財政金融をめぐる豊臣兄弟の確執 #6 | 福永英樹ブログ

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【#6 武家社会の価値観をめぐり兄弟の絆に亀裂が】

 1585年春の紀州攻めで副将として活躍し、夏には総大将として見事に四国を平定した秀長は、関白へ任官したばかりの兄秀吉から大和・紀伊・和泉100万石を与えられ大和郡山城主となります。大和は寺社勢力が、紀伊は国人衆がひしめき合う国柄で、共に既得権益を激しく主張する難治の土地でした。しかし秀長は、だからこそ自らが温めてきた政策を試す価値があると考えていました。まずは後の太閤検地から先立つこと3年前の試みである領内検地を断行します。米の量を計る升を統一し、計算する単位を石高に統一し、年貢徴収も秀長が直接行って中間搾取(惣村制度)を全廃します。秀吉はこれを称賛したそうです。ただ紀州の一部国人衆から激しい抵抗を受け、鎮圧したものの秀長は、土地それぞれの事情に考慮した検地導入を考えるようになります。そしてこれが後年の徳川幕藩体制のやり方である『中央政庁が大名たちの自治を一定程度尊重する地方分権統治』へ繋がっていきます。

 そんな秀長の耳にある噂が入ってきます。織田三法師(信長嫡孫)の傅役から京都所司代に転身していた前田玄以が『関白殿下(秀吉)がミカド(天皇)や公家の居並ぶ前で、国内を統一したあかつきには唐入り(明国平定)に踏み切ると申された』と周辺に漏らしまくっていると言うのです。そして秀長が豊臣政権の財政基盤確立のために試行錯誤している検地も、外征の際に大名に漏れなく公平に軍役を課すため、彼らの石高を正確に把握しようとする秀吉の下準備(中央集権統治)だったことが判明します。武家政権による安定した行政財政により庶民の平和と平穏を目指してきた秀長からすれば、『いったい何のためにわしは検地をやってきたのだ・・』と失望したに違いありません。


 次に秀長が大和でチャレンジしたのが、奈良で長年癒着してきた寺社勢力と商人を隔離したことです。寺社は宗教活動に専念させ、商人たちは郡山城下だけで商いをさせます。まず寺社の僧兵たちが持つ武器類をすべて没収し、彼らの盟主ともいうべき興福寺の過剰申告(年貢配当のための)も暴きます。これは秀吉の意向に沿った措置でしたが、一方で郡山における商業振興の手法は非常に斬新なものでした。一つは郡山城下に集まった商人たちに「箱元制度」という自治組織をつくらせたことです。秀長は各種同業者を業種ごとにそれぞれの町に集め、町々に特許状を与えます。これを封印して朱印箱に納め、1ヶ月交代で城下全体の自治を持ち回りさせたのです。これはかつて東アジアのベネチアといわれた堺の評定組織 会合衆(えごうしゅう)の活動を踏襲したもので、『自主性を重んじて自由に商売をさせることが商業振興に繋がる』という秀長・利休の共通した価値観から産み出されたものでした。そしてもう一つが、金融商人に資金を預けて運用(投資・融資)したことです。もちろんこれは秀吉が織田家の重臣時代から秀長が利休と共にやってきたことですが、違っていたのは他の複数の有力大名をも絡ませたことでした。その事実は秀長死後に勃発した金融疑獄事件について書かれた「多聞院日記」や「当代記」が証明しており、『この金借、大名衆も入りけるか? 秀吉公にその名を隠し奉る』と記録されています。これを知った秀吉は翌1586年に堺奉行だった松井氏(信長時代から担当)を突然更迭し、この年の夏には代わりに着任した石田三成に堺の濠を埋めさせています。さらに1589年には有名な「金配り」を実行し、朝廷や大名たちに莫大な金銀をばらまいたのです。その際に秀吉は『金を貯めすぎると災難に遭うからやめた方がよい』と言ったそうです。


 秀長はなぜ兄秀吉と対立してまで貿易を含めた商業振興を政権政策の中枢に置いたのか? それはそれまでの戦国大名の土地獲得拡大の指向価値観を、全国統一後は金銭獲得の指向価値観に方向転換させることで、永続的な平和を構築したいという志があったからです。つまり能力が高いかヤル気のある者は、人を殺す戦いではなく、資金は融資してやるから貿易か運用で立身出世を目指せということです。しかし『所領を安堵し軍功次第で領地を増やしてくれるのが主君で、そのために家臣は戦場での働きに励む』という古くからの土地本位の価値観(御恩と奉公)に慣れ親しみ、それこそが自らの生き方だった秀吉はどうしても頭を切り替えられませんでした。海外との貿易や金銭の運用により合戦もしない者の身代が簡単に膨張する世界では、戦いでしか己を見いだせなかった秀吉の生きる場所は無かったのです。従って秀吉は1589年頃(小田原征伐の前年)から秀長・利休路線に対する徹底した弾圧をスタートし、それは秀長が遺言を託したと思われる関白秀次へも及んでいきます。

(#7へ続く)