平成大橋の下流側歩道で利根川を渡りました。流れの上を一羽のアオサギが悠々と翔んでいました。高崎の日高町までコーヒー豆買いに、ネオンライム号のペダルを踏んだんです。


流れの際の石の上にはカワウの群れが羽を休めていました。曇り空、弱い東の風、10時半の気温は21℃、自転車で走るのにはとても良い状況でした。

 


滝川沿いを箱田町へ向かいました。下流で田植えが始まっているみたい、水嵩はずいぶん上がっていました。歌を思い出していました。

 病葉を きょうも浮かべて 街の谷 川は流れる

私が高校生のときの、中曽根美樹が唄った歌、作詞は横井弘です。


  ささやかな 望み破れて 哀しみに 染まる瞳に
高校2年のとき、音楽の教師からレコード鑑賞の選曲を命じられました。選んだのが、ストラヴィンスキー『火の鳥』と、この『川は流れる』でした。遠い記憶です。

 


箱田町を抜けて高崎市に入ると染谷川の岸を走りました。カオルさんの話では、詩人の伊藤信吉さんも『川は流れる』を気に入っていたって話でした。

   人の世の 塵にまみれて なお生きる 水をみつめて
川を見ているのが好きになったのはいつごろからかな、今では毎日のように川の流れを見ています。

 

 
染谷川沿いの菜園に人参の花が咲いていました。白い小花がたくさん集まった半球状の集合花にはアリが群れていました。目的の店について注文しようとしたら気づきました。そして、「財布忘れてきました、出直します」。店の主はきょとんとしていました。

 


家への戻りはわき目も振らずにペダルを踏みました。利根川は南部大橋の上流側の歩道で渡りました。往きに渡った平成大橋の白い塔が見えていました。


家に帰って水を一杯、ブドウ糖のタブレットを3個しゃぶって、トイレをすませて、またネオンライム号のペダルを踏みました。もちろん財布を持ってです。わが家の木塀から伸び出した萩の枝にも花が咲いています。

 


再出発は広瀬川の十六本堰を眺めながらになりました。

   嘆くまい 明日は明るく
再び『川は流れる』を口ずさんでいました。

 


今度は南部大橋の下流側の歩道で利根川を渡りました。この橋の直下は、ちょっとした瀬になっています。


流れの際に白い花が枝垂れて咲いていました。遠くてよく分からないのですが、たぶんノイバラだと思います。南部大橋から、上新田町を抜けて東小学校の方へ向かいました。

 


後家町あたりではもう田植え
を終えた田んぼに出会いました。


東小学校と東公民館の間を流れる滝川です。前橋の西のほうなのに東小学校とか東公民館とかいうのは、この地が昔、『群馬郡東村』だったからなんでそうです。

 


買い物は日高町の『BROWN WORKS COFFEE』でコーヒー豆と焼き菓子を買うことだったんです。二度目は財布もってたので、コーヒー豆3種(エチオピア、マンデリン、マウンテンブレンド)と焼き菓子が買えました。


「大変でしたね」、「たいしたことないです、8kmほどですから」、「はちキロ?」、「ええ、だから2往復で32kmほどですから…」、「すごい…」、と店主をたまげさせて帰ってきました。

 


二度目の帰路は江田町に出て新前橋から利根橋の上流側を渡ってきました。利根川の四つの風景をながめ、走行距離は33kmになってました。


そうそう、江田町へ出る前あたりでケムリノキに出会いました。このモクモクしているのは、花ではなく、花が咲き終わった後に「花托」が伸びてそれに毛が密生するので煙のように見えるんだって。何のためなのかな…

 


家に帰って一休みしてから、スパゲティーで遅い昼食。いただきもののトマト使って、ベーコンとピーマンのスパゲティーとなりました。おいしくできました。

 


<コーヒー屋の主人をたまげさせて喜んでいるジジイなんてロクなもんじゃねえやいね。でも、昨日は調子よかったらしくご機嫌でさ、夕食も真面目に作ってた…>

 


夕食はマタケご飯を炊きました。米はもち米とうるち米を半々にして、マタケと油揚げを薄味に煮て、土鍋で炊きおこわ風に炊きました。マタケは柔らかいところを細かく刻んで使いました。おいしいですね。汁はトマトと万能ネギです。

 
主菜はアジの柚庵焼、マタケ、ズッキーニ、ピーマンを焼いて添えました。副菜はトマトのチーズ焼き、それと、ワカメ、オカヒジキ、モヤシ、小梅のサラダでした。アジの柚庵焼、優しい味にできました。


ユキ子さんと母さんの分です。前日がちょいと手抜き気味だったので、きちんと手をかけて作りました。やっぱ手をかけるといいですね。
ユキ子さんが夕食持って出かけたときにはもう雨が降っていましたけど、今朝は大したことないみたいです。NiiSのトレーニングは自転車で行ってきます。

 

 ヒゲじいさんの連れ合いの三代目若柳吉駒でございます。
1937年(昭和12年)に祖母の初代吉駒が創設し、伯母の二代目吉駒から私に引き継がれた美登利会を主宰しております。毎年4月に、舞踊会を開催しております。今年も4月5日に82回目を開催することができました。こうして回を重ねることができますのも支えてくださる皆様のおかげと、ただただ有り難く感謝申し上げるばかりです。
第82回美登利会と第7回三代目吉駒リサイタルはこちらでご覧ください。

第81回美登利会と第6回三代目吉駒リサイタルはこちらをご覧ください
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お稽古場は前橋市城東町、三代目吉駒をご紹介しますのでこちらをご覧ください