
昨年より施行された暴排条例により日本では「カタギ」との接触が厳しく制限される暴力団にとって、カンボジアは楽園だという。フリーライターの鈴木智彦氏が、ヤクザが現地高官を抱き込む現場に潜入した。
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路地の生ゴミが腐臭を発していた。指定暴力団幹部がカンボジアの高官を連れ、はす向かいの高級レストランに現われた。横付けされた車はロールスロイスやベンツ、レクサスといった高級車で、東南アジアの途上国にいることを忘れそうになる。
色艶をみるとほぼ新車で、関税や特別税は合わせて約200%だから、どれも日本円にして2000万円は下らない。月給100ドル足らずのカンボジアの庶民は一生働いても買えない。 「紹介するよ、俺のケツ持ち」
ケツ持ちとは背後で暴力をちらつかせ、最短距離で利益を“かっぱぐ”ための後見人的存在のことだ。風通しがよさそうな半袖シャツの3人は、それぞれ名刺に軍幹部、警察幹部、国会議員と刷っていた。多額のワイロで買収された彼らは、ごく当たり前のように暴力団と食事し、遊興し、時折パーティにも出席する。日本の警察が知れば腰を抜かすだろう。
かつて山口組大幹部だった後藤忠政・元後藤組組長も、引退後に上梓した『憚りながら』が累計20万部以上の大ヒットとなった際、印税のすべてをカンボジアに寄付した。日本の慈善団体の多くが寄付を拒んだからだが、その後、後藤氏はカンボジアに渡り、プノンペンの高級マンションに居住している。
幹部のホストぶりは手慣れていた。クメール訛りの英語も見事だったが、2時間ほど歓談して見送ると、幹部の顔つきが変わった。「くそったれ!」と吐き捨て、旧宗主国フランス製の『ジタン』という煙草を口にした。
「顔つなぎのため定期的に2~3人呼んでる。金と手間の節約だ。毎回、ここぞとばかりにタダ食い、タダ酒される。見ただろう、今夜も500ドルは使った。日本じゃ4万円など微々たる金だが、カンボジアでは大金だ。40万~50万たかられた気分だ!」
バイクタクシーに乗ってUターンすると路上のゴミが再び見えた。遅れて腐臭が鼻をつく。後日、裏を取ったところ、3人の素性は本物だった。幹部は実質1年でここまで政府に食い込んだという。カンボジアが世界汚職ランキングで183か国中164位となっている事実も頷ける。

暴力団がカンボジアのパイプ役に政治家、軍部、警察幹部などを選んでいるのは、国家の持つ暴力の力を熟知しているからだ。日本国内で警察から弾圧され続けても刃向かわず、面従腹背してきただけあって、カンボジアでの暴力団は暴力装置を持つ、もしくは動かせる人間にしか投資しない。
冒頭の例もそうだが、暴力装置の占有者たちをたらし込む最も効果的な手段は現金という実弾である。こうした場面での暴力団はまことに気前よく、また侠気に溢れている。数ある国家の中でカンボジアに目を付けたのも、汚職が蔓延し、なにもかも金で解決できるからだった。もちろん投資した金を回収する算段は幾重にも計画されていて、さすがプロだと唸らされる。
「ワイロは物事を頼む度、別途入り用になる。内容によって違うが、俺の場合、3000ドルから5000ドルが平均だ。悪いなんて感覚、ヤツらにはねぇ。給料は最初から立場を利用して金を稼げといわんばかりに安いし、敬虔な仏教徒が多いカンボジアだが、仏教的にも感謝の気持ち、お布施ってわけで問題ないんだろう。
払ったワイロの分だけ利権はいただくし、相応のことはしてもらう。取り締まりに目をつぶってもらったり、1か月かかる手続きを1週間にショートカットしてもらうなど色々だ。でもカンボジア人は口で言うほどたいしたことはしてくれない。この国の役所は完全な縦割りで、他の省庁が口出しできないようになってる。口を利いてもらったわりに見返りは少ないね。
特別なにかしてもらわなくてもメリットはある。日本から小金持ちを連れてきて、入国審査をフリーパスで通過させ、空港からホテルまでパトカーで先導してもらえば、たいていの人間は信用する。あとはさんざん飲み食いさせ、女をあてがえばホイホイ金を出す。俺としちゃそれだけでも十分だ」(冒頭の幹部)
後藤忠政氏は カンボジア人となって来賓席に座っていた

▼空手界の五大流派がカンボジアに集結
「捧げ銃(つつ)」の衛兵に迎えられながら、軍楽隊の演奏に乗って赤い絨毯の上をさっそうと歩く1人の男性。隣には、かつて"参院のドン"と呼ばれた村上正邦元自民党議員、その後ろにはカンボジア国王軍の将官たちの姿が続く――。
去る9月22日、2年半前に忽然と日本から姿を消した元後藤組組長・後藤忠政(得度名:忠叡)氏が、カンボジア国内の軍関連施設「プノンペン・スタジアム」で開かれた「親善文化交流空手道武道祭」に姿を現わした。写真はVIP待遇の来賓としてスタジアムに入る後藤氏を撮影したものだ。
主催者はカンボジア王国国防省と空手道宗家家元会議。後援は日系投資会社「ソクドム・インベストメント・グループ」と「日本カンボジア親善協会」。この協会の会長を務めるのは、村上元自民党議員。初代防衛大臣の久間章生元自民党議員らも理事に名を連ねる。大会名誉顧問には、カンボジア国防省の現役国務長官の名前もある。そしてこの武道祭の開催を影で全面的に支援したのが、前述の投資会社「ソクドム」の会長も務める後藤忠政氏なのだ。
後藤氏は、山口組屈指の武闘派として知られた後藤組の元組長。2008年10月、山口組内部で生じた軋轢から引退(後藤組も解散)し、翌年4月には神奈川県の浄発願寺で得度した。
引退し、第二の人生を歩み始めていた後藤氏だが、なぜ日本から姿を消したのか、なぜ空手のイベントをカンボジアで支援することになったのか。独占取材で話を聞くことができた。

▼カンボジアで市民権を取得していた元組長
――震災直後から2年半の間、ずっとカンボジアに?
後藤: そう。一度も日本には帰ってない。それで去年の5月には、カンボジアの市民権を取ったんだ。
――カンボジアを定住先に選んだのはなぜですか?
後藤: 2年半前、東北大震災の直後に、福島県内に救援物資を送ったり、被災者の人たちを元気づけるために演歌歌手を連れていったりと、支援活動をさせてもらった。しかし世界がこの震災に大きく注目するようになって、国も動き始めた。もう我々がこれ以上、手助けする必要もないと思い、東南アジアの最貧国といわれるカンボジアの中で、もう一度自分を見つめ直してみようと考えたんだ。
――カンボジアとは、そもそもどんな縁が?
後藤: 現役時代からタイやミャンマー、フィリピン、そしてカンボジアにはよく来てたんだよ。特にカンボジアでは、軍や与党・人民党の上層部とも親しくしてきた。フン・セン首相とも、今では話ができる仲だ。
それから、これは『憚りながら』(小社刊)でも書いたことだけれど、俺自身が子どもの頃、家が没落して、納豆売りをやりながら小学校のノートを買ったりするような生活をしていたから、東南アジアの貧しい子どもたちを見ると、非常に懐かしく思えるんだな。
――プノンペン市内を回ると、まるで昭和にタイムスリップしたような活気です。
後藤: 昭和は昭和でも、日本が高度経済成長を迎える前、昭和27~28年くらいじゃないか。
この国の人たちはもの凄い勢いで、将来に向かって生きてるんだよ。日本じゃ、そんな人間、いなくなっただろ? 今食えればいい、今何とかなりゃいい、と。ほかのことは全部国任せだ。
平成になって、そのまま20年が過ぎちゃったから、なんとなくだらけて、迫力のない国になっちまったな。
――2年半の間、カンボジアで何を?
後藤: 08年にヤクザを辞めて、社会人1年生になってから、ずっと考えてきたんだ。その延長で、少しでもカンボジアの教育や食料問題、つまり農業の問題に貢献できれば、という気持になってな。

▼カンボジア国王から爵位を授かる
後藤氏はこの2年半の間、首都プノンペン市内にある「ソクドム・エデュケーション・スクール」を支援し、学生が無料で受講できる日本語教室を開設、またプノンペンから離れたコンポンスプール州に500ヘクタール、コンポット州に6ヘクタールもの膨大な土地をそれぞれ買い、養鶏場とトウモロコシ農園を運営するようになった。
さらに、内戦時代の負の遺産「対人地雷」の被害者をサポートする軍関係の施設、病院、孤児院、赤十字などに累計1億円に上る物品等を寄付してきた。こうした貢献が評価され、後藤氏は今年2月13、カンボジアの爵位にあたる「オギャ(Oknha)」という称号を国王から直々に授与され、カンボジア国内では破格のVIP待遇を受けている。28年間首相の座にあるフン・センの人民党党員でもある。

▼なぜカンボジアで空手のイベントを?
―――空手の武道祭ですが、なぜカンボジアで?
後藤: 空手家の真樹日佐夫さん(漫画原作者・梶原一騎の実弟)が、カンボジアで子どもの間に空手を広めようとしていたんだが、去年の1月に亡くなったんだ。それで真樹さんの弟子筋の人間が遺志を継ぎたいというので、日本語学校の生徒に教えてもらうようになったのがきっかけだ。
なんでも、カンボジアの軍でも空手を教えているそうじゃないか。それで軍の上層部にも話をして、日本とカンボジアの親善を目的に大会を開こうという話になった。日本の名だたる流派を集めて、日本の空手家の凄みを知ってもらいたいとも思ってな。各流派に声をかけたのは朝堂院大覚(世界空手道連盟総裁)だ。
ただ、ちゃんとした民間の架け橋がまだないそうだから、村上先生や久間先生が日本カンボジア親善協会を設立していたので協力してもらうことになったんだ。
武道祭の模様は後日、地元のメディアでも報道された。地元のテレビ局「バイオンTV」(フン・セン首相の娘フン・マナ女史が経営)、「国営TV5」も30分番組として放送している。
後藤氏は現役時代、日本の政財界に広く人脈を持つことで知られていた。海を超えた異郷の地でも、同じように人脈形成していたとは驚くばかりだ。

「日本はとことん息苦しい国になったな」
武闘派の大物組長としてならした後藤氏が山口組を引退したのは2008年。5年とたたない間に、カンボジアという異郷の地で市民権を獲得、そればかりかフン・セン首相の与党・カンボジア人民党党員としても活動し現地での”貢献”(赤十字や孤児院、病院などに合計1億円の物品寄付)がみとめられてシハモニ現国王から爵位(オギャ=oknha)を授かっていた。ヤクザの世界を経て、第二の人生をこれほどドラマチックに歩む人物はいない。
今号ではカンボジア定住を始めて2年半がたった後藤氏に、同国政府との関係や日本への思いを聞いた。
カンボジアでなぜ支援活動を?
ー今はどんな生活を?
後藤 日本にいる時とそれほど変化はない。ゴルフに行くこともあれば、お姉ちゃんと飯を食いにいくことだってあるよ(笑)。
ヤクザを引退してから、「俺は何者だったんだ?」と考えてきた。それを確かめるため、カンボジアに住んでるようなもんだ。10カ国あるASEAN諸国のなかでも、カンボジアは最貧国とされている。けど、この国の国民は貧しくても希望を持ってるんだ。
戦後の日本人は焼け野原に建てたバラック小屋から立ち上がった。その頃の日本人に似た目の輝きが彼らにはある。それが好きだし、彼らと接していると自分の原点に立ち返ったような気分にもなるんだよ。
俺がこの国で、学生を相手にした日本語学校を支援しているのも、彼らの将来が少し楽しみだからだ。
ー支援のための資金は?
後藤 すべて俺個人で賄っている。なにも偉そうなことを言ってるんじゃない。大規模な養鶏場やトウモロコシ農園を始めたのも、事業として成功させて、そういった活動のための資金を現地の経済の中で作れなきゃ、真の意味での支援にはならないからだ。そうしなけりゃ長続きしないだろ?
伝説の大物組長がなぜ独裁政権与党に?
ー28年間独裁が続くフン・セン首相の人民党党員でもありますが、党員としてどんな活動を?
後藤 俺が市民権を取ったのは去年の5月だが、その翌月、統一地方選挙があった。人民党の幹部は担当地域を持たされる。俺の友達で人民党員でもある軍の陸軍大将がタイの国境に接する州の担当だったから、その選挙を手伝ったんだ。
現役の頃は頼まれてよく票集めをやったもんだが、カンボジアの選挙運動のスタイルは日本とは違う。党員や後継者が500人くらい集まって乗用車、トラック、バイク、トラクターに分乗し、党の旗を掲げながら州内を行進するんだ。
ー今年7月には国政選挙(第5回国民議会総選挙)がありました。独裁が批判されたようですが。
後藤 野党の昔の党首(最大野党である救国党のサム・リャンシー党首)が、フン・センと反目になって海外に亡命していた。なにかの嫌疑をかけられてな。それが国王から恩赦を受けて帰国したもんだから、民主化運動が始まった。若い連中や低賃金の労働者たちが「チェンジ・フン・セン!」と叫んで大規模なデモを始めたんだ。プノンペンじゃあ、一時は10万人ともいわれる人間が集まったもんだから「中東の春」のようなことになるんじゃないかと、日本のマスコミも熱心に取材していたな。内戦時代を知っている世代の大半が、また大変なことになると思って、プノンペンから田舎に逃げ出す有様だった。
ただ、俺は大事には至らないと思ってたよ。カンボジアはクメール人という民族の国で、宗教もほぼ仏教ひとつだ。中東のように多民族、複数の宗教が入り組んでない。人民党が力を持ち続けているといっても、王政は続いていて国民も国王を慕っている。
選挙後「投票で大規模な不正があった」と野党が追及し始めたが、最後は国王が人民党と野党に話し合いを呼びかけて収まったな。
ー一方では28年も続く一党独裁が貧富の差を生み、国民の不満も強いのでは?
後藤 ちょっと経済が成長すると、格差が目立ってそういう不満が出てくる。ただ、独裁が必ずしも悪いものだとは、俺には思えないんだ。リビアを見るといい。カダフィの独裁が終わったのはいいが、ドンパチがいまだに収まらない。ああなると一番惨めなのは国民だ。そのことを、俺はこの国の軍人とよく話し、彼らもわかっているはずだ。
カンボジアってのは8世紀ほど前までこのあたりの中心で、巨大な文明を築いていたわけだ。世界最大の宗教施設といわれるアンコールワットまで作ってな。その王朝がぐずぐずになって、後はずっとベトナムやらタイやらにやられっぱなしだ。アンコールワットはベトナム人の奴隷まで使って建てたんだろ?そういった祖先をもっていることに、カンボジアの国民は今でも強烈なプライドを持っているんだよ。今の日本とは大違いだ。

魔女狩りに明け暮れる日本のメディア
ー日本の近況についてはどうやって情報収集を?
後藤 知り合いが日本から訪ねてくるし、日本人の若い子たちとも話してる。バックパッカーっていうのか?旅をしてる若い子たちを一度家に泊めて飯を食わせて小遣いをやったら、それが噂になってな。「後藤さんのところに行くと、ただで泊まれて小遣いまで」って噂になった(笑)。上智や早稲田といった立派な大学を出た連中も来るが、話しを聞くと、国も職場もとにかく息苦しいそうだ。
俺は毎日、NHKのニュースや新聞、週刊誌にも目を通してるんだが、週刊誌はもうどうしようもないな。人の悪口、アラ探しばっかりでまともな記事なんてない。みのもんたの息子が警察の世話になったからって、なんで親父が番組まで降りなきゃならん?高いところからモノを言ってるあいつのことは、俺もすきじゃないが、それとこれとは別だ。こいつは悪い奴、こいつはいい奴と魔女狩りごっこをやってるだけじゃないか。今の日本の縮図だ。
今年、NHKを毎日見ていて鼻についたのが熱中症のニュースだな。俺たちが子どもの頃も夏は暑かったよ。でも熱中症なんて言葉はなかった。暑けりゃ水を飲んだり日陰に入ったりして、自分で調節したもんだ。それが毎日毎日、ニュースのトップで今日は何人倒れただのと大騒ぎしてる。「水分を十分補給してください」なんて毎回毎回言うことか?こっちは1年中暑いんだよ(笑)。でも誰も熱中症で倒れやせんぞ。
カンボジアって国は、そりゃ遅れてるかもしれんよ。交通法規だってないようなもんだ。自動車やバイクを運転している者で免許を持っているのは1割くらいだろ。プノンペンではすごい渋滞が起こるから、我先に道を抜けようと対向車線に入ってくる。警察はそんなもの、取り締まらないよ。でも国民は法律で守られなくても、自分の能力で自分を守ろうとするんだよ。
車の調子が悪くなっても、正規の部品なんてすぐ手に入らないだろ。だから、町工場のオヤジが、スパナ一本で大概の故障は治しちゃうんだよ。昔の日本の町工場みたいなもんだ。

暴排ブームの先には国民の魔女狩りが
ー引退から5年、日本では暴排条例が定着して、締め付けが厳しくなってます。
後藤 日本の国家からみれば、引退して5年が経過しようが俺は「ヤクザ」なんだ。俺自身はそれでもよろしいと思っているが、俺と一緒にやめた若い衆は、カタギになってもいまだに同じ扱いを受けている。実際にあった話だが、現役時代に銀行口座を作ったというんで、すでに辞めているのに詐欺で捕まってるんだ。
こうなると、詐欺罪の時効は7年だから、カタギになっても7年間ヒヤヒヤしてなきゃならん。ヤクザの時代に偽名でゴルフをやっていたのが、今になってこれも詐欺でパクられてる。
随分住みづらい国になったもんだな。せっかくカタギになったんなら、そいつが社会人1年生としてスタートするきっかけを考えてやるのだ、そもそも政治ってもんじゃないか。
自民党の安部首相は、増税を乗り越えれば、次は憲法改正に進むだろう。憲法9条改正、俺も大賛成だ。しかしだよ、憲法21条改正ってのはどうなんだ。自民党の憲法改正草案の解説を読むと「交易や公の秩序を害する活動に対しては、表現の自由や結社の自由を認めない」とある。この「結社」にはヤクザも当てはまるな。これが認められた場合、ヤクザは地下に潜るしかない。辞めたってパクられるんだから、ほかに道はないだろ。
マスコミや野党もうかうかとはしてられないぞ。権力批判のあり方によっては、反社会的と烙印を押されて、活動の制約を受けることになるんじゃないか。「反社会的」ってあまりにも曖昧な言葉だな。最近流行りのコンプライアンス(法令遵守)という言葉もそうだ。法令遵守なんて当たり前の話じゃないか。それをわざわざ持ち出して、みずほの融資の件じゃ頭取が国会で参考人招致までされてな。ヤクザが自動車ローンを組んでただけだろ?不正融資でもなんでもない。それと特定秘密保護法案の「秘密」ってなんなんだ?
曖昧な言葉で正義と悪を仕分けする風潮はやがてエスカレートして、一般人が「反社会的」と烙印を押される日も来るんじゃないか。これじゃあ、まるで国民を粛清しまくったスターリン時代のソ連だ。
義理と人情とおおらかさ・・・・これが日本のいいところだったんだがな。ますます息苦しい国になるな。
ーもう日本には帰りませんか?
後藤 俺の心は「さらば日本、されどアイ・ラブ・日本」だが、フン・セン首相や国会議長のヘン・サムリンたち政権トップとの交流も進んでるんだよ。もっといろんな事業に取り組みたいし、日本との架け橋にもなればいい。物事を動かすためには政治との関わりは不可欠なんだ。カンボジアという国家は、俺の存在を認めているわけだから、しばらくはここで頑張り続けることになるだろうな。
機密保護法とは
特定秘密保護法(特定秘密の保護に関する法律)とは、日本の安全保障(国の存立に関わる外部からの侵略等に対して国家及び国民の安全を保障することをいう。)に関する情報のうち「特に秘匿することが必要であるもの」を特定秘密として指定し、取扱者の適評価の実施や漏洩した場合などの罰則を決める法律であり、2013年末に賛成多数により可決、成立し、2014年12月に施行された法律。
機密保護法反対をTwitter上で示唆する徐裕行
一水会も機密保護法反対
鈴木邦男も機密保護法反対
何故彼らは機密保護法に反対するのだろうか
カンボジア政府やらJALやら学会やらオウムやら徐裕行やら、後藤組長の周囲は複雑怪奇である
徐裕行の関係者がシンガンス工作員
機密保護法→工作員の取り締り強化の布石
機密保護法反対を曖昧に表明する元暴力団組長
制定されると不利益でもあるのか、それとも…?