前回、前々回に続き、「ポエム化」のお話3回目。
大反響があった1月14日放送NHKクローズアップ現代「ポエム化」の特集。
ネット上でも批判や非難が相次ぎましたが、そのほとんどはやはり
NHKではなく、居酒屋甲子園側に向けられたものでした。
http://www.j-cast.com/2014/01/15194211.html
NHKも番組動画は当然のことながらありませんので、
これは居酒屋甲子園のダイジェスト版動画です。
こちらは居酒屋甲子園を創始した会社の居酒屋の朝礼の様子
あなたは、どう思われますか?
=====================================
居酒屋甲子園のブログにもメールが殺到したようで、一時的に
ブログを閉鎖していたようです。
甲子園側としては、自分たちの思惑とは裏腹に、批判的な内容で番組が
製作・放送されていたため、遺憾に思うのは当然と言えば当然でしょう。
居酒屋甲子園と居酒屋のイメージアップするつもりだったのが裏目に出てしまい、
参加している居酒屋のイメージダウンにもつながりかねない結果になったわけです。
(※居酒屋甲子園側はブログにて、自らの関係者に対して、放送内容についての
お詫びコメントを掲載。)
________________________________
以下は居酒屋甲子園ブログに掲載されたNHKの取材依頼文です。
<取材までの経緯>
・NHK様より頂いた依頼文 ※依頼部分抜粋
現在、クローズアップ現代で1月の上旬を目指して、いま日本社会の
様々な現場で生まれている広告、条例、企業の社訓・クレド(信条)
などの「熱い言葉」の現場を訪ね、その背景にあるものを探る特集を
組みたいと考えております。そのなかで、従業員の離職率の高さに悩む
サービス業界で、いま●●甲子園という大会が広がっていること、
さらに各店舗さんの企業理念や個人理念でも詩的な言葉を導入されている
様子を取材しております。
低温世代といわれる若者たちのこころをどう動かすか、その取り組みの
様子を取材しております。何卒ご協力のほどをよろしくお願いします。
________________________________
この点に関しては、たんに事前のすり合わせがうまくなされていなかった
だけだと思います。取材依頼と番組内容に開きがあるわけではありません。
批判的に報道しているのは事実ですが、過度に脚色がしてあるわけでもない
し、断定的に否定しているわけでもありません。居酒屋甲子園側の期待とは
大きく異なるでしょうが、NHK側に非があるものではないと思います。
今までは居酒屋甲子園の知名度が低かったのため、特に取りざたされなかった
だけであり、甲子園や居酒屋朝礼の実態が放送されれば、どのような脚色を
しても、おそらく批判・非難は免れないものと思われます。
仮に居酒屋甲子園がNHKに異議を申し立てるのであれば、それは甲子園側の
自分たちの価値観と社会通念とギャップに、あまりにも鈍感であったと
言わざるを得ないでしょう。(甲子園側は協議中だそうですが、異議を申し立てると、
それが話題となってさらに批判が高まるため、おそらく沈静化を待つでしょう)。
====================================
さて、ここからは居酒屋甲子園に対しての、私の感想です。
私はああいった言葉をみんなの前で叫ぶことは、
恥ずかしいとは思うものの、悪いことだとは思いません。
実際、人生において、時には頭をからっぽにして、
感情をむき出しに叫ぶのも大切なことだとは思います。
アファーメーションといいますが、言葉を口にして、
体に覚えさせるという自分をコントロールする技です。
しかし、それは「時には」であるべきだと思うんですね。
ところが、あのように組織化してそれをやってしまうと、
あのテンションが常態化して、オン・オフが無くなっちゃう
んですよね。それが怖いと思います。
いわゆる全体主義です。
問題があって、「おかしいな?間違っているんじゃないか?」
と思うことがあっても、意見もできなくなる。
仲間こそが全て。ポジティブだけのイケイケドンドンですから。
やっぱりバランスだと思います。夢をかたるのはいい。熱くなるのもいい。
でも、熱くなりすぎちゃだめなんですよ。熱けりゃいいってもんじゃない。
冷静さっていうのもやっぱり大切ですからね。
================================
中には「本人たちが好きで望んでやっている事だからいいじゃないか」
「働く本人たちの自由であって、とやかく批判することではない」
そういった意見もあります。
もちろん、そこで働くのは本人の自由です。
1日労働時間が16時間になろうとも、残業手当がほとんどなく年収270万円
程度であろうとも、労働基準法に抵触しようとも、本人がよければそれで
いいのです。
放送収録だというのに、開店前から目の下にクマを作って、ひきつった笑顔
で接客するのも、本人がよければいいのです。
開店前朝礼なら仕事前の実務的なすりあわせとか、問題点・改善提案などの
意見交換する必要もあるはずでしょうが、夢を叫んで終るのも、本人たちが
よければそれでいいのです。
飲食業で食器や食材が並んでいるにも拘らず、唾を飛ばし合いながら、大声で
さけぶのも、本人たちがいいのだからそれでいいのでしょう。
だって、仲間がいるんだから。
================================
甲子園を非難するつもりも擁護するつもりもありません。
あれらの居酒屋の経営者は、騙しているつもりはないでしょう。
経営者として、社員以上に働いているのだろうとは思います。
しかし構造的には宗教団体と同じじゃないでしょうか。
ひたすら、お経のように明るい言葉を唱えて信じこむわけで、
本質を洞察することが、みごとに、無い。
つまり「考える」ということがなくなるんですね。
考えることを捨てることで、不安や恐怖を見えなくする。
同時に問題点も見なくしちゃうんですよね。
「日本一!世界一!本気です!絶対です!本当です!最高です!…」
気持ちはわかりました。
でも具体性が、一切無いですよね。
「仲間のために!」…はい。でもそれ、
「お国のために!」という戦時下の国家主義と(論理の構造的に)同じです。
その言葉を信じてはいるが、それが何であるかを考えてはいない。
ただひたすら信じているだけという、省察のない無反省さが
とても「危うい」と思います。
そこでは「何かおかしい」と思ったとしても、誰もが声を上げる事が
できない雰囲気であり、終には「おかしい」と思う感覚がマヒしてしまう。
そういう危うさのことです。
例として適切ではないかもしれませんが、食品偽装などの
あれら企業の問題も、結局は企業のため、みんなのため、という
信念のもとにエスカレートしていったわけじゃないですか。
戦時下の国家主義も同じ構造だったとと思うのですが、違いますか?
===============================
本来は個人的な心の問題を、すべて「仲間」という集団の問題として
すり替えているのが、ポエム化と呼ばれる現象の問題の核心にあります。
SNSが発達し、個人間での情報のやり取りが飛躍的に増えた現代においては、
この「仲間とともに」という価値観が、基盤的な価値観となってしまいました。
でもその価値観は、大切なものではあるけれど、一番では無いはずです。
それが何かを考えなくなることが、本当は一番怖いことだと思います。
言葉を大切にすることと、言葉を崇めることとは違うと思います。
言葉を崇め、ありがたがり、それを唱えるように叫び、
多用・連発することは、大切にしているように見えますが、
ただ言葉を安売り・投げ売りしているのだと思います。
人は、その言葉を大切に思ったら、必ずその言葉の意味を
深く考えるはずです。大切な言葉は、誤った使い方をしたく
ないから、大切な言葉であるはずだからです。
本当に大切な言葉なら、あんな使い方にはならないと思います。
大反響があった1月14日放送NHKクローズアップ現代「ポエム化」の特集。
ネット上でも批判や非難が相次ぎましたが、そのほとんどはやはり
NHKではなく、居酒屋甲子園側に向けられたものでした。
http://www.j-cast.com/2014/01/15194211.html
NHKも番組動画は当然のことながらありませんので、
これは居酒屋甲子園のダイジェスト版動画です。
こちらは居酒屋甲子園を創始した会社の居酒屋の朝礼の様子
あなたは、どう思われますか?
=====================================
居酒屋甲子園のブログにもメールが殺到したようで、一時的に
ブログを閉鎖していたようです。
甲子園側としては、自分たちの思惑とは裏腹に、批判的な内容で番組が
製作・放送されていたため、遺憾に思うのは当然と言えば当然でしょう。
居酒屋甲子園と居酒屋のイメージアップするつもりだったのが裏目に出てしまい、
参加している居酒屋のイメージダウンにもつながりかねない結果になったわけです。
(※居酒屋甲子園側はブログにて、自らの関係者に対して、放送内容についての
お詫びコメントを掲載。)
________________________________
以下は居酒屋甲子園ブログに掲載されたNHKの取材依頼文です。
<取材までの経緯>
・NHK様より頂いた依頼文 ※依頼部分抜粋
現在、クローズアップ現代で1月の上旬を目指して、いま日本社会の
様々な現場で生まれている広告、条例、企業の社訓・クレド(信条)
などの「熱い言葉」の現場を訪ね、その背景にあるものを探る特集を
組みたいと考えております。そのなかで、従業員の離職率の高さに悩む
サービス業界で、いま●●甲子園という大会が広がっていること、
さらに各店舗さんの企業理念や個人理念でも詩的な言葉を導入されている
様子を取材しております。
低温世代といわれる若者たちのこころをどう動かすか、その取り組みの
様子を取材しております。何卒ご協力のほどをよろしくお願いします。
________________________________
この点に関しては、たんに事前のすり合わせがうまくなされていなかった
だけだと思います。取材依頼と番組内容に開きがあるわけではありません。
批判的に報道しているのは事実ですが、過度に脚色がしてあるわけでもない
し、断定的に否定しているわけでもありません。居酒屋甲子園側の期待とは
大きく異なるでしょうが、NHK側に非があるものではないと思います。
今までは居酒屋甲子園の知名度が低かったのため、特に取りざたされなかった
だけであり、甲子園や居酒屋朝礼の実態が放送されれば、どのような脚色を
しても、おそらく批判・非難は免れないものと思われます。
仮に居酒屋甲子園がNHKに異議を申し立てるのであれば、それは甲子園側の
自分たちの価値観と社会通念とギャップに、あまりにも鈍感であったと
言わざるを得ないでしょう。(甲子園側は協議中だそうですが、異議を申し立てると、
それが話題となってさらに批判が高まるため、おそらく沈静化を待つでしょう)。
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さて、ここからは居酒屋甲子園に対しての、私の感想です。
私はああいった言葉をみんなの前で叫ぶことは、
恥ずかしいとは思うものの、悪いことだとは思いません。
実際、人生において、時には頭をからっぽにして、
感情をむき出しに叫ぶのも大切なことだとは思います。
アファーメーションといいますが、言葉を口にして、
体に覚えさせるという自分をコントロールする技です。
しかし、それは「時には」であるべきだと思うんですね。
ところが、あのように組織化してそれをやってしまうと、
あのテンションが常態化して、オン・オフが無くなっちゃう
んですよね。それが怖いと思います。
いわゆる全体主義です。
問題があって、「おかしいな?間違っているんじゃないか?」
と思うことがあっても、意見もできなくなる。
仲間こそが全て。ポジティブだけのイケイケドンドンですから。
やっぱりバランスだと思います。夢をかたるのはいい。熱くなるのもいい。
でも、熱くなりすぎちゃだめなんですよ。熱けりゃいいってもんじゃない。
冷静さっていうのもやっぱり大切ですからね。
================================
中には「本人たちが好きで望んでやっている事だからいいじゃないか」
「働く本人たちの自由であって、とやかく批判することではない」
そういった意見もあります。
もちろん、そこで働くのは本人の自由です。
1日労働時間が16時間になろうとも、残業手当がほとんどなく年収270万円
程度であろうとも、労働基準法に抵触しようとも、本人がよければそれで
いいのです。
放送収録だというのに、開店前から目の下にクマを作って、ひきつった笑顔
で接客するのも、本人がよければいいのです。
開店前朝礼なら仕事前の実務的なすりあわせとか、問題点・改善提案などの
意見交換する必要もあるはずでしょうが、夢を叫んで終るのも、本人たちが
よければそれでいいのです。
飲食業で食器や食材が並んでいるにも拘らず、唾を飛ばし合いながら、大声で
さけぶのも、本人たちがいいのだからそれでいいのでしょう。
だって、仲間がいるんだから。
================================
甲子園を非難するつもりも擁護するつもりもありません。
あれらの居酒屋の経営者は、騙しているつもりはないでしょう。
経営者として、社員以上に働いているのだろうとは思います。
しかし構造的には宗教団体と同じじゃないでしょうか。
ひたすら、お経のように明るい言葉を唱えて信じこむわけで、
本質を洞察することが、みごとに、無い。
つまり「考える」ということがなくなるんですね。
考えることを捨てることで、不安や恐怖を見えなくする。
同時に問題点も見なくしちゃうんですよね。
「日本一!世界一!本気です!絶対です!本当です!最高です!…」
気持ちはわかりました。
でも具体性が、一切無いですよね。
「仲間のために!」…はい。でもそれ、
「お国のために!」という戦時下の国家主義と(論理の構造的に)同じです。
その言葉を信じてはいるが、それが何であるかを考えてはいない。
ただひたすら信じているだけという、省察のない無反省さが
とても「危うい」と思います。
そこでは「何かおかしい」と思ったとしても、誰もが声を上げる事が
できない雰囲気であり、終には「おかしい」と思う感覚がマヒしてしまう。
そういう危うさのことです。
例として適切ではないかもしれませんが、食品偽装などの
あれら企業の問題も、結局は企業のため、みんなのため、という
信念のもとにエスカレートしていったわけじゃないですか。
戦時下の国家主義も同じ構造だったとと思うのですが、違いますか?
===============================
本来は個人的な心の問題を、すべて「仲間」という集団の問題として
すり替えているのが、ポエム化と呼ばれる現象の問題の核心にあります。
SNSが発達し、個人間での情報のやり取りが飛躍的に増えた現代においては、
この「仲間とともに」という価値観が、基盤的な価値観となってしまいました。
でもその価値観は、大切なものではあるけれど、一番では無いはずです。
それが何かを考えなくなることが、本当は一番怖いことだと思います。
言葉を大切にすることと、言葉を崇めることとは違うと思います。
言葉を崇め、ありがたがり、それを唱えるように叫び、
多用・連発することは、大切にしているように見えますが、
ただ言葉を安売り・投げ売りしているのだと思います。
人は、その言葉を大切に思ったら、必ずその言葉の意味を
深く考えるはずです。大切な言葉は、誤った使い方をしたく
ないから、大切な言葉であるはずだからです。
本当に大切な言葉なら、あんな使い方にはならないと思います。





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