それは、たぶん学校教育やTVなどで見聞きしたことを
素直に受け入れてしまう習慣があるから。
学校教育にいちゃもんつけたいわけじゃないけど、世の中には絶対的な正解はないのに、
コレは◯◯が正解!とか、
アレは◯◯しかあり得ない!とか、
そんな思考に陥りがちなのは、やはり学校教育の現場で一対一対応の正解を導き出させるからだと私は思う。
そして、クイズという断片的な知識の有無を問う番組の多さも一因。
TVのクイズ番組じゃあるまいし、
答えが一つなんてことばかりじゃない。
答えなんて、人それぞれ、
またその場その場で変わることもあるなんて、ホントはみんな知ってる。
正解は一つと決まっていると信じてしまう元凶が学校のテストやクイズ番組にある!?としたら。。。
それは日頃受け身になってる自分に気づかなきゃ!!だよ。
生きるチカラ、取り戻さないとね

学校の先生たちにはあまり良い思い出もないが
小学校4年の時の担任が言ってた、
「テストは先生のためにやるものだ。
みんなが理解できなかったところがテストでわかる。
そのためにテストはある」
っていうのは、その通りだな~と今でも思っている。
この言葉は自分が教壇に立つようになった時、
とても身に染みた。
個人的にはこの担任はえこひいきがひどくて嫌いだったけど、
40年以上経ってもこの言葉は心に残っている。
またまたりんご🍎の量感画、描いてみた。
今度は真上からのと、真下からの量感画。
(ちなみに、量感画とはシンボルではなく、目の前のモチーフを五感でとらえて
模刻をするときのように、量を意識して描く描き方。)
まずは、上から見たりんご↓
描いてて感じたことは、見慣れない絵だな〜、落ち着かないな〜ということ。
もしかしたら、私、正解探しをしてるんじゃないかな?
ふっとそんな気もしてきた。
でも…
私の感覚で捉えたりんご🍎と、
目の前のりんご🍎が同じに見える必要などない。
写実的で本物そっくりが正解なんて描き方、
◯◯喰らえと思ったから臨床美術に興味を持ったのだ。
本物そっくりに見える絵が描けないとダメって思い込んでしまう時期っていうのがあるんだって。
それは10歳ごろとのこと。
その理由はまた改めて。
今日も読んでくださって、
ありがとうございます。