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ちょっとだけ“秀でた世界”

マニアックでちょっぴりディープな世界をジョジョに奇妙なお届け♪

「秀と母」 第三章 

第63話 ハイタッチ

 

 夜、母が眠る前に自分の部屋へ上がることにしていた。僕の部屋は離れの二階にあり、一旦外へ出るためには母の寝る部屋を通る。母が就寝した後に通って物音を立てて起こしてはいけない。ゆっくり休んでもらいたいから。なので、母が起きている間に二階へ上がる。

 

 ガラス戸を開けて外履きのサンダルを履き、すぐにガラス戸を締める。真冬の冷たい風が吹き込んで、母が風邪を引いては困る。ガラス戸をすぐ開けてすぐ締める。素早い開け閉めを習慣にした。

 

 

 それでも母は僕がガラス戸を素早く開けサンダルを素早く履こうとしている時もベッドに入らず、立ったままで見守ってくれる。

「お母さん、風引いちゃうからベッドに入っていた方が良いよ」

「大丈夫だよ。(階段に)気をつけてね」

 二階へ上がる急な階段から落ちないかと心配してくれる母。その優しさが嬉しい。

 

 

 母はパジャマの上に毛糸の温かい上着を羽織っているとはいえ、冷たい夜風に当たって風邪を引かないかと、そちらの方が心配になる。すぐガラス戸を締めようとしている習慣にも母は気づいていた。

「そんな気を使わなくても大丈夫だよ」

と、母は笑って言ってくれるが、やはり何かと心配になってしまう。でも、二階へ上がる時に見送ってくれるのは正直、嬉しい。

 ガラス戸を締める前に、母に手のひらをかざす。

「お母さん、イエーイ!」

「イエーイ!」

 母が手のひらを合わせて優しくハイタッチ。母の手の温もりが伝わってくる。

「イエーイ!」

 嬉しくてついつい続けて二回めのハイタッチ。さらに続けて三回目のハイタッチをすると、「もう早く行きなよ」と母が笑う。

 

 

 母とのハイタッチが毎晩の楽しみになった。

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみ。(階段に)気をつけてね」

 母の優しさが嬉しい。

 

 

 明日の夜もハイタッチが楽しみだ。ただそれだけのことが嬉しい。

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第三章 

第62話 母との挨拶

 

 

 毎朝アルバイト先へ出かける時、台所の指定席に座っている母に声をかける。

「じゃあ、行って来まーす!」

「いってらっしゃい!」

 母が明るく元気な声で送り出してくれることが嬉しい。今までは当たり前のようにしていた出かける時の挨拶も、実はとても幸せなことなのだと気づく。

 

 

 母が入院中の時と違い、重かった気分が少し楽になり、気持ちが明るくなってきた生活が嬉しい。仕事中に母を思い出し、家でどう過ごしているのかと考えることもしばしばあった。信頼できる上司のKさんや仲間には母の病状を伝えてあるので定時ですぐ帰る。

 

 

 帰り道は気分がウキウキしてくる。母が家で待っているから。電車に乗っている時も母のことを考える。地元の駅から自宅までは徒歩で約10分。早く歩きながらも母のことを考えていた。

「ただいま~!」

「おかえり~!」

 母の元気な声が聞けて嬉しくなる。母の顔を見てホッとする。

 

 

 母と父と一緒に晩ご飯を食べる。今、母と家で食事をしている。当たり前のようで当たり前ではない。一緒に食事ができる嬉しさ。幸せな気持ちになった。でも嬉しい時ばかりではない。母はもともと小食だが、入院中から体力維持のために頑張って食べるよう心がけていた。それでも体調や薬の影響で気分が悪くなり、食欲が落ちることがある。

「ご飯残しちゃった」

 少し落ち込む母。

「お母さん、もともと小食だから残しても大丈夫だよ」

 母を励ますのは入院時と変わらない。

「そうだよね。じゃあ、ちょっと悪いけど残すね」

「うん。大丈夫だよ。気にしないで」

 

 

 食欲が落ちた時でも、少しでも食べようと頑張る母。僕らのために頑張って生きようとしてくれる。体調が良さそうな時の母を見ると、もしかしたらこのまま安定していくのでは?と安心すると体調が崩れ、現実に引き戻される。

 ただいてくれるだけでいい。母が家にいるだけで気分が落ち着くから。

 

 

 毎朝、出かける時に母に声をかける。

「じゃあ、行ってきまーす!」

「いってらっしゃい!」

 母の明るい声を聞けるだけで嬉しい。

 きっと僕らを安心させるために、頑張って明るく元気な声を出してくれている。「自分は大丈夫だよ、心配しないで」という想いが伝わってくる。おかげで僕らみんなが元気をもらった。

 

 

「ただいま~!」

「おかえり~!」

 夜も元気に迎えてくれるのが嬉しかった。毎朝毎晩、母の明るい声を聞ける楽しみ。母と挨拶が出来る幸せ。

 

 

 これからも母の明るい声が聞きたい。明日も明後日も明々後日も。

 

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第三章 

第61話 枯れた野牡丹

 

2011年1月10日

野牡丹

 

 

 2011年1月10日

 わが家の野牡丹がすべて枯れてしまった。信じられなかった。母の入院時から写真に撮って見せてきた鮮やかな野牡丹。母がようやく退院できたから見せたかった。花が好きな母に見せれば、鮮やかに咲く野牡丹の色合いの美しさに、きっと元気になってくれると信じていた。

 

 

 通院から帰って来た時の母は、近所の人に姿を見られたくないことから、早く家に入りたいという感じだった。一度はゆっくりと野牡丹を見せてあげたかった。

 外に出なくても父の部屋の窓を開ければ野牡丹は見られたが、この日の朝に窓を開けて愕然とした。昨日まであんなにたくさん鮮やかに咲いていたのに、一夜にしてすべて枯れてしまうとは・・・ショックだった。

 

 

 こんな不思議な体験は記憶にない。僕も父も何か不吉な暗示と感じてショックを受けた。母の身に何かが起きてしまうような気がして。何よりも、そのすべて枯れてしまった野牡丹を見た母の心境を察すると切なかった。母自身が不吉な暗示と捉えたはず。本人は相当ショックだったと思う。母が可哀想になって仕方なかった。

「みっともないから全部切っちゃって」

 母が動揺して、普段なら言わないような少しイラついた言い方をした。すぐに父が枯れた野牡丹の枝を切った。

 

 

 また咲いてくれることを願った。幸いにも花芽がついているから、また咲くはず。でも次に咲くまでに母の命が持っているだろうか?

――もしかしたら、もう二度と見る事が出来ないかもしれない・・・。

 不安がよぎる。

 

 

 後に振り返ると、この年は3月11日に東日本大震災が起きて忘れられない年となった。前年の2010年12月には、わが地元の道路で季節外れのバッタを見かけるなど、何か異常現象の流れを感じていた。植物も異変を感じて、野牡丹も枯れてしまったのかもしれない。それは母の命とも何か繋がりがあるようにも感じた。

 

 

 枝を切った野牡丹は、その年の夏には咲いてくれたが、母に見せることは叶わなかった。もう一度、母に見せたかった。

 

 

 野牡丹は咲く。鮮やかな紫色に輝いて。