」ことと、「きちんとした食生活をする」ことです。

石倉町の自動車整備工場、昨日は親子ネコの姿はなく、一人で飯食っている猫がいました。「感染症の予防の徹底」は、手洗い・うがい等は当たり前のことで、やっているのは人混みに行かないことです。電車やバス等の公共交通機関は利用しません、だから旅行はしません。映画館や劇場へは行きません、集会やイベントも避け、楽しみは一人遊びにしました。スーパー等での買い物は開店時間、空いてるときが狙いです。結果、この7年間、インフルエンザには罹患してません。

前橋駅前まで来たら、雨粒が少しだけ落ちてきました。傘さすほどでもと思って見たら、傘さしている人がいました。がん罹患の危険性を減らすために、三つの決め事をとにかく徹底遵守し、これくらい大丈夫だろうってのは考えないことにしています。だめはダメで暮らしてます。

昨日の昼食は冷たいうどんにしました。うどんは富士見町の石田製麺工場の「太うどん」(乾麺90g)、トッピングはスクランブルエッグ(鶏卵2個)、茹でナス(1本)、細切り胡瓜(1本)、春菊、梅酢ショウガです。かけ汁は麺つゆ(自家製)+ポン酢(自家製)+ゴマ油+刻みネギです。「きちんとした食生活」の基本は、可能な限り自分で自分の食べたいものを作る、できるだけたくさんの食材を使う、野菜は1日10種以上+海藻とする、ってなことをやってます。

昨日の夕食のおかず、主菜は魚のスズキのから揚げ、サヤインゲンとピーマンの素揚げ、刻みレタスがお供です。毎週二日は魚メインの夕食となるよう努力しています。

副菜は、ネギとベーコンの酢味噌和え、モロヘイヤのおひたし、人参、キュウリ、ラディッシュ、オクラ、レタスのゴママヨネーズ和えでした。

ユキ子さんが母さんちへ運んで一緒に食べたおかずです。汁は春菊とアオサです。これで、食材は13品、魚と肉が2品、野菜が10品、海藻1品、それにゴマと削り節が使われています。96歳のユキ子さんの母さんも私に付き合って食べてくれています。

夕食の支度にかかる前に、城東町3丁目の五十嵐皮膚科医院に背中の湿疹の具合を見てもらいに行きました。「良くなってますよ、薬出しますけど、かゆみを感じたときだけ使ってください」とのことでした。赤城山の上には積乱雲が沸き立っていましたので、夕立あるかなと思ってたのですが、降りませんでした。
主治医や鈴木トレーナーはじめたくさんの人に助けられて生き続けているのですから、自分でできることはちゃんとして、ちゃんとすることを楽しむ暮らしをやっています。鈴木トレーナーと出会って7年、あと何年いっしょできるかな…
ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が創設し、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主宰しております。毎年4月に、舞踊会を開催しております。今年も4月5日に82回目を開催することができました。こうして回を重ねることができますのも支えてくださる皆様のおかげと、ただただ有り難く感謝申し上げるばかりです。
第82回美登利会と第7回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。
第81回美登利会と第6回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください。
第80回美登利会と第5回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください。
第79回美登利会と第4回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。
お稽古場は前橋市城東町、三代目吉駒をご紹介しますのでこちらをご覧ください