第十二章:徐裕行の淫らな夜 | 村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫刺殺事件の真相を追って

村井秀夫は何故殺されたのか?徐裕行とは何者なのか?
オウム真理教や在日闇社会の謎を追跡します。
当時のマスコミ・警察・司法の問題点も検証していきます。
(2018年7月6日、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚らの死刑執行。特別企画実施中。)

●事件発生までの徐の足取り



社会と決別し、朝鮮ヤクザとなった徐裕行。
準構成員でありながら山口組本部の駐車当番を経験したり、関係の深い組の若頭の葬儀に出席したりと、羽根組との関係は稀薄ではなかった。法律を犯してでも、偽装結婚や闇金業者をして金儲けを狙っていた徐は、更なる大ばくちに出る。それは村井秀夫を殺害することだった。


4月20日。
午前中、高英雄から「若頭(上峯)に電話したか。電話した方がいいぞ」と言われ、友人の携帯で上峯に連絡する。上峯から「昼頃もう一度電話しろ。このことは言うな」と命じられる。

午前11時
仲間と3人で車に乗って祖師谷に出た徐は、途中で食事を済ませ、午前0時30分頃、六本木のロアビル内の公衆電話から再び、上峯の携帯電話にかけると「目黒に来られるか。飯でも食べよう」と言われ、タクシーで目黒駅に向かった。
 上峯とMの3人で落ち合い、食事をすることになったが、レストランの入り口付近で「おまえの家族や親類、友人にオウムの関係者はいるか」と聞かれ、「いえ、いません」と答える。

食事が終わって、Mが登記所に行っている間、目黒区内のホテルの駐車場の車内で、上峯が徐に問いてきた。

上峯「おまえオウムをどう思う」

「オウムの幹部のうち上祐、青山、村井のうち誰か一人をやれ」

「組のためにやるんだ。組のためにならなかったら、おれがお前にこんなことやらせるわけないだろう」

徐「わかりました」

上峯「包丁で殺れ。殺ったら、その場で逮捕されろ。そして、右翼神州士衛館の者だと名乗れ」

「マハーポーシャビルを見ておけ。後でオウムの施設の一覧表が載っている週刊誌を渡す」

犯行の動機について上峯は「オウムのような奴らがいては、日本の治安は保てない」と右翼的な主張をするよう指示した。

そして、その場で足代として2、3万円を受け取った徐に上峯は「今日から地下に潜れ。行って様子を見ておけ。定期連絡は入れなくていい」とアドバイスしたという。そのときに言われたのが「ある人がおまえを期待している」という言葉だった。徐は取り調べで”ある人”を「ウチの組長(羽根恒夫)だと思っていた」と供述している。


午後3時頃
別れ際に「これを読んでおけ」と手渡されたのが、オウム事件の記事が載っている週刊誌3冊。上峯はその時、右翼団体「神州士衛館」の所在地を教えた。

徐「見返りは、普通なら金バッジですけど、そこまでいかなくても、それなりの受け皿はあると思っていた。シノギも出来るようになるし、何らかの生活の糧を得られると思う」
逮捕後の取り調べで、徐はこう供述している。


4月21日
午前10時頃
起床した徐は、週刊誌に掲載された「オウム真理教関係一覧表」を切り取って、ジーンズのポケットに入れ、渋谷に向かう。その後、道玄坂でラーメンを食べ、ヘアーサロンにも立ち寄った後、第一勧業銀行渋谷支店のキャッシュコーナーで4万円を引き出す。

午後3時半
一目父母に会っておこうと思い、実家に帰ると父親がいたので、夕方6時頃から焼き肉を食べながらテレビを見ていると、南青山のオウム東京総本部に上祐が射ると、南青山のオウム東京総本部に上祐がいるという報道をしていた。徐はテレビを観ながら「あれはひどいよな」と話したという。食事後、近所の銭湯に行き、帰宅すると母や姉も帰宅していた。

午後9時半頃
公衆電話から上峯の携帯電話に連絡して「今、上祐が本部ビルにいるので、これから行ってもいいですか」と尋ねたが、上峯の返事は「今日はまずい。あしたの夕方また電話しろ」というものだったとされる。


4月22日
午前11時半頃、アタッシュケースを持って実家を出た徐は、バス停からタクシーに乗り、西新井駅に向かう途中の金物屋で、牛刀を5,000円で購入。そして、地下鉄日比谷線も西新井から恵比寿でJRに乗り換え、渋谷に向かう。さらに、地下鉄銀座線の表参道駅で下車し、歩いてオウムの東京総本部へ向かう。





午後1時
南青山総本部へ到着。周囲を下見し、ビルの位置などを確認する。その後、タクシーを渋谷の宮益坂付近まで走らせ、道玄坂の喫茶店でアイスミルクを注文。しばらくして暇つぶしにパチンコ店に入る。


午後6時半頃
他に行く場所がないため再び喫茶店に入り上峯に連絡。



午後8時頃
渋谷駅のハチ公前で上峯と待ち合わせる。その場で徐は上峯から4、5万円を受け取る。そして、2人でタクシーに乗り、六本木の日本料理店に入店。ステーキセットを注文した。

2人は食事をしながら、村井殺害計画の話を始めた。

上峯「いつ実行するのか」

徐「一日でも早く決行したい」

上峯「何か心配事でもあるのか。後のことは心配するな。○○に連絡しろ」

徐「わかりました」

「弁護士はつけてやる。○○なんかじゃない。もっとすごい弁護士を頼んである」

上峯は紙ナプキンを取り出すと、「神州士衛館・代表、会計……」と構成員の名前を書き残した。上峯はテーブル上に指を使って「殺」と書き「警察ではこれがなかったといえ」と、殺意を否認して量刑を軽くする術を徐に伝授した。紙ナプキンは上峯が灰皿の上で焼き、ウーロンハイをかけて火を消した。


●徐裕行の淫らな夜 ~謎の風俗嬢~





午後9時半。
上峯と別れた徐は、タクシーで渋谷に向かい、公衆電話のボックスからホテトル嬢のチラシを拾った。娑婆と別れる前に、女と一発楽しもうというわけである。

警察の調べによれば、徐がラブホテルへ入った経緯は「一人で寂しかったので……」と供述している。

渋谷区円山町へ向かった徐は、独りでラブホテルにチェックインした。土曜日だったこともあり、この日は泊まり目当てのカップルで賑わっていた。(高沢皓司氏は、徐は渋谷区道玄坂のラブホテルに入ったとしている。)


(徐が宿泊したラブホテルの電話)


午後10時50分頃、徐裕行とホテトル嬢が合流。






午後11時50分頃、ホテトル嬢が退出。一瞬の快楽であった。
このホテトル嬢については謎が多い。

「FRIDAY SPECIAL」(95年6月1日増刊号)では徐はこの風俗嬢の常連だったと報じている。
風俗関係者「徐容疑者は月に2~3回この女と会ってたが金払いが悪く、いつも値切っていた。それがその日は”料金”2万5千円に加えてチップまで渡したそうだ」


しかし、週刊ポストや中日新聞は全く異なった情報を記載している。徐と宿泊したのはホテトル嬢ではなく、ホステスだというのだ。


「週刊ポスト」(95年5月26日)
捜査関係者「あれはホテトル嬢ではない。あの日、徐容疑者と同宿していたのは、20歳前後のアルバイト・ホステスをしている女だよ。しかも、先にホテルに入って徐容疑者を呼び出したのは、女のほうなんだ。2人は以前から面識があったようだ。逮捕時、徐容疑者は100万円に少し足りないくらいの現金を持っていた。この大金の出所が、同宿していた女だと、みられている」


中日新聞(95年5月12日朝刊)ではこんな報道がされている。

『報酬?100万円受け取る 徐容疑者 犯行前日、女性から』
 オウム真理教の村井秀夫「科技相」刺殺事件で、殺人容疑で逮捕された徐裕行容疑者(29)が事件の前日、宿泊した東京都内のホテルで、顔見知りのホステスから現金約100万円を受け取っていたことが11日、警視庁など捜査当局の調べで分かった。
 警視庁は、この現金が村井氏殺害の報酬の一部として、犯行現場までの”足代”代わりに渡された可能性が高いとみて徐容疑者を追及、共犯容疑で逮捕した指定暴力団山口組系羽根組幹部上峯賢司容疑者(47)との関連を調べている。
 調べでは、徐容疑者は犯行前日の4月22日夜、渋谷区内のホテルに宿泊。ホテル内で、都内の飲食店ホステスと合流し、客室内でこのホステスから現金約100万円を受け取った。警視庁は、この現金は殺害を指示した暴力団などの組織・団体から村井氏殺害の報酬の一部として支払われた疑いもあるとしている。


なんと同宿していた女が、徐に100万円を渡していたというのだ。「FRIDAY」とは正反対の報道をしているため、当時情報が錯乱していたことがうかがえる。


さらに、「週刊現代」(95年8月12日)では不気味な怪情報も流れた。

「徐が犯行当日、渋谷のホテルで会ったという女の弟がYという男で、これも主体思想研究会の幹部で、行動隊長的存在だと聞いている」

残念なことにYという人物が何者なのか、情報筋が明記されておらず、曖昧な記述で片付けられている。さらに執筆者の名前も記載されていないので信憑性は不明である。

ただし、もしYが実在の人物だという確証があるならば、このホテトル嬢も在日闇社会の関係者であることが考えられる。

かつて徐は、父親から「日本人とは結婚するな」と躾けられていたそうだが、この時同宿した女性は在日朝鮮人だったのだろうか。

結局、メディアは女性の職業や国籍を明確に報じないまま真相は闇に葬られた。


2015年に出版された書籍「サリン それぞれの証」(木村晋介 著)では、徐裕行のインタビューが掲載されている。文中で徐は次の証言をしている。

徐裕行「予約をとってあった渋谷にあるホテルに行き、宿泊しました。このホテルを選んだのは、もちろんオウム真理教の青山本部に近いからです」

ここで徐は”ホテトル嬢”の言及を端折り、暗殺者としての自分を強調してている。

「俺のコードネームはデカイマラ」と猥談を楽しんだり、Facebookに性的な動画を転載するくらい下ネタ好きな徐が、なぜホテトル嬢の話題を意図的に避ける必要があるのだろうか。


村井事件を紐解くためにも、ホテトル嬢の謎を明らかにすることが解決の一歩となるだろう。