今年、一番多くの転機となったのはこの期。
7月は秋吉真衣生誕東京。本来はそこにいるつもりでした。
ですが、札幌遠征関連問題で謹慎とした手前、もし、地元の心強い人が上京できずピンチな状況であれば行っていたかもしれませんが、そんな状況にならないことが確定したので謹慎の身分ゆえ自信もっての回避です。
当人が僕いないことを悲しいと思うかもしれないけど、心から楽しめない人がいるほうがせっかくの生誕祭台無しになるでしょう。
とはいえその日に1%でも行ける要素を作れば、抜け道をかいくぐることになる。
だから断ち切る気持ちで同じ日に別公演を決めました。選択した公演1つ目はジューロック×BYBBiTの公演
新宿ジールシアターのエレベーター乗り損ね、真後ろ出演者陣にあたふたしたことで
大丈夫。あれはジューロックじゃなかった。勝手に安心してたら
「エレベーターで・・・」
その出演陣がジューロックであり、加藤真凛だった。あかん。一番見られたらあかん。
皮肉にも同じ北海道でもBYBBiT。そのサクJUMPに喜び、ジューロックだけでも十分でした。
BYBBiT物販はうみさん一人のみでした。赤メンバーくるみは気にはなってたんですが、謎のその一歩が踏み込めないパターンで(結果赤メンバー制覇時の)
が、この公演に行くと間に合う要素があったので、とどめにこの日初めてネコプラパラレルを観ました。
当時は碧島ゆりながいてすごく気になったネコプラパラレル。今回の選択で最も大事だったのはPEXACOAとそう違わない時間のパラレルだったのでいざということで行きました。
ネコプラ楽曲で好きなのがigniteだったんですが、なかなか聴けず(後でわかったが、早い部主体で予定を立てていた結果、自ら聴く機会を逸してただけ)。その日の物販は碧島ゆりなと増田みい2人。
この2人の想定外の話しやすさのおかげで路線転換に。
その後もネコプラ観たりしてこの頃は碧島ゆりないいとか言ってましたね。
片桐みほ生誕。いろんな因縁ありました。ただ、辻梨央・三田のえ加入後のフラドラは変わりました。
素敵な生誕祭を観ることができて幸せでした。会場目の前来て入場をやめた18年、入れた時の感動大きかった19年。彼女の生誕はいろいろな思いをもってやっと、まともに観ることできて幸せ。
8月は猛暑で余程の現場でない限りお休みするを決めたのですが、違った形で休業することになりました。
そう、コロナ陽性になっちゃいました。実はこれがきっかけで今でも復帰を躊躇しているのがフラドラの現場です。
コロナ陽性になったことはけっこうカミングアウトしてきたんですが、そのおかげで以降の物販もそこから話題が広がるケースもありました。
たぶん一番変わったのはKATACOTO*BANK七宮そら。
8月はリハビリ兼ねた1戦のみ。当時碧島ゆりなで復帰初戦と考えていたのでそれですごくうれしかったのを覚えています。
もちろん、その頃数か月後ドロンするなんて想像できないわけでして。
9月は近代麻雀水着祭でした。
何とか息が切れない状態まで復調して挑めました。
ちなみに2日連続神奈川と越谷往復できる体力ではなく宿泊しました。
守道小粋・山田愛梨が頑張って新規参加したのにどこかやっぱりくれれっ娘現場復帰に対しては
秋吉真衣を撮るときも思い切ったポジションに行くのを躊躇した感じでしたね。
まあ、とどめは2日目の3部でくれれっ娘撮ってる人がスタッフと大モメしていた瞬間会って、あれはマジビビりながら撮りました。いや、本当に怖かったんだ。見た目も。(ちなみにそれもますますくれれっ娘無期限謹慎に前進する要因)
これも皮肉ですが、同じ北海道からフルーティーもやってきてまして、そちらのほうが気楽でした。あとイケてるハーツのみなさま。
本当にくれれっ娘より他をめちゃ撮った印象でした。
楽しませてくれたのは煌めきアンフォレットの穂村さん。
9月もネコプラ月1走で。
実はignite聴けない呪縛は続いていて、ignite聴けたら成瀬かおりの初チェキを達成しようと思ったら、終われま10で、だらだら嫌だったので行っちゃいました。その後、初対面の新メンバー桜井ひかるも。彼女でネコプラパラレル全員初チェキ完了というだけで終わったけど、この桜井ひかるが次の期のキーパーソンになるとはこの時知る由もなし。
神崎あゆみ4ループを初めてやりました。この時までは「あゆみと話せて幸せ」と思いましたし、1年観てきて頑張ってるねなんて言っちゃいました。
まさかね…次のQで…。
そうですね。くれれっ娘見限り気味になってきた。いや、もう僕の力なんて必要ないと思うので、道内の方頑張ってくださいの気持ちが強くなっちゃいましたね。
コロナにもかかりいろいろありましたが、ネコプラがマイナスを変えてくれました。