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 知ってますか?ソース焼きそばに、スクランブルエッグ風ふわふわ卵が合うということを=写真。いろんか一人暮らし料理メニューがあるけど、最近はこいつにはまっている。
 
 いわゆるオム焼きそばなんだけど、薄焼き卵ではダメ。とろとろの半熟スクランブルエッグではないと。卵が焼きそばのボソボソ感(ややもするとなりがち)をつなぎ、ご飯のおかずとしても悪くなくなる。この味はたまらない。
 
 まあ料理は楽しいんだけど、もし生まれ変われるとしたら、イタリアンのシェフ川越達也になりたい、とここんところつくづく思う。
 
 甘いルックスに柔らかい物腰、抜群の腕前。さぞかしモテるだろう。イタリアで修業して店を構えれば、男としての仕事の達成感も持ち、料理するたびにお客さんから満面の笑顔と感激の声を受けられる。こんな幸せなことがあるだろうか。
 
 いま何か壁にぶつかっている気がする
 最近とみに思うのが「いまこのまま死んでもいいかな」ということ。これは積極的に「死にたい」ということではなく、死への許容範囲が広がったのではないかと捉えている。その心境を一言で現すならば、“老い”なんだろうな。
 
 36歳なんて若い若いと言われるし、現にそう思う。家族がいれば違うはずだ。あと20年は妻子のために生きなければならない。しかし一人でいると生きる義務感はなくなるのだ。かといって仕事や生きることに対して妥協はしてないつもりだけど。一人きりの休日は特に感じる日々は多い。
 
 人生50年だった戦国時代、明智光秀の謀反を知った織田信長は「是非もなし」と答えたと伝えられている。尾張の小大名から数多の戦争を経て天下人の手前まで昇ったのだから、もしも自分が信長なら自分ならば後悔はない。
 
 子供のころはいろんなモノが怖かった。それは生への欲望が強く、そのために臆病だからだろう。徐々に恐怖心が薄れている。そんな日々にサヨナラしたいものだ、とつくづく思うけどそれもまた人生。
 
 で、昨日はかなり年上の友達と飲んできた。三河で30年の飲ん兵衛で“岡崎でイチバンうまい居酒屋に連れてってやる”と駆り出された。
 
 この店が出す料理が、まー美味いこと!!シマアジの刺身、八丁味噌を使った葱とイカのぬた、北海道から取り寄せたラムジンギスカン、穴子の稚魚の刺身“ノレソレ”…全品網羅したい気分だった。
 
 どうせ食べなきゃならないなら、美味いモノがいい。食道楽はたまらない。
 今から15年ほど前、僕が学生-就職浪人時代だったころの小説界は、空前のホラーブームだった。火付け役となったのが真っ黒な装丁でお馴染みの角川ホラー文庫。さらに起爆剤となったのが鈴木光司の「リング」だった。
 
 このころから飯田譲治「NIGHT HEAD」や西荻弓絵「ケイゾク」など、ドラマとタイアップしたようなホラーサスペンスがカルト的な人気を博してきていた、気がする(なにぶん記憶が曖昧なR35なもんで)
 
 当時の僕は島田荘司や綾辻行人、京極夏彦ら本格ミステリを読み漁る一方で、村上春樹にはまりまくり、村山由佳や山田詠美といった女流恋愛作家に食指を伸ばしていたから、センス溢れるブーム的な小説に目がいかなかった。だから飯田譲治・梓河人の「アナザヘウ゛ン」を読んだのは“今更ながら”という気がしてしまった。
 
 殺人を犯し、その脳を取り出してクリームシチューやカルボナーラに調理し、食べるという事件が題材で、あまり食事したりしながらは読めない。だが刑事たちの戦いぶりには人間味に溢れ、スリルに満ち溢れていて一気読みしてしまった。
 
今更ながら、と買った古本は上質のエンターテイメント。読むタイミングが大事な本があれば、タイミングなぞ関係ないモノもあるということなんだな。
 
 昨夜は映画をみた。1980年代ぐらいだろうか、「タップ」というタイトル通りタップダンスの映画だった。当然みどころはダンスシーン。俳優はその道の第一人者らしく、とてつもない技量とリズムで虜にしてくれた。

 ネタバレになってしまうが、ヨボヨボの爺さんたちがシューズを履いた瞬間に、抜群の切れ味と高速ビートでダンスを踊るシーンはたまらない。70を超えたような老人たちが超人的な動きを見せるんだけど、とにかく楽しそうだった。
 
 縁はないが、昔からタップダンスはなぜか気になるモノだった。「Shall We Dance?」を観ても社交ダンスをしようと思わないし、ブレイクダンスやヒップホップなんかは最初から無理と諦めてしまうが、タップは魅力的すぎる。タップのリズムで映画を作った北野武「座頭市」も大好きだ。いつかどこかで習ってみたいものだが…