
青ジャージ信者「あっ、刃物持ってる!」
Tシャツ信者「刃物持ってる!」

女性レポーター「ハッハッ?!ハァァァァ?!」
村井を質問攻めした女性レポーターが悲鳴をあげた。
男性「えっ?なになになに?」
女性「刃物もってるぅ」
男性「刃物ォ?」
現場から距離のある人たちは、何が起きたのか実感できない。
だが、現場近くの女性レポーターは興奮しながら叫んだ。
「刃物持ってる!!」
暴漢は人目を避けるため群衆の中に割り込んだ。すかさず青ジャージの信者が、刃物の持ち主を追いかける。群衆の間に空白ができると、一匹の「けだもの」が姿を現した。

「刃物持ってます、刃物持ってます!誰かが刺されました!刃物持ってます!」

暴漢の右手には黒く染まった牛刀。ヒョウ柄のセーターには、村井の返り血がべったりと付着している。男は血なまぐさい悪臭を漂わせながらぶらぶら動くと、牛刀を乱暴に投げ捨てた。牛刀は弧を描くように落下すると、「チャリーン」と金属音が響いた。

徐裕行「ンナァ!!ウナァーッ!!!」

ヒョウ柄姿の狂人は、野獣のように奇声をあげて周囲を威圧した。何が起きているのかすぐには分からなかったが、牛刀が視界に飛び込むと、信者やカメラマンたちは一斉に引き下がった。

しかし、狂人は仁王立ちになったまま、その場を離れずに留まった。逃げる素振りもない。

やがて人々は血まみれの牛刀にカメラをを向けて、一斉にシャッターを切った。

青ジャージの信者が叫んだ。

青ジャージ信者「こいつが刺した!」
徐裕行「早く警察を呼べよ」
どこからかスーツ姿の眼鏡をかけた中年男性が現れた。警察だ。

警察「おまえがやったのか」
狂人は警官に腕を力強く掴まれた。あまりの力に、狂人の体はふらついた。
「あー!すげぇすげぇ!」
やじうま「凄い凄い、ヤバい包丁持ってる!」
「村井秀夫氏が、何者かに…」
「凄いよ、凄いよ、包丁持ってる」「誰!?」
暴漢が連行されると、大勢の人ごみが動き出した。

「マジ?マジ?今」「まじでぇ?誰刺されたの?」「ホラホラホラ」
信者の一人が、犯人に罵声を浴びせた。村井を警護していた男性信者だ。

信者「何考えてんだお前ら!!何やってんだよ!」
「なんてことしてんだよ!」

しかし、信者の声に同情する取材者はいなかった。
気を取り直して実況を始めるもの、押し合いながら夢中で暴漢を撮影するもの、プロレス観戦感覚でへらへら笑うもの。
男性アナウンサー「村井秀夫氏が、何者かに」
やじうま「怖いよ、怖いよ、包丁持ってる(笑)」
「怖い怖い」女が害虫に不快感を示したような声で呟く。
車の側まで連れて行かれると、暴漢は横柄な態度で警官に命令してきた。

徐裕行「車ン中入れろよ」
スーツの警官に替わって、水色のジャンパー姿の私服警官が犯人の腕を掴む。

犯人は車の中に自分から進んで乗り込んだ。直後に横から白髪の刑事が乗り込んできて、警察手帳を見せた。

「よくやった!」
誰かが、犯人を英雄視して声援を送ってきた。
サリン事件の仇を討った、正義のヒーローと思っていたのだろう。
彼らは暴漢の正体を知らず知らずに応援した。
「どういう動機ですか?!」「どのような動機ですか?!」
「動機は何ですか!?動機は何?動機は?」
車内のガラス中に、マスコミが張り付いてくる。暴漢は視線を正面に向けると、そのまま石像のように固まった。白髪の刑事の背中が顔にぶつかりそうになっても静止したままだ。
白髪の刑事は新聞紙でカメラを遮った。

ピッ!ピッ!ピッ!
3回クラクションが鳴らされたのち、犯人を乗せた車は赤坂警察署へ走り去った。

南青山総本部前。

アナウンサー「大量に、村井氏は出血しております」
警護の信者「ちょっと止めてよ!あんたたち!何考えてんだよ!」


女性レポーター「「危ない危ない危ない…ちょっとこれ、警察の方いませんかー!警察の方!」

警護の信者「何やってんのモォー!!!!」

警官「下がれ!下がれ!下がれ!下がれ!」
鋭い叫び声でスーツの男が周囲を牽制してきた。
物的証拠を荒らされまいと、警官が現場へ飛んできたのである。
「下がって!下がって!下がって!」
警官はポケットからカメラを取り出し、凶器を撮影した。
信者「頑張ってください!」「止血できる人!」「しけつできるひと!」

「オウム真理教総本部前、誰かが刺されたようです、えー、誰か刺された模様です……大変なことになりました、いま報道陣に取り囲まれておりますが、包丁を持った男がいたという声が聞こえます」


「上祐いる!」
信者達は必死になって懇願した。
上祐がビルから顔を出してきた。警護の信者に事情を聞いているようだ。

「えー上祐、えー上祐、広報外報部長も出てきております」「上祐だ上祐」
女性信者「救急車はいるからあけてくださーい」「どきなさい!道をあけなさーい!」「道をあけなさーい」「早く呼んでくれー!」
「上祐外報部長ただいま出てまいりました、上祐外報部長が出てまいりました」
上祐は地面にの凶器を確認すると、再び村井の元へ戻り容態を伺った。
車のクラクションが聞こえてきた。
「下がれー!」
警護の信者「なんで来ないんだよ!!」

警護の信者が、大きな声で叫ぶ。信者たちの顔が涙でびしょ濡れになった。

救急車が到着すると、救急隊員が酸素マスクを取り付けた。応急措置を受けた村井は担架に乗せられ、都立広尾病院へ移送した。


「8時48分、えー、村井科学技術省長官が、えー救急車に今乗せられるところです」
「日曜日8時50分です。村井科学技術省長官を乗せました救急車が、えー今東京総本部前を出て行きました。これから病院に向かうものと思われます」
