この期は自分の誕生日にどの地で幸せに迎えられるかを重点的に考えており、1年でとても大事な選択が迫られるところでした。

結論から言うと選択は正しかったですし、いい思い出になりました。

10月

#PEXACOA東名阪ツアー~ネコプラパラレル2周年とリレー

本当にどちらもグループのいいところを感じました。

その時2度目の桜井ひかる訪問。この時、すごく猛プッシュしてきたし、この月幾度か行く過程でいつもの僕なら推しになりえないタイプでも真剣に向き合ってくれたので、推し度が上がってきました。

立花りくに僕の誕生日当日りく生誕だから、主役に祝ってもらうの失礼だよとかなんか話してたら

先祝っとくねと1か月前に書いてもらったが、その何気ない行動で実はその日いない可能性というものが浮き彫りになったのかも

ハロウィンに何気に行ったあゆみに次はと言ったら絶対祝うと意気込んでいたが・・・ねえ。

ちなみにこの月に近代麻雀水着祭FreeK陣の仕切り直しがありましたが、コロナ未収束で来春に延期。まあ、その日やったとしても鳥肌立てながら水着の子はって感じでした。

11月

僕がコロナにかかり夏予定だった親戚訪問をこの時期に延期。

その後にサンシャインサカエにふらっと寄る。ここでもBYBBiTをなぜか観るんですが重点はネコプラとジューロック

何かアフターコロナでもかつての気楽にライブを観ることできるスタイルに懐かしさ感じました。

朝倉さゆは特にこの後休業することになったため、思い切って初チェキを踏んでよかったです。あと、篠宮すずねをもって無事ジューロック全メンバーチェキをやり切りました。名古屋でジューロックということは叶えてよかったです。心残りは旧名名古屋市民会館のワンマン行けないことかな。

あ、そういえば碧島ゆりな行ったとき、来週よろしくって言った時、明らかな反応の悪さがあったので。(もうこの時点で来週いないというのを察すことできたはず)
ちなみに栄で観た後はここで泊まりました。大浴場浸かって疲れも取れましたね。

 

日曜日も栄でライブ観るなら断然栄ですけど、次の日どこかへとなると名古屋まで動いておくのも正解かなと思います。

さて、自分の誕生日当日

選んだのはネコプラとPEXACOAが同じ公演。だけで終わらず、よみうりランドのアナフェスとのはしごで最高に濃いリレー。

奇しくもその日は秋吉真衣バータイムもありました。半年前ならそれでラッキーと言っていたと思いますが、6月事件は自分にとっても誤解でないことも誤解として謹慎するというまあ自業自得ですが、それでも本人も僕の誕生日を把握していて祝いたいと思ってその日を11月のバータイムに決めたかわかりませんが、その気持ちだけは受け取りたいと思います。

応えられなかったのは、僕がその場で祝われて同タイミングにいるファンに快く思われないと感じたからです。やっぱ、誕生日で特別扱いをあの地では受ける資格はないからです。

ただ、札幌は来年1月けじめの意味で参戦します。ただ、実1日だけなのでBYBBiTとArcJewel HOKKAIDO最優先にするつもり。

さて選んだ日に一番祝ってほしいと思っていた碧島ゆりなは無期限出演禁止(解雇?)、神崎あゆみも体調不良という名の活動終了により会えずでしたが、やはり、FreeK系のメンバー層の多さがそれをしっかり補ってくれました。

まず、一番は桜井ひかる。前振りもしただけあったのか一番祝ってくれて幸せでしたし、ネコプラのひかる以外の3人も皆すごく祝ってくれてうれしかったです。そのほかにPEXACOAメンバーにも祝ってもらえて。実は鈴音こはるのおめでとうが一番高まったのは内緒です。

カタバンは増田英美・七宮そらの2人ですごくうれしかったし、きれいなイルミの夜と共に素敵な誕生日でした。

僕は来年も桜井ひかる・宮凪りぃさ・増田姉妹の出るところをはしごしてでも行くと思います。

精神面の弱さがありそうな桜井ひかるは卒業という形の終了の心配はありますが、そうならないために適度に応援したいですね。

パラレル終了

さくら・みり・みい・ひかるの4人だけの期間はかなり大変だったと思うけど、すごく彼女たちを強くした期間なんじゃないかなと思いました。

12月

神崎あゆみが私的交流により活動終了。頑張ってほしい人に手紙書くことのバカらしさをすごく痛感させられました。まあ私的交流するようなファンがいるってことはその人以外が言うことなんてムーディ勝山の歌じゃないですけどそういうことですよね。

まあそれは残念ですが、僕ですもん。そんなもんですよとかえって開き直ってます。今は。

とはいっても、あゆみを評価しないということはない。今までの実績でコスプレもインパクト残したり、体操服公演でブルマになった時など頑張っていたことは評価します。残念な終わり方だったけど、もし再起したいのであれば再起すればいいし、この時の過ちを犯さない覚悟だけは持ってくれればいいんじゃないかな。まだ若いんだし。

あ、でも、やり残した宿題チェキや生誕パックの返し(正直言うが10か月も経ってできていない人がいるはほったらかしすぎだとは思う)はしっかりやり切ってけじめをつけることは今後のためにやってほしいと思います。

ちなみに僕の分、返却されていないものはあります。ただ、僕のはどうでもいいし、無理して返させる必要ないというのはスタッフにも言ってあるので、僕以外の人にはしっかり対応してほしいです。

 

奇しくもその直後、トゥーザシャキナベイビーロンリファイトを歌って正式に7人でリスタートするPEXACOAに対して、7人には変な終わり方せず、再び歩みだしてほしいと思えましたね。

あとは月島くるみが「手紙書いてほしい」と軽い感じで言ってきたので

もちろん年内に書きましたさ(くるみ以外数名分もw)。

軽くてもうれしいし、手紙読んだよが次会うときに返ってくればそれで十分。

 

桜井ひかる生誕祭

彼女には自分の誕生日に祝ってもらえて、そこまでの過程で信頼も深めることができたので推し度合いも上がり、生誕祭も行くという域に急浮上した。彼女の生誕祭に対する特別な思い、こだわりは本当に素敵な生誕祭でした

チェキ撮影したところのブース?っていうのかな。あれは並び具合も含めユニバの人気アトラクションみたい(世良あかりさん物販話していた時の話中であった表現)と。

 

本当にスタッフさんも応えてくれたし、ファンもかなり集まってくれた。終わった後後方観たら代アニと思えないくらい埋まっていて驚いたくらい。だから絶対裏切ることだけはしないでね。

とにかく些細なことでこみ上げすぎた12月でした。だめですね。

・ネコプラmom

増田英美の存在が大きかったかな。当然そこに行きつくまでには増田みいを知るというステップもなければ姉妹でなんてならなかった。

26日の物販は楽しく話して何も考えずじゃないな感じでした。その物販を通したから、igniteの増田姉妹が歌う瞬間。その終わった直後のみりのところが吹き飛ぶくらいぶわーってこみ上げてきちゃって。

増田姉妹で歌う瞬間が最高すぎると思う人は僕だけじゃない。姉妹で推してる人は特にそれを感じたと思うんですよね。

英美は本来KATACOTO*BANKとmomの兼任は1か月。期間限定だから受け入れたとのこと。それに加えて学業。ずるずるされそうなのを感じたのかな?すごい本音ぶつかった物販の話だったんです。それを聞いて余計に最後と思ってウルっとしたわけで。

もし1月になっても英美を継続兼任させるなら真剣に向き合って説得すべきと思います。

dela

淡路ゆえ・山咲夢華の2人がラストということで。これが21年最後のライブ現場でした。

曲がりなりにも観なくなった理由がコロナ禍で名古屋行きにくくなった結果でした。

2年ぶりにライブを見て抱いてファンタジアのイントロが流れたとき、ちょっとこみ上げるものが

さくらパンダ広場はコロナと共に消えてしまいました。僕にとってあの地で

そういう時代に戻ることはできないけど、いい楽曲というのは忘れたころに聴いてもいいものはいいと思うんです。

わずか4曲でも本当に止まってた時計を動かした瞬間でした。

特にこの日最後の薔薇薔薇'n Girlは僕が推してた時期の新曲として特にね。

2年前は先輩メンバー全盛だったので、山咲夢華が中心となり、淡路ゆえもすごい序列が上がり、時代の変化感じましたね。

僕がdelaメインの時期は1期・2期・3期全盛で、4期はどちらかというと神田風音1強のイメージでしたからね。

ブログのタイトルの通り、育った地は神奈川県だけど、血統は愛知×静岡なのでdelaはやはりそう簡単に切り離せませんよね。

2年前コロナによって切り離されたけど、もし、コロナが収束していき、withコロナでの楽しみ方が確立すればやっぱり名古屋は定期的に行こうと思ってます。

もしコロナという時代になっていなかったら。今でもdela観ていたと思いますし、FreeK系を推すことはしていなかったと思います。

ただ、ジューロックは行っていたかもですね。

 

といった感じでまとまってない雑文。ギリギリ書き上げました。

 

2022年はどうなるかわかりませんが、とにかく推した人がいなくなるにせよ卒業という形がいいです。

 

この後気にかけた人総括で被ること書くかもだけど、今年はそこそこ動けた1年でよかったです。

あと、生きていられた幸せも感じた1年でした。

 

※あ、劇団BLUESTAXI舞台で矢吹凛さん観れて幸せでした書き忘れてた。来年こそはきちんとお話しできる機会(撮影会とか?)かなうといいな

今年、一番多くの転機となったのはこの期。

7月は秋吉真衣生誕東京。本来はそこにいるつもりでした。

ですが、札幌遠征関連問題で謹慎とした手前、もし、地元の心強い人が上京できずピンチな状況であれば行っていたかもしれませんが、そんな状況にならないことが確定したので謹慎の身分ゆえ自信もっての回避です。

当人が僕いないことを悲しいと思うかもしれないけど、心から楽しめない人がいるほうがせっかくの生誕祭台無しになるでしょう。

とはいえその日に1%でも行ける要素を作れば、抜け道をかいくぐることになる。

だから断ち切る気持ちで同じ日に別公演を決めました。選択した公演1つ目はジューロック×BYBBiTの公演

新宿ジールシアターのエレベーター乗り損ね、真後ろ出演者陣にあたふたしたことで

大丈夫。あれはジューロックじゃなかった。勝手に安心してたら

「エレベーターで・・・」

その出演陣がジューロックであり、加藤真凛だった。あかん。一番見られたらあかん。

皮肉にも同じ北海道でもBYBBiT。そのサクJUMPに喜び、ジューロックだけでも十分でした。

BYBBiT物販はうみさん一人のみでした。赤メンバーくるみは気にはなってたんですが、謎のその一歩が踏み込めないパターンで(結果赤メンバー制覇時の)

が、この公演に行くと間に合う要素があったので、とどめにこの日初めてネコプラパラレルを観ました。

当時は碧島ゆりながいてすごく気になったネコプラパラレル。今回の選択で最も大事だったのはPEXACOAとそう違わない時間のパラレルだったのでいざということで行きました。

ネコプラ楽曲で好きなのがigniteだったんですが、なかなか聴けず(後でわかったが、早い部主体で予定を立てていた結果、自ら聴く機会を逸してただけ)。その日の物販は碧島ゆりなと増田みい2人。

この2人の想定外の話しやすさのおかげで路線転換に。

その後もネコプラ観たりしてこの頃は碧島ゆりないいとか言ってましたね。

片桐みほ生誕。いろんな因縁ありました。ただ、辻梨央・三田のえ加入後のフラドラは変わりました。

素敵な生誕祭を観ることができて幸せでした。会場目の前来て入場をやめた18年、入れた時の感動大きかった19年。彼女の生誕はいろいろな思いをもってやっと、まともに観ることできて幸せ。

 

8月は猛暑で余程の現場でない限りお休みするを決めたのですが、違った形で休業することになりました。

そう、コロナ陽性になっちゃいました。実はこれがきっかけで今でも復帰を躊躇しているのがフラドラの現場です。

コロナ陽性になったことはけっこうカミングアウトしてきたんですが、そのおかげで以降の物販もそこから話題が広がるケースもありました。

たぶん一番変わったのはKATACOTO*BANK七宮そら。

8月はリハビリ兼ねた1戦のみ。当時碧島ゆりなで復帰初戦と考えていたのでそれですごくうれしかったのを覚えています。

もちろん、その頃数か月後ドロンするなんて想像できないわけでして。

 

9月は近代麻雀水着祭でした。

何とか息が切れない状態まで復調して挑めました。

ちなみに2日連続神奈川と越谷往復できる体力ではなく宿泊しました。

守道小粋・山田愛梨が頑張って新規参加したのにどこかやっぱりくれれっ娘現場復帰に対しては

秋吉真衣を撮るときも思い切ったポジションに行くのを躊躇した感じでしたね。

まあ、とどめは2日目の3部でくれれっ娘撮ってる人がスタッフと大モメしていた瞬間会って、あれはマジビビりながら撮りました。いや、本当に怖かったんだ。見た目も。(ちなみにそれもますますくれれっ娘無期限謹慎に前進する要因)

これも皮肉ですが、同じ北海道からフルーティーもやってきてまして、そちらのほうが気楽でした。あとイケてるハーツのみなさま。

本当にくれれっ娘より他をめちゃ撮った印象でした。

楽しませてくれたのは煌めきアンフォレットの穂村さん。

 

9月もネコプラ月1走で。

実はignite聴けない呪縛は続いていて、ignite聴けたら成瀬かおりの初チェキを達成しようと思ったら、終われま10で、だらだら嫌だったので行っちゃいました。その後、初対面の新メンバー桜井ひかるも。彼女でネコプラパラレル全員初チェキ完了というだけで終わったけど、この桜井ひかるが次の期のキーパーソンになるとはこの時知る由もなし。

神崎あゆみ4ループを初めてやりました。この時までは「あゆみと話せて幸せ」と思いましたし、1年観てきて頑張ってるねなんて言っちゃいました。

まさかね…次のQで…。

 

そうですね。くれれっ娘見限り気味になってきた。いや、もう僕の力なんて必要ないと思うので、道内の方頑張ってくださいの気持ちが強くなっちゃいましたね。

コロナにもかかりいろいろありましたが、ネコプラがマイナスを変えてくれました。

年末総括途中でありますが、どうしてもこのことだけは書きたくて書きます。

 

dela

 

コロナが広がる前は、定期的に名古屋に出向いて観に行ったくらいハマってました。

ところがコロナで活動制限だけでなく、県またぎすら厳しい時期に突入した結果、観る機会が自然となくなって立ち消えになりました。

一応関東には来てくれるけど、グラビア班が近代麻雀水着祭やGスタ撮影会で呼ばれたくらいでライブは全く観ることがかないませんでした。

その間にメンバーの卒業もあったり、ハマってた時代一番推してた早見紗英も卒業しました。

本当は彼女の卒業は観に行きたかったですが、コロナ禍で当時ちょうど1年前。名古屋にはジューロックを観に行ってました。その時の選択は間違ってないと思います。

あとは時々山本華子のSHOWROOM配信は観てたりしました。

 

今回2年ぶりにライブを観てきました。

というのも山咲夢華・淡路ゆえが卒業するということできちんと最後の挨拶をしたいと思いました。

早見紗英卒業公演(正確にはさえなるまこふう)を行かなかったのは心残りでした。

 

2年ぶりに観たライブ。

1曲目が抱いてファンタジア。

これはこれでもかというくらい聴いたし、これから始まるライブは多いほうだと僕の中では思っています。

ビキニ大戦

これもよく聴く曲でした。

忘れもしないのが、後方なのに奇跡のサインボールキャッチをした(藤崎舞菜)。

1曲忘れちゃったけど、知っている曲ではあった。

最後が薔薇薔薇'n Girl

これは僕が推してた時代に出た最初の新曲で聴けたことがすごく幸せであったし、山咲夢華センターという時代で観るというのも新鮮。

僕の中でこの曲の主メンバーは当時のレジェンドな先輩たちなので。もちろん22年になればまた新しい人がメインポジになる。

 

4曲とも割と歌って年数経ったものになるが、息長く歌われているという点は素晴らしいと思っています。

 

僕が観ていた2年前からだいぶメンバーは変わりましたが、新時代というのは感じました。

 

この日行った物販メンバー

淡路ゆえ

ひでっちんぐという名前よりも紗英ちゃん推しの人で記憶には残っていた。

実は手紙も書いたことあるメンバー。

それでも2回回って記憶がよみがえってくれてうれしかったです。

グラビアで水着になる機会もあったり、ある意味頑張っていたと思います。

反面、体調面の不安はけっこう多い子だったので、名古屋行ってもゆえに会えないという日は割とあった印象です。

手紙渡そうとした日も渡邊さんが丁寧に受取対応してくれて、

山咲夢華

2年ぶりにふらっと訪問はそりゃあビビるよね。

でも名前出してとっさに思い出したあたりはうれしい限り。

割と東京に出向くメンバーではあったけど、東京ではかなり列並びも苦戦していたし、

4期というとかなりベテラン(つまり僕がdela現場行くより前から頑張ってた人たち)で、その中で残ったラスト。

僕が観ていたころは、複数会場同時刻でメンバー使い分けをしていて、重要度高い現場に主力を送り込むときに、主力になることがあったかな?くらいのうっすら記憶なのでセンターをがっつり張るイメージがほぼなかった印象。

頑張ってね。

 

最後に山咲夢華さん、淡路ゆえさん。今日、最後のライブを迎えていると思います。

今後のお二人の成長・ご活躍を祈願しています。最後に挨拶行けて非常にうれしかったです。

 

山吹萌

実は2年前も淡路ゆえと似たくらい観ていました。ただ、彼女は東京遠征組になることはなかったので、名古屋行ったときに観に行くくらいでした。当時は中学生。なのにトークスキルの高さにびっくりしましたね。

2年ぶりに「変わった名前だから覚えてる」と言われたのは

その前日のFreeKアイドルさんには面白い名前言われまくりましたけどね。。。

それはさておき、彼女のイメージは僕が行ってた頃は一番の後輩なので、物販設営を率先してやっていた印象が強かったです。そんな彼女が、今は序列も上がり、存在感も出てきてうれしい限りです。

藤本南

近代麻雀水着祭でチェキも撮り、撮影もそれなりにしてましたが、ライブ観るのは初めてでした。

一番の先輩ではないけど、キャリアは豊富だと思うので、delaとして頑張ってほしいなと思います。

ちゃんと話せたので次の近代麻雀水着祭(早いって・・・)ではちゃんと面識をもったうえで撮影したいと思います。

※ちゃんと掲載許可も早めに出します。

早川雪乃

本当のはじめましてメンバー。

ただ、交換用で差し出した秋波愛のブロマイドにめちゃ食いついたのが物販訪問前の彼女でした。

事前予習しないで行ったもんだから、どの子ですかとあえて渡邊さんでないスタッフさんに聞いたら、渡邊さんが懇切丁寧に教えてくれました。年齢制限なのですぐ並んだほうがいいですとか、感謝です。

さて、加藤真凛の名前は出す以前に「あいちんのブロマイド」の破壊力が相当で過去のブロマイドをそれとなーく見せました。

にしても、真凛よ。いくらかわいくてもさすがに若すぎる。(ジューロックの若い子たちがかわいそじゃないかw)

 

中村さんが表立たない?現在は、渡邊さんと新たなスタッフさんで設営。

新人メンバーが率先して、物販キットの入ったキャリーを運び、準備するのは今も昔も変わりないというところが良き伝統だなと。
 

2年ぶりに観て、delaまた戻りますかねというと、本当にオミクロン株や第6波。それが拡大しないことが条件ですかね。感染対策注意して名古屋に遠征するが容易になればまた行きたいと思いました。

僕自身がいろんなとこ巡っても小さい時から大きな休みがくると親戚のところへ帰省していたり、愛知にいると血統的な背景から落ち着くんですよね。そこのアイドルでもSKEではなく、delaなのはできてだいぶ経った中で知った新参者に対応良く受け入れてくれた1期生沢井里奈・綾瀬麗奈・秋波愛・早見紗英の影響が大きかったから。

やっぱり浜名湖ファンミーティングに踏み込んだり、アイドルをカメラ撮影することへの道を作った原点でもありますので。

 

あとは渡邊さんがスタッフとしてメンバーを支えているうちはこのグループが崩壊することはないと思います。

現役で推してた当時は僕にも気軽に声かけしてくれて、ファンから親しまれてもいました。

いろんなスタッフを観てきましたが、不動の1位ですね。また渡邊さんにカムバック人物として思い出してもらえたらいいな。

 

実はコロナという要因がなければ、たとえ中村さんが去って、近藤薫さん体制となっても行っていたと思います。

基本、僕が突き放す要素は取り囲むファンというファクターが強いです。いくらメンバーが良くたって入りやすい、入りにくいはファンの空気。

じゃあ、なんでFreeK行ってんねんとなるが。それは最前管理という謎のカテゴリーが独自世界を創生しているだけで、イレギュラーな世界だから。その区画以外なら別に空気悪いわけちゃいますからね。

あとは、#ジューロックの加藤真凛は前世の時、僕がdela現場行っていることを知っているアイドルさん。

その彼女が今は名古屋で活動することになり、物販で時々delaさんと一緒に出てることも話していたことも大きいかな。

 

22年のdela目標

・バレないようにキスをしてを今の子たちがどういうポジでコールなし時代にどういう感じになるのかを知る

・誰推しですか?という答えは「山吹萌」です。

・#ジューロック加藤真凛が気にかける早川雪乃は訪問する。昔のブロマイドを交換しつつ、驚きを。(渡邊イズムを汲んでるスタッフさんに交換のときにボケられてもいいw)

・delaとジューロックと名古屋めしを満喫できるプランが組めるような参戦スタイル。(そこにネコプラやPEXACOA遠征もあればなお良き)