ちょっとだけ“秀でた世界” -34ページ目

ちょっとだけ“秀でた世界”

マニアックでちょっぴりディープな世界をジョジョに奇妙なお届け♪

「秀と母」 

第三章 第60話 母のお雑煮

 

 

2011年1月9日

母が作ってくれたお雑煮

 

 

 

 2011年。この年は僕にとって前厄の年だった。厄払いと母の健康祈願をするため、父と文京区の根津神社へ行った。

 

 

 2011年1月9日

 天気は晴れ。根津神社はまだお正月の雰囲気が残っていた。初めての厄払いは自分のためというよりは、母の病をお祓いしたい気持ちだった。

 厄除けと家内安全・健康をご祈祷してもらい清められた。玉串作法は初めて。厄払いしてすがすがしい気分になった。

 

 

 神社でいただいたお札とレトルトのおこわを母のお土産に持ち帰る。そう言えば、まだ退院祝いのお赤飯を食べていなかった。谷中で買った小豆もしまってある。お赤飯をやろうやろうと思って、そのままにしてあった。このおこわはちょうど良いタイミング。しかもレンジでチンの簡単レトルトパック。料理をほとんどしない男所帯の僕らに「お赤飯を作る」という発想は思いつかなかった。簡単にレンジでチン。とにかく母におこわを食べさせたい。母はおこわが大好きだ。

 

 

 家に帰ると早速、母におこわをプレゼント。

「ありがとう。じゃあ、お昼にこれ食べようかな」

 喜んでくれる母。レンジで温めてごま塩をふりかけて食べてもらう。パックのおこわの味が気になった。

「どう?あまり美味しくない?」

「まあまあ美味しいよ」

 ちょっと笑いながらも気を使ってくれる母。

――うん、きっと普通の味なのだろう。レトルトでごめんね。

 

 

 それでも母に久しぶりにおこわを食べさせてあげられて良かった。

秀郎(ひでお)、お餅があるからお雑煮食べる?」

 母からの嬉しい言葉。今までは当たり前のように毎年聞いてきたこの言葉が、この年はとても嬉しくありがたい。

「食べる食べる~!」

 母が台所へ立つ。お正月に残った鶏ガラで出汁を取り、母が味付けして自ら作ってくれた。

「お父さん、お餅を焼いてくれる?」

 母の頼みで父がお餅を焼く。母が鍋に火をかけ、焼いたお餅を入れる。煮えてくると出汁の良い香りが漂う。母がよそってくれたお雑煮。具は大根と人参、里芋、鶏肉。

――もう見るからに美味しそうだ!

 お雑煮の大好きな食べ方は鰹節を入れる。お正月の残りで大ぶり花鰹が残っていたので、手でたくさん取って入れる。汁に浸ると鰹節が揺れ動く。これを見るといつも言う言葉。

「お母さん、『生きてる』凄いよ!」

「凄いね」

 微笑む母。

「いただきまーす!」

 と、食べる前に携帯でパシャッと撮る。

「撮らなくていいよ」

 笑う母。今度こそ、

「いただきまーす!」

 

 

 お正月の時は父が作って母が味付けをした。今回は母が自ら作ってくれたお雑煮。出汁が効いて醤油もちょうど良い味加減で美味しい。母の味だ。お餅にからむ汁の絶妙な美味しさ。

「お母さん、美味しいよ~!」

「そう?良かった」

 喜ぶ母。もちろんすぐおかわり。二杯目もお餅二個入れてもらう。お正月の再現。

 

 

 毎年当たり前のように食べて来たが、この年の母のお雑煮は格別に美味しかった。母が疲れやすい体調の中、自ら作ってくれた。こんなにも嬉しくありがたく美味しい。

 

 

 これが母の作る最後のお雑煮となった。

――できれば、もう一度食べたかった。

 

 

 思い出に残る母のお雑煮。

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「秀と母」は下記の「カクヨム」にて

いち早くご覧いただけます。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883073737

 

どうぞよろしくお願いいたします

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「秀と母」 第三章 

第59話 飲み薬対策

 

 

2011年1月7日

ついつい買ってしまった薬整理ケース

 

 

 2011年1月8日

 年明け2回目の通院が終わった。主治医のI先生から体調が安定していると診断されて安心する。ただ気になるのは、診察を受ける度に飲み薬が増えていくこと。それでも薬で体調が安定するのなら、飲むのは大変だろうけど、母には頑張って飲んでもらいたい。それで命が助かるのならば。

 

 母は抗がん剤など数種類の薬をたくさん飲む。朝昼夜と飲む薬も違っていた。一番困ったのが、夜に飲む薬を母が飲んだか飲んでいないか分からなくなってしまったことがあった。普通の薬と異なり、間違えて続けて飲んでしまうと、何か体に大変な副作用が出てしまうのではないか?と心配になった。

 

 病院に電話で確認すると、続けて飲んでも問題ない薬と聞いてホッとした。飲んだか飲んでいないかの対策として、エクセルで朝昼夜に確認をするチェックシートを作り、薬を飲むごとに母に書き込んでもらうことにした。追加で体温の欄も加え、一覧表として見やすい工夫をした。

 

 通院の時にはこの一覧表を持っていけば、体温の経過も先生に報告できる。我ながら良いチェックシートが作れた。母も「分かりやすくて良いね」と喜んでくれた。

 毎月のチェックシートを先々まで作っておこうと三か月先の4月分まで作ったが、母の命がそこで終わってほしくないという思いから12月分まで作った。

――もっともっと長生きしてほしいから、来年の分も作ろうかな。

 アルバイト先で教わったエクセルが母の役に立てて良かった。

 

 飲み薬対策をさらにしようと、何か他に出来ることがないかと考えた。島田のおばちゃんが薬ケースを使っていたのを思い出して「amazon(アマゾン)」で探した。一週間分の薬を朝昼夜と寝る前の計4回分を区分け整理できる便利な薬ケースを見つけて即購入した。しかし、これは母に断りもなく僕の一存で買ってしまった。

「心配してくれるのはありがたいけど、秀郎ひでおはすぐ何でもそろえようと買ってしまうから、お金がもったいないよ。これは必要ないから返品して」

 母に注意されてしまった。良かれと思い購入したのだが、確かに母に断りもなく買ったのはフライングだったと反省。すぐ返品して返金してもらった。

 

 母を思うがゆえ、気が急いてしまいすぎるところは気をつけないと。母が注意してくれてありがたい。それでも母のために何かしてあげたい思いはいつも強く持っている。これからも母のために。

 

 

 

 

 

 

 

「秀と母」 第三章 

第58話 母と過ごせること

 

 僕の部屋は離れの二階にある。朝起きると、自分の部屋から外に出て急な階段を下りる。庭と言えるほどのスペースはないが、一応「裏庭」を通り、サンダルを脱いで家に上がる。上がってすぐが次兄の部屋で、母が寝るベッドが置いてある。その部屋を通り、テレビのある茶の間を通り抜けて台所へ行くと、テーブル奥の席に母が座っている。昔からいつも母が座っている席だ。

 母の顔が見えた途端、すぐ朝の挨拶をする。

「おはよう」

「おはよう!」

 元気よく返してくれる。

 

 母の元気な声を聞けると嬉しくなる。朝、母と会える嬉しさ。母と挨拶が出来る喜び。ただそれだけで幸せな気持ちになる。

 いつも母の体調が気になる。

――今朝も顔色が良い。体調が良さそうだ。

 毎朝こうして母が普通の暮らしに近い過ごし方が出来ると、命にかかわる病気になっていることが信じられない。嘘であってほしい。以前と違うのは母に家事をさせず、疲れたらすぐ横になって休んでもらうぐらい。他は普通に近い生活を始めることが出来ているのだから。

 

 台所の隣の洗面所で顔を洗う。洗濯機を回す。朝ご飯を食べて洗い物をする。歯を磨いて髪型をセットしてからトイレに入る。この時に母とのやり取りを思い出す。

 母は朝いつも僕と同じタイミングでトイレに入るので、母が先に入る時はよく文句を言っていた。

「先に入ってもいい?」

「お母さん。俺、出かけるんだから先に入らせてよ。後でゆっくりすればいいじゃん。いつもいつも同じタイミングで入るからさ~!」

「だって、ちょうど入りたくなるんだもん。仕方ないでしょう」

 笑う母。

「もうじゃあ先入っていいよ。早くしてね」

 

 当時の僕は器の小さい男だったと反省する。それから母は僕を先に入らせてくれるようになった。母がどうしても先に入りたい時にはもちろん譲った。そんなこんなでトイレに先に入る、入らないで文句言っていた自分が情けない。でも今、この置かれた状況ではまったく違う。

「先に入ってもいい?」

 母が以前のように、申し訳ないと言った顔つきで聞いて来る。

「うん、全然良いよ。入って入って」

「悪いね」

 当然もちろん母が最優先。

 以前から同じタイミングで入るということは、今、僕が入りたいと思う時は、母も入りたい時なのだ。なので、こちらから先に声をかけるようにした。

「お母さん、トイレは大丈夫?」

「先いいの?」

「うん、いいよいいよ」

 

 相手を思いやるということ。母がこういう状況になったことであらためて気づく。何だかトイレの話が続いてすみません。

 それにしても、トイレに入るタイミングも母子で似ているということが嬉しくなる。母と似ているところはたくさんある。白髪の多いところ、お尻が大きいところ、普通の人はあまり見かけない指の反り方などなど、コンプレックスに感じていたこともあったが、むしろ今は嬉しい。母と似ているところがあればあるほど嬉しくなる。だって、似ているのは親子の証なのだから。

「変なところばかり似て困っちゃうね」

 と、笑う母。

 

 トイレから出ると、そろそろ洗濯機の脱水が終わる頃。ドラム式の蓋を開けて洗濯物を出して分ける。タオル類は父が角ハンガーに干して、僕は衣類(下着も)を干す。

 母の洗濯物を干すのが嬉しかった。母がいる。母が生きている実感が湧く。これからも母の洗濯物はずっと洗いたい干したい。だって今までたくさんやってもらって来たのだから。少しでも母に楽になってもらいたい。

 

 僕が干している時、母は茶の間で座って休んでいる。新聞を読んだり、テレビを見たり。時折、こちらを見たり。母の入院中から、もう洗濯には慣れた。

 干す最後は自分が使う白いガーゼのハンカチ。母に教わった干し方で、指先で丁寧に少しずつ伸ばして干す。

「上手くなって来たね」

 母が褒めてくれると嬉しい。

「全然だよ。お母さんの指先のスピードにはまだまだ全然追いつけないよ」

「慣れですよ、慣れ」

 母は照れて謙遜する。いやほんとに母の指先の器用さには感心する。

 

 洗濯が終わると、台所で食器を拭き食器棚へ片付ける。アルバイトに出かけるので、着替えて洗面所で髪型をセットする。一連の動きを見守っていた母。

秀郎ひでお、朝はフル回転だね」

 母に褒められると嬉しい。母に喜んでもらえることが嬉しい。母のために何かが出来ることが嬉しい。

 

 また明日も母の洗濯物を干せる楽しみ。明日がどうなるか分からない不安だけが続いた日々より、少しだけしんどい気持ちが楽になったような気がした。母がいてくれるから。母と今を生きていられる実感が嬉しいから。

――よし、明日もまた早く起きよう。

 

 また明日の朝も母と過ごせることを信じて。