初森ベマーズEX☆#1ー2☆
「跳べッ!回遊魚!」
メバチの手を離れたボールは、投げられた瞬間から、地面スレスレをまっすぐ、泳ぐように進んでいった。
イマドキが、驚きの声をあげる。
「ぎょ、魚群じゃない!」
「あれは…ヒラメ?あの子たちに、食べさせてあげたい」
家族思いのカァチャンの瞳が輝く。
「たしか、ヒラメも、回遊魚。広い意味で、スズキやヒラメのように沿岸の浅場と深場を往復する行動や、ウナギ、アユ、サケなどのように川と海を往復する行動なども回遊魚に含まれる。
かの天才数学者ガウスが、球関数展開法という手法で地球磁場の強さを測る方法を確立すると─」
ハーバードが、滔々と解説している頃、
シェリーの目には、ボールが、美味しく調理された、舌平目のポワレに見えていた。
「いただきですわ!」
直後。
地面スレスレだった球筋(ヒラメ)は、
ホームベースのやや手前から、急激に、ありえない角度で、跳ね上がった。
「と、跳んだー!?」
またしても、紅組(初森第二)ベンチが、ひっくり返る。
その鋭い軌道は、
シェリーの顔面を襲い、頬をかすめ、ヘルメットを弾きとばした。
「シェリー!」
ベンチの声や、
頬から流れる血さえ、気にもとめず、シェリーは、立ったまま、つぶやく。
「なかなか…、活きのいいヒラメね」
すぐさま、
審判が、デッドボールを宣告する。
「ちっ!やっぱり、まだ、コントロールが…」
ストライクを取れなかったことを、悔やみ、グローブを叩きつけるメバチ。
しかし─。
「当たってないわ」
「何っ?」
「当たってないって言ってるでしょう。早く、投げなさい。いまの秘球(ボール)を─もう一度」
シェリーは、
転がった
ヘルメットを拾うと、再び、左のバッターボックスに入る。
「おい、キレイ。シェリーは、本当に大丈夫なのか?」
ベンチに座る権田原キレイに、
イマドキが、心配そうに、尋ねる。
「もちろん。何の問題もないわ。黙って見てなさい」
腕を組むキレイの指先には、力がこもっていた。
マウンド上のメバチが、気合いを入れ直す。
「よっしゃあ!後悔すんなよ!いまので、感覚は、掴めた。今度こそ、三振じゃあ!」
シェリーは、いつもより、バットを長く持ち、大きく構え、メバチを睨みつける。
「早く、投げなさい。エステの予約に、間に合わなくなるわ」
マジすか学園GX☆#1ー8☆
ジュリナに、容赦なく襲いかかる者、それは─
もはや、『江口アイミ』という美しき少女─ではなく、ただの殺戮機械と化した、矢場久根死天王最強の存在『オメガ』─と呼ばれるものであった。
彼女(?)の繰り出す拳は、とてつもなく、疾く、そして、鋭い。
それでいて、
ジュリナの防御など、巧みにかわし、的確にヒットさせている。計算された正確無比な打撃。
ジュリナは、脚を踏ん張ろうと堪えるものの、市川ミオリとの死闘のダメージの蓄積が、身体の自由を阻害する。思うように、動けていない。
本当に、この少女が、あのとき、河原で出会った少女なのか、と、不思議に思えるくらい、ジュリナにとっては、別人のごとき、変容だった。
攻撃する
オメガの表情は“無”。凄まじいほどに“無”。
ただ、透き通るような美しさのみが、清冽さを撒き散らす。
また、反対に、
ジュリナの攻撃など、完全に読まれていた。
拳や蹴りの入射角。スピード。パワー。コンビネーション。全て。
「計算通り」
と、オメガは呟く。
データの蓄積による正確な演算。
まったく、表情を変えないまま、淡々と、『仕事』をこなす。より早く、より正確に、相手を壊していくという『仕事』を。いつも通り。
「はぁ、はぁ…、こんな、はずじゃ…」
手も足も出ないことに、信じられない思いのジュリナ。
「……、まるで…、人間じゃ、ない…」
喧嘩の途中で、
割って入られ、
興を失ってしまったミオリは、腕を組み、壁に背を預け、二人の闘いを眺めていた。
「オメガが、戦闘モードに入ってしまっては、わたしであっても、止めるのは、骨だ。なにせ、あいつには、わたしと違って、『遊び』がないからな。ネズミ、お前、助けには、行かないのか?」
「私(あっし)が、手を出したら、後で、ジュリナに、ぶっ飛ばされるでしょう。これは…、一対一の『タイマン』っスから…」
そう、言いつつも、ジュリナが、殴られれば、自分が殴られたのと同じくらい、辛く苦しい思いを、ネズミは抱えていた。しかし。
たとえ、殺されたとしても、自分も、後を追う、ただ、それだけのこと。ここを乗り越えずに、“てっぺん”は、見えない。
「ヤセ我慢は、見苦しいぞ。別に、二人がかりでも、構わない。オメガは強い。いや、強すぎるからな」
加勢しても、ボロボロのネズミでは、何の意味もないことは、百も承知の上で、市川ミオリは、言いつのる。
「これまで、オメガと闘った者たちは、皆、それまで持っていた“強い”というプライドを、ズタズタに引き裂かれる。そして、完璧に、敗北を味わった後に、こう言うのだ。『もう、二度と、誰とも、喧嘩をするのは、嫌だ』とな」
どれだけの、的確かつ厳しい攻撃が、ジュリナを襲っただろうか。まさに、サンドバッグのように、ただ、殴られ、蹴られるだけの状態が、ひとしきり、続いた。
そして、
とうとう。顔面を赤く染め、口から、血を流し、ジュリナは、膝から、崩れ落ちる。それ以外に、為す術は、なかった。
うつ伏せになり、起き上がる気力もなく、
朦朧とする意識の片隅で─
(……、ちくしょう…、身体に、ちからが、入らない…、強すぎる…、ほんとに…)
思う。初めて。
(ダメ、だ…、勝てない…)
と。
しかし。
そう思いながらも、ジュリナは、さらに、思う。思考の奥の奥で。
(面白いな…)
と。
初めて、喧嘩で、
勝てないと思える相手に出会えた。
勝てないかもしれない。
それでも。
もう嫌だ、と、
けっして、あきらめることはなく。立ち向かう。
それが、脈々と受け継がれてきた、『ヤンキー魂』。
ジュリナは、
いままで、知らず知らずのうちに、自分の“チカラ”をセーブしてきていた。それは、幼い頃から、ジュリナが、あまりにも、強かったから。強すぎたから。
そう、まるで、前田敦子が、眼鏡をかけ、自らの“チカラ”を抑えていたかのように。
それは、自然に、長い年月を超え、かけられたストッパーだった。
自分自身、
外す術も知らずに、今日まで過ごしてきた。また、その必要もなかった。本能を解放する必要が。
今までは─。
ゆうらりと、静かに、立ち上がるジュリナ。奇跡。
その動きを、誰よりも早く察知した者がいた。
立ち上がりかけたジュリナへ、すかさず、
強烈な一撃が、最強のオメガによって、もたらされる。
直後。
バチっ!という音とともに。
オメガの拳が、ジュリナの顔面スレスレで、受け止められていた。まったく、これまで、一度も、見切ることの出来なかった、その拳が─。
「見えたぜ」
さらに、ジュリナのもう一方の拳が、逆に、オメガの顔面を捉えた。その衝撃は、オメガの身体を、大きく、吹き飛ばし、冷たいコンクリートの床を、すべるように、転がらせていった。
「うぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
吼えるジュリナ。
「覚醒…」
ネズミが、つぶやく。
「まさか…?」
市川ミオリも、ぴくりと、眉を上げる。
(奥の手か?)
ジュリナは、ついに、長い間、
囚われていた闘争本能とも呼ぶべき魂(もの)を、窮屈な檻のなかから、解放することに成功した。いままでのジュリナではなく、殻を突き破った、新生の─。
「ジュリナ!」
ネズミの声に、頷き、
ふたたび、気力を漲らせた、ジュリナは、
薄茶色のカーディガンを脱ぎ捨て、
「わたしたちが、『階段』、のぼる手助けをしてくれて、感謝するぜ」
倒れているオメガに、勝利の言葉を、言い放つ。
「ここからが、わたしの“マジ”だ!」
