
責任を上峯に転嫁し続ける殺人犯、徐裕行。
調べに応じるも調書には署名せず、免罪を主張する上峯憲司。
双方の不自然な主張に検察は不信感を抱いたものの、警察側の捜査が不十分なため、真相に近づくのは困難だった。
それより問題なのは判決日が迫っていることだった。
元東京地検特捜部長の河上和雄弁護士は次のように予測している。
河上和雄「上峯被告が容疑を全面否認し続ける以上、背後関係の解明は望み薄。それだけでなく、徐被告の態度にもまだ疑問は残ります。彼は、妙に度胸がいいんです。何の訓練も無く、衆人環視の中であれだけの殺しができるのか。動機面でも、組の幹部から殺せといわれただけで殺したのが不思議。カネも数万円しかもらっていないようなのに……。上峯被告だけでなく、徐被告も、まだ何かを隠している。完全にしゃべりきっていない、という気がします」
村井事件の背後に隠された闇は依然深く、このまま公判が進めば、両被告の量刑は「求刑は懲役15年、判決は懲役12年程度」(河上和雄)と予想された。
(週刊朝日95年8月11日36項より引用)
●徐被告に懲役15年求刑
10月24日。
殺人と銃刀法違反の罪に問われた徐裕行の第四回公判・論告求刑が東京地裁で行われた。
検察側は「”殺しのプロ”による計算し尽くされた冷酷非道な犯行。人名を軽視する犯罪を鎮圧するためにも厳罰に処すべき」などと述べ、徐裕行に懲役15年を求刑した。
検察は論告で
「暴力団の世界に置ける”箔付け”ともいうべき暴力団の論理により、”ヒットマン”としていとも簡単に人命を犠牲にした。犯行は周到に計画、準備され、確固たる殺意の秘められていたことが浮き彫りになっている」
「地下鉄サリン事件などへの関与も疑われた被害者の口封じになり、一連のオウム事件の真相解明に甚大な影響を与えた」
と、殺意を強調。指示したとされる上峯憲司と責任に差はないとし、犯行を”テロ事件”と断定。
「テロ事件の性格があり、ほう秩序に対する挑戦で強く糾弾されるべきだ」
「綿密な計画のもとに行われた冷酷、かつ非道な犯行で、社会に行われた影響も大きい」
「”殺しのプロ”による計算し尽くされた冷酷非道な犯行。人名を軽視する犯罪を鎮圧するためにも厳罰に処すべき」と述べ、懲役15年を求刑した。
引き続き行われた最終弁論で、弁護側は「犯行を指示された経過は徐被告にも分からず、”鉄砲玉”として利用された。犯行も現場での激情犯で、事前に確定的殺意は無かった」と寛大な判決を求め、
「拒絶できないことを見越して命令した者は卑劣」などと、上峯被告を厳しく非難、「殺してやろうとの認識ではなかった」と主張を繰り返した。
毎日新聞95年10月24日夕刊9面 産経新聞95年10月24日夕刊3面 朝日新聞95年10月24日夕刊14面 東京新聞10月24日夕刊9面
●判決懲役12年
1995年11月13日午前。
ついに東京地裁で徐裕行に対する判決公判が開かれた。

この日、徐はベージュのスウェット姿で出廷。丸刈りだった髪は伸びていた。
安広裁判長「暴力団の論理に基づく犯行動機に酌量の余地はなく、犯行態様も冷徹。テレビ中継された現場で敢行され、一般市民に大きな衝撃を与えた」「懲役12年に処する」
安広裁判長が「懲役12年に処する」と判決主文を二度繰り返すと、徐は小さくうなずいた。
判決で安広裁判長は「暴力団の準構成員だった被告人が、暴力団幹部の殺害指令で被害者を牛刀で刺殺したという凶悪事犯」と認定。
安広裁判長「自己中心的で反社会的な『暴力団組織の論理』に酌量余地はない。
被告は並々ならぬ決意で殺害指令を実行に移しており、確定的殺意があったと優に認められる。
非情、冷徹、犯意の強固さには、人間の生命の尊さに対する畏敬の念などみじんも感じられない。法秩序に対する公然たる挑発行為。
たとえ被告人が首謀者でなく、多額の報酬等の約束があったわけでもないとの事情があるにしても、実行者としての厳しい非難は免れない。
地下鉄サリン事件などの解明を妨害する結果を招いた点も無視できない」
…等とオウム事件の捜査を撹乱させた影響や徐の反社会的人格について言及した。
村井秀夫の犯行についても触れ「未曾有の重大犯罪に深く関与したと疑われた者だが、法の裁きによらず理不尽な所業で命を奪われていい道理ではない」と殺人鬼・徐裕行の凶行を批判した。


徐は足を開き、手を後ろに組み判決を聞いた。かっぷくのいい体がかすかに揺れていた。
安宏裁判長が控訴方法を説明した後、「まじめに務めれば仮釈放もあるからよく考えて」と話しかけると、徐は「はい」と何度も小声でうなずいた。
懲役12年。徐の犯した凶行は、村井の両親に傷跡を残しただけではなく、村井に殺された人たちやその家族まで余波を与えた。
裁判では明らかにならなかった部分があまりに多過ぎ、納得できない結末のまま判決が下った。
安広裁判長は、最後に異例の発言を付け足すのだった。
「犯行の背後関係はいまだ解明し尽くしておらず、不透明な点が残されていると言わざるを得ない」
判決後、徐は裁判所の地下で弁護人と接見し、「控訴するつもりはない」と話した。
弁護人によるといつも通り口数は少なく、「お世話になりました」と述べたという。
東京新聞95年11月13日夕刊1面 産經新聞95年11月13日夕刊1面 スポーツニッポン95年11月14日 夕刊フジ95年11月14日
江川紹子「珍しい判決です」

徐裕行の判決公判が開かれた13日、ジャーナリスト・江川紹子も傍聴人として法廷に入った。
傍聴後「懲役12年(求刑15年)」という判決に対し江川は
「軽い判決ではないと思う。人を殺したという結果の重大さが表れている」とコメント。
判決は妥当であると見解を示した。だが、村井事件の背後関係が未解明のままの判決だったことに対して江川は「珍しい裁判」と指摘。「事件の全体像が明らかにされていないのに、ただ、人を殺したということだけで裁かれてしまった」と疑問を投げかけた。



